堅物委員長、キリカ【後編】
実際、オカ研は自由人の集まりである。
キリカというストッパーがいないと、たちまちオカ研はカオスな空間となる。
現にいまも……。
「ふ~ん、新しく来た教育実習生が凄い美人なのは聞いてたけど……へぇ~、そんなにおっぱいが大きかったんだ~? エッチなダイくんはそれをずっと目で追っていたと~?」
レンが小悪魔的な笑みを浮かべて、ジト目で俺を見てくる。
「い、いや、べつに目で追っては……」
「嘘。先生の胸が黒板に当たっちゃって、慌ててスーツに付いたチョークをはたいているとき、すごい凝視してた」
隣でルカが不満を滲ませながら指摘してくる。
あ、はい。すみません。事実です。
だってさ……先生が胸元を手ではたくたび、すごい弾んでたんだもん。ばるんばるんって。男ならどうしても見てしまうってアレは……。
「ぷくー。ダイキのエッチ。私だって、おっきいのに……」
妙な対抗心を燃やしたらしきルカは、両腕を後ろに引っ込めて胸元をグイッと前に突き出す。
青色のベスト越しでも激しく存在を主張する豊かな膨らみがバルンと弾む。
……でかい。相変わらずデカイ。
というか、気のせいか? また大きく成長してませんか、ルカさん?
「……くすっ。ダイキは本当にエッチ。もう、しょうがないな~」
俺の目線が胸元に集中したことで機嫌を良くしたのか、妖艶的な笑みを浮かべて、ルカは身を揺らす。
わざとらしい身動きによって、たわわな双丘がさらに弾む。ぽよんぽよん、と。
くっ! こ、これは目に毒だ! 視線を逸らさねば!
しかし、逸らした先にあったのは、レンの大胆に開いた胸の谷間であった。
でかああああああい!
「やだな~男の子って~。おっきなオッパイがあるとすぐジロジロと見てくるんだから~」
非難がましく言いつつ何でお前までわざとらしく胸を揺らすんだレン!?
くっ! 色白の胸の谷間が見える分、刺激がより一層強い!
ここは安全圏に退避だ!
「スズナちゃん助けてくれ!」
「はい、ダイキさん♪ 紅茶を淹れましたからこちらへどうぞ♪」
二人の美少女にからかわれて困っている俺を、スズナちゃんは快く助けてくれる。
ふぅ、やはりスズナちゃんの存在は癒しだぜ。
「……ところでダイキさん? その新しい先生はダイキさんにとって、そんなに好ましい容姿をされていたのですか?」
「え? どうしたの急にスズナちゃんまで……」
「いえいえ、深い意味はないのですが~……スズナ、とても気になります」
なぜだろう。
いつもどおり天使のように穏やかなスズナちゃんの笑顔から妙な圧を感じる。
「知りたいなぁ~。ダイキさんが目を奪われるほどの女性……いったいどんな御方なんですか~?」
スズナちゃんは身を屈めて、ズイッと愛らしい顔を近づけてくる。
その拍子でたぷん、と弾むスズナちゃんの大きな胸。
「教えてくださ~いダイキさ~ん。スズナ~、気になりま~す」
そのまま歌を奏でるように体を左右に揺らすスズナちゃん。
小柄な体に似つかわしくない豊満な膨らみが振り子のように揺れる。
おわ~! ここも安全圏ではなかった!
「ねえ、ダイキ。ダイキは私のおっぱいが一番好きだよね~?」
「男の子的には~、年上の女の人より身近にいる若い女の子の胸のほうがグッとくるものだよね~? ねえ、ダイく~ん?」
「ダイキさーん♪ スズナのお胸はいかがですか~?」
迫り来る特大の六房の乳!
なんだこの状況は!?
なぜ俺は美少女たちの乳揺れを見せつけられているのだ!?
