「○○しないと出られない部屋」キリカ編


【恥ずかしい秘密をお互い暴露しないと出られない部屋】


 看板にはそう書かれていた。

 はい、またあの異空間だね。

 二度あることは三度あるというが……なんたって俺ばっかり巻き込まれるんだよ!?


「ななななな!? 何よコレええええ!? 何でアタシがこんな目に遭わなきゃいけないのよおおお!!」


 そして今回一緒に閉じ込められたのはキリカである。

 キリカは看板に書かれた指示を見るやいなや顔を真っ赤にして怒りだし、霊装の神木刀をブンブンと振り回している。


「こらあああ! 怪異ぃ! 出てらっしゃいよ!? 隠れるなんて卑怯でしょう!?」

【無駄無駄無駄。君じゃ探せな~い】

「あんですって~!? なんで怪異にまで侮辱されなきゃいけないのよ!? ぶった斬ってやるわあああ!!」

【暴力はんた~い】


 挑発染みた文字が次々と浮かび上がる看板をキリカは神木刀で細断するも、すぐに看板は再生する。

 ふむ。どうやらあの看板を攻撃しても意味はなさそうだ。


【やーいやーい。ツンデレチョロイン~】

「キエエエエエ! 何なのよこの看板は腹立つわね! アタシはチョロくないわよ!?」

「落ち着けってキリカ。無駄に体力を消耗するだけだぞ」


 興奮状態のキリカをとりあえずなだめる。

 こうなった以上、とにかく二人で協力しないことには脱出は不可能だ。


「とりあえず、手っ取り早くあの指示通りのことをやってここから出ようぜ?」

「何であんたはそんなに冷静なのよ!? 恥ずかしい秘密よ!? 誰にも話したくないことを話すってことなのよ~!?」

「いや、でもレンやスズナちゃんのときに出された指示と比べれば、まだマシな部類だと思うぞ?」

「あんた感覚が麻痺ってるわよ!」


 やっぱり~?

 でも、やはり難易度的にはこれまでで一番気楽だと思う。

 もしもキリカと閉じ込められたときに『胸を揉む』だとか『抱き合う』とかの指示を出されていたら、彼女の性格上、絶対に無理だったと思うし……そういう意味でも今回の指示はやりやすいように感じた。

 まあ、小っ恥ずかしいっちゃ恥ずかしいが……。


「キリカ。約束するよ。絶対に誰にも話さない。ここで起きたことは、無事に脱出できたらお互い全部忘れる。それでいいだろ?」

「……ぐぬぬ。わかったわよ! ま、まあ、お互い不運だったってことで納得してあげるわ」


 ほっ。良かった。

 強情を張られたらどうしようかと思ったが、さすがのキリカも状況を理解してくれたようだ。

 早いところ条件を満たして脱出してしまおう。


 しかし、恥ずかしい秘密か……。

 暴露するとしたら、アレかな~……。


「じゃあ、俺から言うな? えーとだな……実はこの間、寝ぼけてパジャマ身につけたまま制服を着て登校してしまったんだ!」

「え? まさか妙によそよそしくしてたあの日? ……ぷっ。くくく、あ、あんたそんなことしてたの?」

「きゃああああ! 恥ずかしいいいいいい!!」


 学園のトイレに入ったとき「あれ? 全然チャックから出せねえな?」と思って股間を見たらパジャマの縞々模様とご対面したもんだからビックリしたよ。

 いやあああ! 誰にも知られたくなかったのにいいい! 顔が熱いよおおお!


「はぁ、はぁ……俺の話は終わりだ。さあ、次はキリカの番……って何ツボ入ってんだよお前!?」

「だ、だって……パ、パジャマ……制服の下にパジャマとか……ぶううう! くっくっくっく……あははははは!」

「笑いすぎだろ……」


 キリカにとって、よほどおかしかったのか、しばらくの間、彼女は笑い転げていた。

 何だ、このいたたまれない気分は……。


「はぁ~笑った笑った。こんなに笑ったの久しぶりだわ」

「そりゃ良うございましたね~キリちゃん……さあ! 次はお前の番だぞ! ほら、言いなさいよ! 恥ずかしい秘密を! 俺も盛大に笑ってやるから!」

「あんた結構、根に持つタイプね……こほん。じゃ、じゃあ、言うわよ?」


 キリカは指をモジモジと絡ませながら、深呼吸をして真っ赤な顔で口を開く。


「か、通い詰めている猫カフェで、店にいる猫ちゃんたち全匹にしまくってたら、危うく出禁にされかけたわ……」

「うわぁ……」


 笑いはしない。

 笑うというよりは、ドン引きだ。

 店中の猫たちを無我夢中で吸うキリカ……猫たちにとっては恐怖でしかなかっただろう。


「ほら! 話したわよ! さあ怪異! アタシたちをここから出しなさい!」


 キリカが叫ぶ。

 ……しかし、異空間に変化は起きなかった。

 あれ? おかしいな? いつもならここで引っ張られるような感覚がするはずだが……。


「ん?」


 よく見ると、看板の文字が変化している。

 看板にはこう書かれていた。


【物足りん】


「『物足りん』って何よ!? ちゃんと恥ずかしい秘密を暴露したんだから出しなさいよ!?」


【まだあるやろ? 絶対に明かしたくない秘密が】


「っ!?」


 キリカと一緒に戦慄する。

 こ、この怪異まさか……誰にも知られたくないを打ち明けろって言ってるのか!?


