四六時中、美少女たちに密着される生活が羨ましいと本気で思ってるの?
『藍神キリカがメインの回はトラウマ級の話が多い』
前世のネット掲示板で『銀色の月のルカ』について語る際、原作ファンの間ではよくそんな話題が上がったそうだ。
……確かに、キリカがキーパーソンとなる事件のときは、やたらと凶悪でおっかない怪異が多い。
特にキリカが初登場する『廃病院の怪』などは『最初のトラウマ回』と呼ばれるほど、ホラー要素が容赦なくてんこ盛りにされた事件だった。
心霊スポットとして有名な、ある廃病院の噂から物語は始まる。
肝試しに入った学生の内の一人が行方不明になった。
動画配信者が撮影しに向かったら、カメラには何も写っておらず、奇妙な声だけが録音されていた。
廃病院に入った者は例外なく呪われ、看護師や患者の亡霊が何度も現れ、数日後には衰弱死する。
……もちろん、デマではなく、すべて事実だ。
この廃病院は、頭のいかれた医師による違法な人体実験が地下で繰り返されていた。
その犠牲者となった看護師や患者の怨念は現世に留まり続け、そのまま憎き医師を呪い殺す。
結果として、いかれた医師もその土地の一部となってしまい、病院は呪いの坩堝と化す。
廃病院の地下には、いまだに医師の実験による『人だった何か』がホルマリン漬けにされており、深夜には異形と化した怨霊たちが徘徊する。
別の人間の体を繋げられた者……。
無数の臓物を触手のように植え付けられた者……。
複数の脳みそを無理やり移植された者……。
体中に眼球を埋め込められた者……。
もはや人としての原型が認められない巨大な肉塊……。
まさにトラウマのオンパレードである。いま思い出しても失神しそうだ。
原作に目を通した俺は怖すぎるあまり本当に気絶したし、あのヤッちゃんですら『この回からいきなり作者は飛ばしてきた。うん、これは……ヤバい』と青ざめていた。
原作崩壊が起きないよう、常にルカの傍で怪異事件に関わってきた俺だったが……いやね、さすがにこの廃病院に限っては匙を投げたくなったよ。それくらい本気でトラウマだった。
だが弱音を吐くわけにはいかなかった。なぜなら……。
この回は、初めてルカが命の危機に瀕するほどに危険な事件だったのだから。
動画配信者たちが再生数を稼ぐため、こぞって噂の廃病院の撮影に向かっては犠牲者が多発。
中には生配信をする者もいて、バッチリと怪異が映ってしまったことで、とうとう機関が動き出し、ルカに諸悪の根源を絶つよう依頼を持ちかける。
この際、オカ研の活動を注意してきたキリカも「不法侵入は許さないわよ!」とこっそりついてきて、俺たちと行動を共にする。だがそれはキリカなりの善意であった。
『ダメよ! ここは……本当にまずいのよ!』
曲がりなりにも退魔巫女の血を引くキリカだ。廃病院から立ちのぼる異様な気の恐ろしさを、やはり感じ取っていたようだ。
実際、キリカの忠告は正しかった。この一件はキリカがいなければ解決しなかったし、危うくルカも俺も、命を落とすところだった。
それほどまでに、廃病院の怪異は凶悪な存在だった。
作中最弱クラスとまで言われた霊能力者である藍神キリカ。
そんな彼女が主役の回に限って、ルカでも勝てない強力無比な怪異ばかりが登場する。
そして……そういう怪異ほどキリカにとって打ってつけの相手なのだ。
ずっと裏の世界から目を逸らし、一般人として立派に生きようとしていたキリカ。
だが、ルカと俺を救ったことをきっかけに、彼女は再び霊能力者として生きる覚悟を固める。
『アタシでも、救える命があるかもしれない……だったら、アタシはもう逃げない。落ちこぼれってバカにされようと、「それはお前の力じゃない」って罵られても……アタシは自分にできることをする。だって……アタシはずっと怒っていたんだから! 人の命を軽々と奪っていく化け物たちに!』
こうしてキリカもオカ研の一員となり、怪異に苦しむ人々のために、未熟ながらも退魔巫女としての力をふるっていくのだった。
霊能力者としては、退魔巫女としては……キリカは確かに落ちこぼれかもしれない。
だが俺たちは知っている。
キリカには、キリカにしか無い力があることを。キリカには、キリカにしかできない戦い方があることを。
『断言できる。この中で一番強いのは、キリカだ』
草薙姉妹に放った言葉は決して嘘ではない。
条件さえ揃えば、最も驚異的な力を発揮するのはキリカだ。
そう、条件さえ揃えば……。
だが、もしもその状況に陥ったとき、それは……。
ヘタをすれば全滅しかねない、絶望的な状況に陥っていることを意味する。
肉啜り。
今回の相手……倒すべき怪異。
奴の脅威から身を守るため、俺は今日からルカとキリカと過ごす。
はたして、今回も無事に生還できるだろうか?
肉啜りを退治に向かった草薙姉妹は無事に任務を完遂できるだろうか?
