魔道超合
霊力が練られる気配を感じる。
ルカたちとは異なる、邪悪に染まった霊力。
禍々しい霊力が、水坂牧乃の体を包む。
「見せてあげる……あの御方に与えられた、私の特別なチカラを」
「っ!?」
不敵に笑い、水坂牧乃は上着のボタンに手をかける。
恥じらいもせず、瑞々しい肌を空気の元に曝していく。
その体に、腹部に……異様なものがあった。
「うっ!?」
思わず吐き気を催した。
それほどまでに、ソレは薄気味の悪い光景だった。
女性の体にあるべきではない異質な物体が、水坂牧乃の腹部にあった。
「何だ、アレは……」
一見すると、ソレは青銅鏡を連想させた。
歴史の教科書に載っているような、複雑な模様が刻まれた円盤状の青銅器。それに似た物体だった。
そんなものが……生身の人間の腹部に埋め込まれていた!
まるで体の一部のように。
「さて、新しく取り込んだ肉啜りちゃんを早速使ってみようかしら。どう組み合わせようかしらね~? この仔? いえ、こっちのほうがいいわね。あ~、この組み合わせも捨てがたいわ」
水坂牧乃は陶然とした顔で己の下腹部を撫でるように弄り回す。
……何だ? 何を始める気だ?
「……決めたわ。これでいきましょう」
水坂牧乃は掌を開き、そこに視線を注ぐ。
「肉啜りちゃん」
突拍子もなく、肉啜りの名を呟く。
すると……水坂牧乃の掌に、赤く光る玉が掌から生じる。
それはフワフワと浮遊しながら、水坂牧乃の腹部に埋まった円盤に向かう。
円盤の中央には丸い玉があり、それとは別の三カ所に空洞のような穴がある。
赤く光る玉は、その内のひとつのに穴に向かって填め込まれた。
『肉啜り』
円盤から加工された音声のような、おどろおどろしい声が上がる。
空洞に赤い玉が填め込まれた途端、中央の丸い玉がエネルギーを供給されたかのように禍々しい光を発する。
「白姫ちゃん」
再び水坂牧乃が何かしらの名称を呟く。
今度は白く光る玉が掌から生じ、先ほどと同様に空洞に填め込まれる。
『白姫』
またしても不気味な声が円盤から響く。
「反魔鏡ちゃん」
『反魔鏡』
青く光る玉が、最後に残された穴に埋まる。
空洞が無くなった円盤の中央で、極彩色の光が鼓動を打つように明滅する。
「たっぷり味わわせてあげる……私のカワイイ仔のチカラをね!」
「っ!?」
動物的本能が危機感を知らせる。
……まずい。逃げろ、いますぐに。逃げろ逃げろ逃げろ、と。
「産声を上げなさい。闇の仔よ!」
水坂牧乃が叫び、目が眩むほどの発光が起こる。
『魔道超合』
常闇の侵徒『邪心母』。
その名の由来となったチカラの一端を、俺たちは目撃することになる。
「……ア」
気配がひとつ、増えた。
異様な影が、そこにはあった。
「■■■■■■■■■■■」
もはや生き物の声なのかも怪しい呻き声を上げて、ソレは俺たちの眼前に立っていた。
「エ……ア……?」
ソレの姿を目に収めた途端、言いようのない拒否感が芽生える。
受け入れたくなかったのだ。
ソレが、この世界に存在していることに。
これまで、多くの怪異を見てきた。
そのどれもが恐ろしい見た目をしていた。
だが目の前にいるのは……根本的に何か違う恐ろしさを感じる。
こんな存在が、あってはならない。認めるわけにはいかない。認めたくない。
真っ白い肉の塊。
蜘蛛のような脚と目。
そして背中に貼りついた巨大な鏡。
……すべてが異様だった。
まるで、あり合わせの道具を無理やりくっつけて造り上げたような不細工な工作。
子ども特有の無秩序な感性で組み合わされた、趣味の悪い合成物。
不自然。
そうとしか表現のしようがない。
自然の摂理に反したカタチが、意思を持って動いている。
気が、狂いそうになる。
……何だ? 何なんだコレは?
