草薙姉妹

   * * *



 先にキリカの住むマンションに行き、お泊まりのための着替えや日用品などを用意してもらった。

 制服姿で出歩くのはイヤだということで、私服に着替えて降りてきた。

 トレーニング用のパーカーに、ショートパンツ一体型のレギンス。

 いつもどおり、動きやすさを重視したキリカのスポーツウェア姿だ。

 手には大きめのお泊まり用のバッグ。そして背には……キリカの霊装が入った長方形の包みがあった。


「数日もズル休みするなんて、アタシはゴメンだからね? 早いところ決着つけるわよ」


 それはキリカなりの激励だった。

 こんな悪夢の時間はさっさと終わらせて、平和な日常に帰ろう。遠回しにそう言っているのだった。


 あの堅物委員長が、校則を破ってまで俺の命を守ろうとしてくれている。

 そのことに、俺は深く感謝した。


「ありがとな、キリカ。俺のために」

「なっ!? べ、別にあんたのためってワケじゃないわよ! これはアタシの信念の問題なんだから!」


 赤くなった顔をプイッと逸らして、キリカは強めに言い放った。


「前にも言ったでしょ? アタシはもう、この世界から目を逸らさないって決めたの。知り合いが危険な目にあってるってわかってるのに、見ないフリをする自分が許せない。それだけよ。……まあ、最近はヘコんで駆けつけられなかったけど」


 バツが悪そうにキリカは唇を尖らせた。


「と、とにかく。アタシだって仮にも退魔巫女の娘なんだから! 自分にできることは精一杯やるわ! ……何よりカワイイかわいい猫さんの命を弄ぶとか絶対に許せないんだから! 見てなさい肉啜り! アタシがギッタンギッタンにしてやるんだから!」


 激しく意気込みながら、キリカはズカズカと俺たちの先を進んでいった。

 頼もしいな。

 キリカはよく自分を落ちこぼれだと卑下するが……こうして危機を前にして顔を上げられる彼女を、俺はとても強いと思っている。

 悩みはするし、落ち込むことは多々あれど……それでも一度決めたことから、キリカは決して逃げない。

 それは、どんな優秀な霊能力者にも負けない、キリカだけが持つ強さだと感じる。




 無事にルカの屋敷に着く。

 だが門の前に、見知らぬ人影が二人分あった。

 向こうも俺たちの気配を感じて、一斉に視線を向けてくる。

 その顔を見て、俺はギョッとした。

 瓜二つの容貌をした少女たちだった。

 二人とも黄緑色のベリーショートで、作務衣に似た服装をしている。

 まったく見分けが付かない、まるで鏡映しのような二人だった。

 明らかに一般人とは異なる雰囲気を醸し出している。


「「こんにちわ」」


 一切のブレなく、二人の少女は同時に喋った。


「機関から派遣されました、草薙くさなぎ柚子ゆずと申します」

「同じく、妹の草薙くさなぎ杏子あんずと申します」

「「肉啜りの退治に参りました」」


 恐らく双子であろう少女たちは、簡潔にそう言った。

 ルカは明らかに面倒くさそうな顔で双子の前に出る。


「草薙姉妹……お噂はかねがね。双子で当主を継いだとか何とか……ところで救援を呼んだ覚えはないけれど?」


 義務的な挨拶は適当に済ませて、ルカは本題に入った。

 草薙姉妹は不敵に笑った。やはり一切のブレなく同時に笑った。


「肉啜りとあらば、草薙家の我々が出向くべきと思いまして」

「こちらの地区は、白鐘瑠花さん、あなたの担当だけれど……やはり適材適所というものがありますからね。機関もそう思って我々をこちらに派遣したのですよ」


 どこか含みのある言い方だ。「あんたじゃ肉啜りを片付けられない」と言外で小馬鹿にしているように思える。

 何だか、イヤな感じだ……。

 ルカもさすがにムッとしたようで、ますます表情が強張った。


「それで仲良く双子で来たってわけ? 私も人のことは言えないけれど……擬態する相手に対して二人組で行動するのは、あんまり賢いとは思えない。いくら霊的端末が警報を知らせるって言っても、それを認知できるのは本部からの連絡があってからよ? その一瞬の隙を突かれて二人諸共やられたらどうする気?」

