ダイクッキング


「もう困るな~こういうの~」

「どうしたんだよレン?」


 いつものようにオカ研宛ての依頼をチェックしていたレンが、苦い顔を浮かべている。


「見てよコレ。『気になる子を振り向かせたいので簡単でおいしい料理の作り方を教えてください』だって……もう! うちは何でも屋じゃないってば!」

「またこういうのか……」


 近頃、怪異とは関係のない依頼が増えている。

 SNSの一部で俺たちの活躍が話題になっている影響もあるのだろうが……どうも俺たちを、どんなことでも解決してくれるボランティア部と誤解されているようなのだ。


「はぁ~また注意書きで周知しておかないと。『怪異やオカルト関連以外のご相談はご遠慮ください』っと」

「あの~、レンさん。その御方の依頼、お断りするんですか?」


 スズナちゃんが恐る恐る尋ねる。


「え? うん。だって、怪異事件とは関係ない相談だし……」

「でしたら、私に引き受けさせてください。せっかく、私たちを頼って相談してきてくださったのですから。それにお料理でしたら、私が力になれます♪」

「まあ、スズちゃんがそう言うなら……」


 やはりスズナちゃんは優しいな。

 困っている人がいると知ったら、放っておけないタイプなのだ。


 その後、スズナちゃんは個人同士でのやり取りで、オススメの料理を依頼人に紹介したようなのだが……。


「困りました~」


 今度はスズナちゃんが頭を悩ませていた。


「どうしたんだスズナちゃん?」

「実は依頼人さんから『そんな高級な食材用意できません! もっとお手軽に揃えられる食材だと初心者としてはありがたいです』と言われてしまって……私としては作りやすいお料理を紹介したつもりなのですが……」


 スズナちゃんにレシピを見せてもらう。

 ……うーん、確かに一般庶民からしたら、ちょっと手が出し辛いお高めの食材ばっかりだな。

 というか、あまりお目にしたことがない、よくわからない名前の料理がチラホラあるぞ。


「ダメだよスズちゃん。相手はきっと学生だろうし、もっと一般的に馴染みのある料理じゃないとビックリしちゃうよ?」

「まあ! そういうものなのですか!? 殿方を振り向かせたいとのことだったので、私つい気合いを入れてしまって……」


 こういうときスズナちゃんってやっぱり庶民の暮らしとはかけ離れた、生粋のお嬢様だってことを思い出すな~。


「それにしてもワガママな依頼人ね~。よし、任せなさいスズナ! 一般的に馴染みのある料理ならアタシの出番よ! 代わりに引き受けてあげる!」

「まあ! 本当ですかキリカさん! 頼りになります!」


 スズナちゃんの代わりに今度はキリカが引き受けることになった。

 その結果……。


「『メニューが全体的におばちゃんっぽくてイヤです。あと、もっと簡単な料理でお願いします』……何よ失礼ね!? だし巻き卵とか肉じゃがは料理の基本でしょうが!? 本当にワガママね、この依頼人!」

「キ、キリちゃん落ち着いて! お、女の子だからもっと可愛らしい料理が良かったんじゃないのかな~?」


 どうやらキリカのレシピも不評だったようだ。

 うーん、確かにキリカのメニューは女の子の手料理というよりは主婦が作るような地味な和食ばかりだ。

 それに料理の初心者にはちょっと難しいのも多い。


 ……ふむ。

 お手軽に揃う食材で、さらに簡単に作れておいしい料理か……。


「……ふっ。どうやら俺の出番のようだな」

「ダイくん?」

「ダイキさん?」

「黒野?」


 少女たちの視線が一斉に俺に集まる。

 ついに俺の隠れた特技を披露するときが来たようだ。


「いいか皆? お金よりも自由な時間のほうが貴重扱いされているこの現代、求められるのは如何に安いコストで、単純な調理法で、尚且つおいしく作れる料理なんだよ」

「っ!? 安いコストで……」

「単純な調理法で……」

「尚且つおいしい料理、ですって!?」


 俺の言葉に少女たちは感銘を受けたようだ。


「言われてみれば確かに……テレビ番組でもよく紹介されてるよね? 電子レンジや炊飯器だけで簡単においしく作れちゃう料理とか」

「そ、そうね。余った食材でビックリするくらいおいしく作れるのとかもよく見るわね」

「なるほど! 依頼人さんが求めているのは、しっかりした料理よりもそういった手間がかからない、なのに絶品な料理……ということですね!? さすがダイキさんです!」

「ふっ……そんなに褒めるなよ」


 前世も今世もザ庶民として生まれた俺。

 一般人が求めるニーズは、俺がよく知っている。

 そう……料理を作り慣れていない人間が、どんな調理法を求めているか、ということも!