「く、黒野。ど、どうするのよ!?」

「……もうわかってるだろキリカ? ちょっとした恥ずかしい秘密程度じゃ、ダメってことが。……話すしかないんだよ。自分にとって人生最大の恥部を!」

「しょ、正気!?」

「そうしないと出られないんだからしょうがないだろ!? 言うぞ! 俺は、言うからな!」

「ダメよ黒野ォ! はやまっちゃダメぇ~!」

「うおおおおお! 俺はあああああ! ……自分の筋肉の部位にそれぞれ名前を付けているんだああああ!」

「……は?」


 言ってしまった……ルカにも内緒にしている俺の最大の秘密を……明かしてしまったああああああ!!


「だって! だって……うちじゃペット飼えないから! 本当はいっぱい動物飼いたいけど母さんが怖がるから! だから代わりに筋肉に名前を付けたんだ! 武蔵とか! 小次郎とか! 弐阿助桑南治郎にあすけそうなんじろうとか!」

「最後の何よ……」

「名付けだけじゃない! お風呂に入ってるとき、たまに声をかけたりもするんだ! 『今日は頑張ったな電磁郎!』『いい戦いぶりだったぜ炭ノ丸!』って感じに頑張った筋肉を労っているんだ!」

「うわぁ……」


 キリカがドン引きしている。

 そうだよなぁ! やっぱりそういう反応するよなぁ!

 でも……でもさあ!?


「キリカならわかってくれよ! 鍛えあげた自分の体って何だか愛着湧くだろ!? だんだん筋肉たちが、あたかも自分の分身のように思えて愛おしくなるもんだろ!? そういうもんじゃないかぁ!?」

「ねーよ」

【ねーよ】


 ないかあ!


「……で、どうなの? この気色悪い秘密はアンタ的にはアリなわけ?」

【うーん……おもろいからOK!】

「だそうよ?」


 ピンポンピンポン! とクイズ番組のような気の抜ける音声と共にOKが出された。

 ふっ……これで『物足りん』って言われたら困るぜ怪異さんよ?

 もしもオメェを殴れる機会に恵まれたら……覚悟しとけよ?


「……じゃあ、アタシの番ね。逃げはしないわ。あんたがそんなおぞましい秘密を暴露したんだから、アタシも言わなきゃ不公平だもの……」


 ツー、とキリカの頬に涙が伝う。

 すべてを観念した少女の顔がそこにはあった。


「ふふふ……皮肉なものね。こんな形でアタシの最大の秘密が知られてしまうなんて……ふふふ……あははははははは!」


 キリカは壊れたように笑った。

 やめるんだキリカ……そんな風に自分を笑っちゃいけない!

 なんて……なんて悲しい光景なんだ!


「さあ言うわよ! 覚悟なさい黒野! あんたは正気をたもっていられるかしら!?」

「耐えるさ! 耐えてみせるさ! だって仲間のことなんだから! キリカがどんな秘密を抱えていたって俺は受け入れるよ!」

「言ったわね!? 二言はないわね!? じゃあ言うから! 本当に言っちゃうんだから! うわあああああ! アタシはあああああああ!!」


 もはやヤケクソなテンションでキリカは大声を上げる。

 堅物委員長であるキリカ……そんな彼女に、いったいどんな秘密が!?


「ドキドキ……」

【ワクワク……】


 静聴の構えを取る。

 キリカは大きく深呼吸した後、覚悟を固めた目で話し始めた。


「……あんた『ASMR』って知ってる?」

「え? あ、ああ。音声作品みたいなもんだろ? ヘッドホン付けて楽しむ前提みたいなやつ……」

「そう。正式名称は『autonomous sensory meridian response』……一応、和名だと『自律感覚絶頂反応』と言われているわ」


 成績優秀な委員長らしく優雅な発音で説明するキリカ。

 へえ、詳しくは知らないが要は音声を利用して心地よい状態になるためのコンテンツということかな?

 ……ん? ということは?


「もしかして、キリカお前……」

「そうよ。アタシ……毎月、買い漁ってるの。ASMRの音声作品を……」

「へ、へえ。あ、あれかな? リラックス効果のある自然音とかそういうのだろ?」

「違うわ。声優さんが演技をしている音声作品よ」

「っ!?」


 い、意外だ。

 真面目なキリカってそういうオタクが好むコンテンツに関心がないと思ってた。

 ま、まあ、趣味は人それぞれだし、最近は一般的な人も、その手のものには精通しているらしいし、特に珍しくはないのかも?