怪異なのか?
「おはよう、カワイイ坊や♪」
ソレに向ける水坂牧乃の目は慈しみに満ちている。
お腹を痛めて生んだ我が子を見つめる母のように。
「それじゃあ、早速だけど……やっちゃって」
「あ」
逃げろ。
そう叫びたかった。
だが遅すぎた。
いや……ソレの動きが、あまりにも速すぎた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」
冒涜的な姿をしたソレの咆吼が、夜空に響いた。
* * *
キリカは落ちそうになる意識を必死に繋ぎ止めた。
「あ……くっ……」
地に倒れ伏している体を何とか起こす。
激痛が襲う。
「うぅ!」
再び倒れそうになる体を、神木刀で支える。
立たなければ。
なぜなら、もう動けるのは……自分しかいない。
「ルカ……黒野……」
ルカも、ダイキも、意識を失って倒れている。
辛うじて息はしているが……もう戦えない。
誰が見ても、そうわかる悲惨な状態だった。
一瞬だった。何もかもが。
三人総出で、挑んだのだ。
だというのに……結果はこの有り様だ。
(何なの……いったい、何が起きたの?)
冷静になった頭で、キリカは先ほどの戦闘を思い返す。
そうだ、確か……。
ルカが言霊で敵の体を崩壊させようとした。
すると敵の背中にある鏡が光を発して、呪詛返しのごとく言霊の効果を跳ね返した。
ダイキが拳を打ち込んだ。
すると敵の体は一瞬で霊体と化し、ダイキの物理攻撃をすべて無効化した。
それからは一方的だった。
自分たちの技のことごとくが完封されたまま、多種多様な攻撃の嵐を浴びた。
そして……運良く意識を維持したのはキリカひとりだけ。
……いや、はたしてこの状況で気絶しなかったのは、幸運と言えるのだろうか。
「悪運が強いわね、藍神さん」
水坂牧乃がくつくつと嗤っている。
「最後に残ったのが、一番役立たずのアナタだなんて……白鐘さんも黒野君も気の毒ね。一番足を引っ張っているアナタに、自分たちの命運がかかっているんだから」
「くっ……」
役立たず……悔しいが水坂牧乃の言う通りだった。
肉啜りのとの戦いでも、結局ルカとダイキにすべてを一任させてしまった。
そして、いまも……。
「……本当に、哀れに思うくらい貧弱な霊力ね。ねえ、藍神さん……アナタ何のために、ここにいるの?」
「何のため、ですって? ……決まってるでしょ?」
血だらけの体で、キリカは神木刀を正眼で構え、ハッキリと言う。
「お前たちのようなヤツらから……仲間を守るためよ!」
「……あは。あははははは!? 守る!? アナタが何を守るって言うのよ!? 霊力も体も、後ろで倒れてる二人には及ばない! 何もかもが中途半端な、落ちこぼれのアナタが!」
さもおかしいものを見るように、水坂牧乃は腹を抱えて嗤う。
「白鐘さんも黒野君もお人好しが過ぎるんじゃないかしら!? アナタみたいな無能を仲間にしたところで何のメリットもないでしょうに! 頭の中、お花畑なのかしら? アハハハハ!」
「バカにするな」
「は?」
「アタシへの罵倒はいいわ。事実だもの。言い訳もできない。でも……アタシの仲間を侮辱するな!」
キリカは怒りに燃えた。
自分への罵詈雑言など、とうに慣れた。
だが……友たちが貶されることだけは我慢ならなかった。
「アタシたちは、損得で一緒にいるわけじゃない。怪異から人々を守りたい……皆、同じ気持ちを持って戦ってるのよ! 自分のやり方で。自分ができることで、精一杯!」
「……それで? アナタは何か貢献しているわけ? その自分のやり方とやらで、あのオカルト研究部に」
「……ないわよ、ほとんど。アタシにできることなんて、本当にひとつしかない。この剣一本で、戦うことしか。でも……」
闘志の消えない瞳で、キリカは顔を上げる。
「それでも、あいつらはアタシを仲間として受け入れてくれた。落ちこぼれで、どこにも居場所のないアタシを認めてくれた。アタシの気持ちを尊重して、一緒に戦ってくれた」
どれだけ感謝していることか。
どれだけ救われたことか。
その場所を、仲間を、自分から奪おうというのなら……たとえ相手が何者だろうと、戦ってみせる。
どんなにバカにされようとも……藍神の巫女として!