「料理は愛情だ! 工夫さえすればどんな食材でも至高の逸品に仕上げることができる! いまから俺がそれを証明しよう!」

「っ!? その口ぶりからすると……もしかしてダイくん!」

「ああ、皆には黙っていたが……実は俺、料理が趣味なんだ!」


 特に人に手作り料理を振る舞うことが大好きだ!

 オカ研は料理上手な女の子が多いから、なかなか披露する機会には恵まれなかったが。


「わぁ! ダイキさんのお料理! スズナ、食べてみたいです!」

「へ、へえ、意外な一面があったのね。アタシもちょっと気になるかしら……黒野の手作り……」

「ねえねえ、ダイくん? 私ちょっと小腹が空いちゃったな~。期待に応えてくれると……嬉しいな♪」


 女子たちが期待の眼差しを俺に向けている。

 ……こんなに嬉しいことはない!


「任せてくれ! よし! じゃあちょっと今からコンビニに行って材料を買ってくるぜ! あと家庭科部にお願いして調理場を借りてくるから、ちょっと待っててくれな!」


 ウキウキな気分で俺は部室を出た。

 よ~し、久しぶりにがんばっちゃうぞ~!



   * * *



 ダイキが退出してからしばらくすると、日直を終えたルカが部室にやってくる。


「お疲れ。……あれ? ダイキは?」

「ダイくんなら家庭科室で料理作ってるよ?」

「ダイキさんが手作り料理をご馳走してくれるみたいなんです♪ スズナ楽しみです♪」

「どんなの作ってくるのかしらね? 少し期待しちゃうわ」

「……ダイキが……料理、を?」


 少女たちの言葉を聞いて、ルカは鞄を床に落とした。


「……嘘……嘘でしょ? ダイキが……まさか……料理を……」

「ル、ルカ? どうしたの?」


 ルカはとつぜん顔面を蒼白にして震えだした。

 まるでこの世の終わりが来たかのように。


「……止めて」

「え?」

「誰か、いますぐダイキを止めて!」


 切羽詰まった声でルカは叫んだ。

 震える身を抱きしめ、床に跪く。


「ダメ。ダメなの……ダイキに、料理だけはさせちゃいけない!」

「どどど、どうしちゃったのさルカ!? 何か怪異事件のときより緊迫した顔だよ!?」

「そうだよ! このままじゃ怪異よりも恐ろしいことが起こる! 止めないと……ダイキを止めないと、このままじゃ! ……ハッ!?」


 何かの気配を感じ取ったのか、ルカはさらに怯え出す。


「……来る」


 頭を抱え、ブルブルと小動物のように激しく震える。


「ダイキの料理が……来る!」

「え?」


 異様な気配を、ルカ以外の少女たちも感じ取った。

 ……いや、気配というよりも、これは……


「うっ!?」


 異臭であった。


「待たせたな皆! おう、ルカもちょうど来たのか! 安心しろ! ちゃんと人数分用意してきたからな!」


 ダイキがとても良い笑顔でお盆に載せた料理を運んでくる。

 少女たちは見た。

 お盆から立ちのぼる、禍々しい臭気を。


「な、何、あれ?」

「く、黒野、あんたいったい……」

「な、何をお作りになったんですか?」

「ん? チャーハン!」


 ダイキは嬉々とした顔で答える。

 だがお盆に載っているのは、どう見てもチャーハンと呼べるような代物ではなかった。

 ドロドロと粘り気を帯び、油まみれで、ぶくぶくと泡立ち、食欲を減退させる色合いに満ちていた。


「……始まる」


 ルカは顔を覆って涙した。

 もう逃げることはできないのだと悟って。


「地獄が、始まる……ダイキのお手軽クッキング。略して……『ダイDIEクッキング』が!」



   * * *



「えー、チャーハンというのはとても万能な料理でしてね~。ご飯と調味料さえあれば、どんな食材と組み合わせてもおいしく作れると! まさに庶民の味方! 悩んだらとにかくチャーハン! ってくらいにはメジャーでお手軽に作れちゃう料理なワケですね!」