「い、いいんじゃないか? 最近は女子向けの作品とかも多いんだろ?」


 クラスのオタク系女子とか騒いでたもんな。「オラオラ系スパダリに囁かれる安眠ボイスがヤバい」とか「鬼畜系眼鏡にイジられながら甘やかされるのが最高」とか。

 たぶん、キリカもそんな感じのを聞いているのだろう。


「そ、そうだよなぁ。キリカだってイケメンな男の声に癒されたいときとかあるんだよな?」

「いいえ。女子向けの音声作品は買ったことないわ。だって怖いもの。男の人の声に囁かれるなんて」

「え?」

「……アタシが買ってるのわね。男性向け特化の、女の子に甘やかされるやつよ」

「なぜ!?」

「だって……癒されるんだもの! 実家の姉妹たちから受けたトラウマが! 満たされるんだもの! 自己肯定感が!」


 ドバッと瞳から涙を溢れさせながら、キリカは叫んだ。


「かわいい女の子たちに『いいこいいこ』とか『偉いね。生きてて偉いね』って全肯定されると、すごい幸せな気持ちになるのよ! 姉妹たちに置き換えて聞くとすごく救われた気持ちになるのよ! 『レイカァ! こんな風にアタシを受け入れてぇ~!』って涙が出るのよ! うわあああああ! レイカァ! アタシのこと全肯定してよおおお!」

「う、うわぁ……」


 か、悲しい……悲しすぎるぞキリカ!

 実家で受けた心の傷。そして何より不仲である双子の姉へのコンプレックスを、そんなことで癒しているなんて!

 い、いや……否定しちゃいけない。

 キリカにとっては深刻なことなんだ。

 俺は仲間として、そんなキリカのを受け入れなくてはいけない!


「キリカ……よくわかったよ。お前が普段、どんなものに救われているかってことが。だから、それ以上はもう言わなくても……」

【アカン。まだ足りん】

「鬼かテメェは!?」


 もう充分だろうが! これ以上キリカの恥部を曝させようとすんじゃねえよ!?


「ふっ、ふふふふふふ……まだ、足りないって言うのね? いいわよ! じゃあとことん暴露してやろうじゃないのよおおおお!」

「やめろおおお! それ以上はお前が壊れてしまう! キリカァ!」

「毎日聞いている影響でね! 最近は耳が敏感なのよ! 耳掃除される音とか、フーって吐息をふきかけられる音とか聞くとね……気持ちいいのよ! すっかり耳が開発されちゃったわ! あははははは!」

「キリカァァァ!」


 涙をボロボロとこぼしながら恥ずかしい秘密を暴露するキリカがあまりにも哀れで、俺まで号泣してしまう。

 もういい……やめてくれキリカ! 何か俺まで恥ずかしくなってきた!


「黒野! 何ならあんたも聞いてみる!? オススメいくらでも教えてあげられるわよ!? それくらいアタシってばマニアなわけ! どうしてこんなことになってしまったのかしらねアタシ!? ああああああああああああ!!!」


 キリカはとうとう頭を抱え、その場に項垂れかかった。

 なんて……なんて切なげな姿なんだ。


「う、うぅ……アタシって……アタシっていったい……」


 床に水溜まりができそうな勢いで涙の雫が落ちる。

 かわいそうなキリカ……。

 本当は誰よりも繊細で恥ずかしがり屋なのに、こんな目に遭ってしまって……しかも、打ち明ける相手がよりにもよって異性である俺だなんて……。


 癒してあげたい。

 せめて俺の手で慰めてあげたい。

 人生最大の恥部を曝した者同士、たとえ傷の舐め合いでしかなかったとしても、いまキリカの傷を理解してやれるのは俺だけなんだ!


 俺はそっとキリカの傍に寄り、彼女の背中を優しく撫でる。


「よく、よく頑張ったなキリカ? もう……もういいんだ。お前は、充分やったよ……」


 プライドの高いキリカが、ここまでやったんだ。

 もう、いいじゃないか。

 これ以上のことを求めるのは、あまりにも酷だ。

 見事に試練を乗り越えた戦友に向けて、俺は耳元に感謝の言葉を送った。


「ありがとう、キリカ」

「ひゃうん!」

「え?」


 あれ? いまキリカらしからぬ可愛らしいお声が上がったような……。


「……な、ななななな!」


 耳元を抑えて、真っ赤になったキリカがプルプルと震えている。

 ……あ、そういうえば耳が敏感とか言ってたな。

 え? でも、まさかさっきの囁きだけで感じちゃったの? この娘さん?

 感度高すぎない?


【……いいね! 最高! 満足!】


 看板に書かれている文字が見えた瞬間、もはや馴染み深い感覚に引っ張られながら、俺たちは異空間から脱出した。


「……あのぉ、キリカさん?」

「……」

「そ、そのぉ? 約束通り忘れるから! うん! 全部忘れるから安心してくれ! 誰にも言わない! 言わないから! キリカの隠れた趣味とか! 耳がすごい敏感なこととか!」

「いま口にしてんじゃないのよおおおお!!」

「ぐべらああああああ!!」


 夕陽が眩い街中で、キリカの見事な鉄拳が炸裂した。

 ……ありがとう茶々太郎。お前の筋肉のおかげで致命傷には至らなかった。


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