「お前なんかに……奪わせない! アタシの仲間を!」
水坂牧乃は呆れの溜め息を吐いた。
口ではいくらでも立派なことは言える。
だが、どうあっても藍神キリカがこの状況を打破することなど不可能だ。
さっさと決着をつけるとしよう。
「じゃあ、大事な仲間たちと仲良く死になさい。安心して? アナタたち三人は、仲良く私の中で飼ってあげるから! やりなさい!」
「■■■■■■■■■■■■■■■!!」
異形が吠える。
最後に残った獲物に向けて、蜘蛛のような脚を振り下ろす。
終わりだ。
そう確信した瞬間……異変が起こった。
「……え?」
水坂牧乃は困惑の声を上げた。
必殺の一撃は、何かに遮られるように防がれ、さらに異形の脚が崩壊を始めた。
どういうことだ?
彼女は何をした?
「……守るんだ。アタシが」
「っ!?」
少女の髪が変色していく。
紺青色の長髪が、光を放つ青白い色に。
変わったのは髪の色だけではなかった。
彼女の周囲に……霊力の奔流が起こる。
「もう、誰も……傷つけさせない!」
「なっ!?」
地響きが起こる。
キリカの周囲だけ、まるで稲妻がほとばしるように、凄まじい霊力が生じる。
水坂牧乃はますます混乱した。
(ど、どういうことなの!? この子、霊力の量も、質も……急に変わった!?)
まるで先ほどとは別人ではないか。
いったいこの膨大な霊力は何だ?
霊力に乏しいはずの藍神キリカから、なぜこれほどの霊力が生まれる?
「……ようやっと『降りて』こられたようじゃな。相変わらずカラクリがわからんのう」
少女らしからぬ古風な口調で、キリカは言葉を発する。
霊力どころか、その気配も、貫禄すらも、少女は一変していた。
まるで、歴戦の戦士のような……。
「じゃが儂が来た以上、もう安心じゃ、可愛い子孫よ。お前の友と愛しの小僧は必ず助けてやるからのう」
「っ!?」
キリカが木刀を構える。
すると……ただでさえ膨大な霊力が、さらに増大した。
キリカの握る木刀に、光が生じる。
先ほどまでは薄い光でしかなかったが……いまや刀身が見えなくるほどの激しい輝きが木刀を包む。
高圧の霊力で構成されたソレは、バチバチと稲妻を放ちながら、元の刀身よりも長く、太く、巨大化していく。
それは、もはや光の刀剣だった。
「……遊びが過ぎたようじゃな小娘。儂の可愛い子孫をここまで傷つけた罪は重いぞ? 覚悟せい」
水坂牧乃は戦慄した。
これは、ただの霊力ではない。
「まさか……」
怪異を問答無用で滅ぼす、浄化の力……。
そんな芸当ができるのは……あの存在しかいない。
「嘘……嘘よ嘘よ嘘よ! そんな……こんな落ちこぼれの霊能力者に……まさか!?」
あまりにも信じがたい。
だが間違いない。
この気配は……!
「侮るでないぞ? このキリカは、儂の剣技を継承できる唯一無二の存在……生前と遜色ない舞を見せてやろうぞ」
水坂牧乃は恐怖に打ち震える。
勝てない。
勝てるわけがない!
いま目の前にいるのは……。
「……『守護霊』ですって!?」
人の身で神域へと至った、霊の最上位。
生前のように人格を保ちながら、その強大な力で子孫を守護する存在……。
魂としての『格』が人智を越えた次元に位置する、超越存在そのもの。
藍神キリカ。『歴代最弱の巫女』と称された彼女が、唯一持つ特異能力……。
それは、
「藍神家三代目当主──藍神
先祖霊の加護であった。
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