 自信満々にそう言って、ダイキは小皿に料理を盛り付けていく。


「……」


 テーブルに並べられていくチャーハンという名の何かを、少女たちは神妙な顔で見つめている。

 いつもニコニコと笑顔を絶やさないスズナすらも、いまばかりは真顔でいた。


「……シェフ。お聞きします」

「はい、何でしょうレン部長?」

「……これは、いったい何チャーハンなんでしょうか?」


 こんな事態にしてしまったことに責任を感じているのか、レンは部長として真剣な面持ちでダイキに尋ねた。


「よくぞ聞いてくれました! では『ダイキのお手軽チャーハン』の全容を教えしましょう!」


 どこまでも輝かしい笑顔でダイキは語り出す。


「たとえば、金欠でろくに食材がないとき! そんなときに役立つお手軽料理! それが今回のチャーハンです! さて、チャーハンに必要なものお米! あとは何があるかな?」

「……卵だね」

「そう! だが大変だ! 冷蔵庫に卵もない! これではチャーハンが作れない! でも大丈夫! 生卵が無くても、チャーハンは作れちゃうんです! これさえあれば!」


 そう言ってダイキが取り出したのは……。

 インスタントの卵スープであった。


「ダイくん……まさか……」

「そのまさかだ! お湯を入れればあっという間にできる卵スープ! はい、この卵スープを生卵の代わりに入れればチャーハンは作れちゃうんです! しかもスープの素だから調味料扱いにもなる! なんとお手軽でしょう!」


 レンは黙々とレンゲを持ち、チャーハンを掬う。

 通常のチャーハンならば、お米がパラパラとしているはずである。

 しかしダイキのお手軽チャーハンは……。


 ベッチョリとしていた。


「……ダイくん。まさかお湯で綴じた卵スープを、そのままお米に入れたの?」

「え? 当たり前だろ? お湯入れなきゃ卵スープにならないんだから」


 少女たちは顔を覆った。

 なぜだ? なぜそうなる?


「……どういうことなのルカ? 何で? ダイくんどうしちゃったの? おかしいよね何か!?」

「わからない。料理になると急にダイキはポンコツ化するの……」


 小声でレンとルカはやり取りをする。

 信頼している少年が、料理に限って奇行を起こしている。

 その信じがたい現実から目を逸らしたかったが、目の前のおぞましい料理が消えることはない。


「……シェフ。アタシからも聞くわ」

「はい、何でしょうキリカ副部長」


 キリカも副部長として責任を感じてか、勇気を持って挙手をし、ダイキに尋ねる。


「……この具材は何かしら?」

「ん? 納豆だよ」


 そう、納豆である。

 レンゲから救うと、ねっちょり濡れた米と一緒に、粘り気のある豆が糸を引く。


「……何で、納豆を入れたの?」

「よくぞ聞いてくれた! 通常であればチャーハンには焼き豚を入れたい! だがいつだって冷蔵庫にお肉があるわけじゃない! ハムも魚肉ソーセージすらない! そんなときどうすればいいか! ……『畑のお肉』って言われてるものは何ですか?」

「……豆ね」

「そう! 豆は凄い! お肉と同じ栄養を摂取することができる、まさに『畑のお肉』だ! だからお肉の代わりに納豆を入れました! 納豆はいいね! 健康食として日本人に長く親しまれた食材だ! これをお肉の代わりに入れることで満足感を得ることができるんだ! これぞ! ダイキ特性、お手軽チャーハン! さあ、ご賞味あれ!」


 この瞬間、少女たちの気持ちは一致した。

 お手軽?

 冗談じゃない。

 これは……手抜きというのである!