「「ご心配には及びません。双子ですから。入れ替わったなら、すぐに気づけます」」


 双子は自信満々に言った。


「私たちは一心同体です。魂の片割れの変化に気づけないような浅い関係じゃございませんの。ねえ、杏子?」

「はい、柚子姉さま」


 双子はうっとりとした顔で見つめ合った。

 姉妹仲が良い……という単純な言葉では済まされない雰囲気をそこから感じた。

 アブノーマルな気配にドン引きしていると、双子の目線が俺のほうに向いた。

 正確には、包帯が巻かれた俺の首元にだ。


「「ああ、あなたが今回のターゲットですか。お気の毒に……」」


 双子は哀れむような目を向けて言った。


「でもご安心なさって? 私たちが来た以上、事件は解決したも同然です」

「我が一族は擬態能力を持つ怪異を狩ることに特化しています。肉啜り程度の怪異など、あっさりと片して参りますわ」


 双子は断言した。

 誇張ではなく、ありのまま事実を口にするように。


「随分と自信があるのね? 肉啜りの正体を見破れる方法はなかったはずだけれど?」


 呆れ顔でルカが言うと、双子は得意げに笑った。


「我々には肉啜りの正体を見破る秘策があるのですよ。前当主が編み出した術を、我々は見事に継承しています」

「もっとも極秘ではありますがね。手の内をすべて明かすほど、我々はあまり機関を信用しておりませんので」

「そう……まあ、そっちでさっさと退治してくれるのなら、べつに私も文句はないわ。私はダイキが無事なら、それでいいし」


 手柄に興味のないルカは、突き放すように言い放った。

 これ以上、この双子の相手は億劫だとばかりに。

 それは俺たちも同じだった。

 屋敷に入るルカに続いて、俺とキリカも続く。


「「あら? もしかしてあなた……藍神家のご息女では?」」


 通り過ぎるとキリカを、双子は呼び止めた。


「そうだけど、何かしら?」


 双子のあからさまに好意的ではない気配を前に、キリカは怒気を孕んだ目で双子を睨んだ。

 双子は臆することなく、キリカを見てクスクスと笑った。


「まあ、びっくりね杏子。霊力を全然感じなかったから、一般人かと思ったわ」

「ええ、姉さま。あの藍神家の娘でありながら、なんて貧弱な霊力かしら」

「お可哀想。噂は本当だったのね。藍神家の四女は歴代で一番の落ちこぼれだと」

「お可哀想。あの程度の霊力でいったい何ができるのかしら?」


 遠慮のない言葉を双子は並べる。

 キリカは歯噛みし、拳を握りしめる。

 反応したら負けだ。そう言い聞かせるようにグッと堪えている。

 ムキになれば、一層相手を調子づかせるとわかっているから。

 だから我慢している。

 ……でも、俺は我慢できない。


「キリカを笑うな」

「「は?」」

「ちょ、ちょっと黒野!?」


 後ろからキリカが止めにかかるが、構わず俺は双子と向き合う。


「怪異を退治しに来てくれたこと……それは感謝します。でも仲間への侮辱は許さない」


 冷静に話せるよう、なるべく気持ちを押し殺すが、やはり少々鋭い物言いになってしまう。

 双子たちはここで初めて、動揺する気配を見せた。


「一般人の俺が、守ってもらってる俺が、偉そうなことは言えないけれど……キリカだって霊能力者として、覚悟を持ってここにいるんだ。霊力が多いだとか少ないだとか関係ない。そんなキリカを笑うな」


 双子たちは息を呑んでたじろいだ。


「それに……キリカは弱くない」

「「は?」」

「断言できる。この中で一番強いのは、キリカだ」

「「……」」

「嘘は言ってないぜ?」


 そうだ。嘘ではない。

 事実、俺たちは何度もキリカによって救われている。

 キリカがどんなに「アレはアタシの力じゃない!」と否定しようとも……キリカが覚悟を持って怪異に挑まなければ、俺たちはいまこうして生きていない。

 初めてキリカと関わった、あの廃病院での出来事が特にそうだ。


「……草薙家も落ちたものね。キリカの素質にも気づけないほど、目が曇ってしまったのかしら?」

「「なんですって?」」


 ルカの指摘に、双子たちは眉をひそめる。


「あなたたちみたいなのが当主じゃ、草薙家も長くないわね。一族の人たちが気の毒だわ」


 キリカを侮辱されて、ルカも苛立っているのだろう。

 容赦のない罵倒を双子にぶつける。


「「このっ!」」


 双子たちは感情的に口を開こうとしたが、それは彼女たちにとっては屈辱だったのか、ひと呼吸置いて、再び不敵に笑い出した。


「杏子。どうやらこの人たち、いままで弱小の怪異にしか遭遇しなかったようね」

「そうね、姉さま。きっと貧弱な霊力でも倒せるような相手ばかりだったのでしょう」

「やはり肉啜りは私たちが退治するしかないようね。この方々のお手を煩わせるワケにはいかないわ」

「ええ、姉さま。きっとこの人たちの手には余りますもの」

「「それでは、我々はこれで」」


 最後まで気にくわない台詞を残して、双子たちは去っていった。


「……ありがとう」


 静かになった門の前で、キリカは俺たちに向けて、小さく呟いた。


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