もちろん何事もなく解決してくれることを願うが……何か予感がある。覚悟だけはしておけ、とビビリとしての本能が告げている。
ひょっとしたら……キリカの『あの力』が必要となる状況に陥るかもしれない、ということを。
* * *
「機関の霊的端末だけじゃあてにならないから、もしもどっちが成り代わってもすぐに気づけるように仕掛けをしておくね?」
ルカはそう言って紅糸繰の糸を自分とキリカの指に巻き付けた。
もしも目を離した隙に、お互いが肉啜りに肉体を奪われたとしても即座に偽物と判断できるよう術式を組み込んでいるらしい。
念には念を、ということだった。
肉啜りの標的である俺は、必ずルカかキリカのどちらかと行動を一緒にするよう言われた。
肉啜りは神出鬼没だ。
どのタイミングで、どこから現れるか、まったく予想がつかない。
事件が解決するまで、四六時中、俺の傍で護衛するとのことだ。
……そう、文字通り四六時中である。
「大丈夫だよダイキ。私が絶対に守ってあげるからね?」
「おう、ありがとなルカ。でもくっつく必要はまったくないんじゃないかな?」
「よしよし。怖くないよ? 私がずぅ~っと傍にいてあげる」
「いや、胸がね、思いっきり当たってるから一度離れてくれるとありがたいかな」
「こうするとダイキは安心するよね? いいよ、怖かったら私のおっぱいにいっぱい甘えていいからね?」
「うん、わかった。話聞く気ないね、あなた」
先ほどからぎゅっ~と俺に密着して一切離れようとしないルカ。
帰ってきてからずっとこんな調子だ。
俺を肉啜りから守ってくれるのは本当にありがたいが……これでは気が休まらない。
ダイナミックに当たる豊満なバストとかタイツ越しの太ももとか、スリスリと寄せられるスベスベのほっぺの感触とか、女の子特有の滅茶苦茶いい匂いでどうにかなってしまいそうだ。
いや、ルカにはしょっちゅう抱きつかれているが、それでもこんな長時間もスタイル抜群の美少女にくっつかれてはいては理性が崩壊してしまう。
「なあルカ、そこまで過敏にならなくても……」
「……絶対に、守るから。ダイキは、死なせない」
「……」
きゅっと震える手で、俺の服を掴むルカ。
……わかってる。ルカも不安なんだ。
相手は人間を欺くことに長けた、高い知能を持つ敵だ。
一瞬の気の緩みで、俺を失うかもしれない。
そう考えたら、不安でしょうがないのだろう。
ルカのそんな気持ちを考えると、あまり強く言うことができなくなった。
……とはいえ、人間は持って生まれた生理には逆らえまい。
ずっと我慢していたのでそろそろ限界だ。
「……ルカ、トイレ行かせてくれ」
「うん、いいよ」
「ありがと……何でついてくんの?」
「え? だって四六時中見張るって言ったじゃん?」
「トイレまで一緒なの!?」
「当たり前だよ! トイレなんて一番無防備になる場所だよ!?」
「いや、でもさすがにトイレは勘弁してくれよ!?」
「大丈夫。私、全然気にしないから」
「俺が気にするんだよおおおおお!」
「もう~ダイキったら、ワガママ言わないの。早くしないと漏れちゃうかもよ?」
「わかっとるわそんなの! もうそこまで来てるよ!」
くっ! これ以上は辛抱できそうにない。
諦めて幼馴染の女の子に用を足されているところを見られるしかないのか!?
……いや、無理だ! 俺の自尊心が崩壊してしまう!
「頼むよルカ! 何かあったら大声で叫ぶから、せめて扉越しで!」
「ダメ! 扉はオープン! そして私にダイキのダイキを見せて!」
「何か目的変わってないかお前!?」
「そ、そんなことない! 私はただダイキを守るために……」
「じゃあ何でそんなに息荒いんだよ!? ちょっと怖いよルカ!」
目を血走らせて手もワキワキさせてるし!
この状況にかこつけて何をする気だこのお嬢さん!?
「観念してダイキ。潔く男らしく、私にありのままの姿を見せて!」
「ズボンに手をかけるんじゃない!」
「大丈夫、安心して? これは将来、ダイキを介護するときの練習みたいなものだから」
「何の話だよ!? あっ、ちょっ、それ以上はダメ……」
「はい、脱ぎ脱ぎしようね~? そして私に見せて? ダイキの成長したチ……ごふっ」
「いい加減にしなさい、この脳内どピンクのハレンチ娘が」
背後から現れたキリカがルカの脳天に拳骨をお見舞いする。
ほっ、危機は免れた……と思いきや。
「あの、キリカさん……」
「何?」
「その……用を足したいのですが……」
「……扉は開けっぱなしにしなさい。便座に座って極力隠しなさい。こっちは耳栓する。鼻も摘まむ。以上」
「ア、ハイ……」
そこはやっぱり譲れないんですね……。
かくして、同級生の女の子に見守られながら用を足すという大変貴重な体験をしたのであった。
……ははは、これは、いったい何の涙だ?
「……もうお婿に行けない」
「大丈夫、私が責任取るから」
「慰めるなよぉ~……」
ルカによしよしと頭を撫でられても、虚しい気持ちしか湧かなかった。
……おのれ、肉啜り! 許さんぞ! 絶対に許さんぞ!
こんな惨めな思いをするのも、すべて奴のせいだ!
来るならさっさと来いよ! こんな生活……数日も続いたら耐えられんわ!
かくして、肉啜りへの憎悪がさらに増すのであった。
「あっ、ちなみにお風呂も一緒だからね?」
「……はい?」
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