 だが、せっかくダイキが用意してくれた料理だ。

 せめて、ひと口くらいは食べてあげよう。

 少女たちは、『ダイキの手料理』という補正だけを頼りに恐る恐るレンゲを口に運んだ。

 もしかしたら、悪いのは見てくれだけで、味は意外とイケるかも……。



 ……そんな都合の良い話はなかった。


「う、うぅ……」

「キ、キリちゃん……し、しっかりして……ぐふっ!」

「ああ……お母様……迎えに来てくださったのですか?」

「おかあさ~ん。いますぐそっちに行くよ~……」


 少女たちは倒れた。

 あまりにも強烈な味で、幻覚を見る者までいた。


「どうした皆? そんなおいしかったのか? 照れるな~」

「あんた正気か!? この惨状を見てよくそんなこと言えるね!?」


 レンは怒りのあまり叫んだ。

 かつて信頼していた少年を、あたかも怨敵を見るように。


「だいたい何なの!? 何でこんなにベッチャリしてるのこのチャーハン!? お湯入れすぎなんだよ!」

「だからお湯入れなきゃ卵スープにならないだろ?」

「普通に生卵使いなさいよ~!? だいたいチャーハンって言ってるわりにお米少ないんだよ! 納豆の比率のほうが多いじゃない!」

「よくぞ聞いてくれた! いつだってお米が万全にあるわけではない! そんなとき役立つのはやはり豆……」

「やかましいわ! 食材が万全にある場合の料理を作れ! いや、あんたはもう金輪際、料理を作るな!」


 赤嶺レン。生まれて初めて人に本気で殺意を抱いた瞬間であった。


「クロノ様~♪ アイシャ遊びに参りましたわ~♪」

「おう、アイシャ。また勝手に侵入してきたのか。ちょうどいい。俺チャーハン作ったから良かったら食べていってくれよ」

「まあ!? ク、クロノ様の、手料理!? クロノ様が、アイシャのために!」

「いや、アイシャのためってわけじゃないけど。まあ、遠慮無く食ってくれよ。はい、あーん」

「っ!? しょしょしょしょんなぁ~♪ ク、クロノ様ったら♡ 皆さんの目の前で『アーン♡』だなんて、なんと大胆な♡ はあああん♡ アイシャ恥ずかしいですわ♡ でも嬉ちい♡ あむ♡ ……神よ、憐れみを」


 アイシャは気絶した。

 教会の慎ましい料理で育った彼女にとって、それは理解の許容値を越える逸品だった。


「ありゃりゃ? アイシャまで倒れちゃった。そんなにひどい味かな~?」


 ダイキも自ら作った料理を口にする。


「ん~……食感としてはリゾットに近いね?」

「言うことはそれだけか?」

「まあ……今回の出来映えは50点かな~?」

「どう考えても0点だよ! いや寧ろマイナスだよ!」


 レンは思った。

 ああ、そうか。ダイキと結婚するには、料理上手であることが絶対条件なのだと。

 何があっても、彼を台所に立たせるわけにはいかないのだと。


 ルカの言葉は正しかった。

 まさに、これは地獄だ。

 こんな地獄を、再び起こすわけにはいかない。


「ルカ……」

「レン……」


 レンとルカは抱き合った。

 同じ苦しみを味わった者同士、絆が深まったのだ。


「ルカ、一緒に料理覚えようね?」

「うん」

「ダイくんを台所に立たせないためにも、一緒に料理上手になろ?」

「うん!」


 少女たちは号泣しながら抱き合った。

 美しい友情の形がそこにはあった。


「おいおい、皆ひと口しか食べてないじゃないか? まだたっぷりあるからね~。皆でなんとか片付けないと……」

『……食材を無駄にしたな?』

「ん?」


 どこからともなく声がする。

 恐ろしい声が。


 チャーハンからモクモクと立ちのぼる、禍々しい臭気……だがそれはおぞましい料理の影響ではなく……。


『食材を無駄にしたのはお前カァーーー!!?』


 いつもの怪異現象であった。


「ぎゃああああああ!? お料理から化け物が出たああああ!!!? 見た目的に食堂のおばちゃんの霊だァー!!! ルカァァァ!! 助けてくれえええ!?」

「……恐ろしいね。ダイくんの料理は怪異を発生させるほどなんだ」

「何を呑気に解説してるんだレン!? ほら、ルカ! いつものように言霊で退治を!」

「……悪いけどダイキ。そこの霊は貴重な食材を台無しにしたダイキに怒ってるだけの善良な霊だよ」

「嘘だろ!?」

「ちゃんとそのチャーハンを食べきれば帰ってくれるよ。じゃあ、そういうわけだから。ほら、来い淫乱シスター」

「後始末よろしくねダイくん。よいしょ、ほら帰るよキリちゃん、スズちゃん」


 ルカはアイシャの足を掴んでズルズルと引っ張りながら、レンはキリカとスズナを抱き起こして、部室を後にする。


「ちょっ!? 嘘だろ!? 置いてくの!? 待ってよ!? 一人にしないで! 怖いよ!?」

『食材を無駄にするなアァァァ!』

「ひいいいい!? ごめんなさいごめんなさい! 食べます! 責任持って完食しますから! ん、んうううう! ちょっと油入れすぎたかな? 胃がだんだん重くなってきたぞ……ああ、あんまりおいしくないなコレ……」

『お残しは許しませんでええええ!!!』

「はあああい! 食べまああああす! ん! んううううう! つ、次は! 次こそうまく作るぞおおお! ダイクッキングの真骨頂は、これからだァーーーー!!!」


 懲りないダイキであった。



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