「……爛れてる」
謎の空間と化した部室で、冷静なひと声が発される。
「この部室は、爛れているうううう!」
我らが委員長、藍神キリカが絶叫を上げながら、両手にスリッパを構えた。
「やめんか! この色ボケどもが!」
パシン! と小気味よい音が三回、ルカたちの脳天から響き渡る。
「キリカ、痛い……」
「何すんのさ~キリちゃん」
「はっ!? これがお仕置きによる頭叩き! お父様とお母様にもされたことないのに! ありがとうございますキリカさん! 貴重な経験ができました!」
「黙らっしゃい! このおとぼけ集団が! 揃いも揃って嫁入り前の娘がなんてハレンチなことしてるの!」
キリカの説教に三人は「だって~」と声を揃えて不平を口にする。
「ダイキがエッチなのが悪い」
「ダイくんがエッチなのが悪いと思うな~」
「はい、ダイキさんがエッチだからです」
「……確かに、元を辿ればコイツが原因ね」
「あれ~?」
俺に飛び火してしまったぞ。
「黒野大輝! そこに座りなさい!」
「もう椅子に座ってるけど?」
「床に正座に決まってるでしょ!」
「ア、ハイ」
矛先を一瞬にして俺に変えたキリカはガミガミといつものように説教を始める。
「黒野大輝! あんたもクラスの男子たちも、どうして真面目に実習に来ている先生をハレンチな目で見るの!?」
「いやーだってそれは……健全な男子ならば致し方なしと申しますか」
正座をさせられながら、俺はいったい何を言わされているのだろう……。
俺の発言にキリカはますます呆れ返った顔を浮かべる。
「まったく、本当に男って……こんな脂肪の塊の何がいいって言うのよ?」
はあ、と深い溜め息を吐くキリカ。
胸の大きい女性ばかりで溢れるこの『銀色の月のルカ』の世界において、キリカも例に漏れず、その胸部は豊満であった。
公式バストサイズ、100cmのJカップ……。
規則正しく身につけたブレザーの制服であっても、前に突き出るように育った巨大な膨らみを抑えつけることは叶わず、どころかピッチリと着込んでいるため、丸い輪郭がハッキリとわかってしまい、却って扇情的な格好となっている。
鬼の委員長として男子たちから日々恐れられているキリカだが、その美貌と日々の鍛錬によって磨き抜かれたスタイル、そしてその凶悪に実った胸の影響で、やはり隠れたファンは多い。逆に彼女に叱れることが癖になっている男子もいるとかいないとか。
「胸が大きくて得したことなんてないわよ。剣振るとき邪魔だし、走ると擦れるわ、夏は蒸れるわ、あんたたちみたいにハレンチな男に見られるわ……本当に散々なんだから」
「キリちゃんの言うことわかるな~。本当にケアとか大変だもんね~」
「わかります~。下着とかもオーダーメイドでないと可愛らしいデザインがなかなか用意できないですし」
「私、お母さんもすごく大きかったから、早いうちにお母さんにいろいろ教えてもらってすごく助かった。『ルカは発育がいいから』って」
「なるほど~、だからルカそんなに大きいのにすごく綺麗な形なんだ~」
「ルカさんのお美しいお胸はお母様の教育の賜物だったのですね~♪」
「……」
男としては非常に気まずい女子トークが始まってしまった。
あの~? 皆さん? 一応ここに男子がいることをお忘れなきよう……。
「……最近、こういう会話してるとき特に感じるんだけど、やっぱり女子だらけの部活に男子が一人だけって状況……不健全だと思うのよ」
「え?」
キリカが神妙な顔つきで何やら言い出す。
「そもそも、いつも不可抗力とは言ってるけど、高い頻度で着替えを覗かれたり、際どいところを触られたり……コイツといるとハレンチなことが起きてばっかりじゃないの!」
いや、それはなんというか……世界の意思と申しましょうか。
何が何でもラッキースケベ展開を起こそうとする、見えない力と申しましょうか。
そう、言うなれば……。
「キリカ! それもまたある意味、強力な怪異の仕業なんだよ!」
「何でもかんでも怪異のせいにするんじゃないわよ! あんたが気をつけていればいいだけの話でしょうが!」
うん、やっぱそう言われちゃうよね。
「ここ最近の部内の爛れ具合とかも、さすがに看過できなくなってきたわ。もしもオカ研が女子だけの部活だったら……こんな風紀の乱れは起きなかったはず」
思わず、ドキリとする。
キリカ、なかなか鋭いところに気づく。
確かに原作世界でのオカ研は女子だけで構成された部活だ。
俺というイレギュラーがいなければ、キリカが言うような『部内の爛れ』だって起きていない。
オカ研のあるべき本来の形は少女たちの集い。
それは重々承知しているが、しかしそれではな……。
「え~、でもダイくんがいなかったら、誰が私たちを怪異に操られた人たちから守ってくれるの?」
キリカの発言を聞いたレンがフォローを入れてくれる。
そ、そうだぞキリカ! 確かに俺は対怪異に関してはとことん無能だが、俺がいなければお前たちはモブ男たちによって毎度あーんなことやこーんなことをされてしまうのだぞ!?
「毎度そんなことが起きるわけないでしょうが」
いや起きるんだよ! 世界観的に!
「それに対人ならアタシだって何とかできるわよ」
……このお嬢さん、自信満々にこんなこと言ってますけどね?
原作ではあっさりとモブ男たちに捕まっていち早く快楽の虜になる激チョロ枠だったりする。
「……はっ!? もしや黒野大輝をオカ研から追放すれば、部内は秩序と風紀を取り戻すのでは!?」
前世で大流行した『追放もの』かな?
困ったな。キリカのやつ、また超真面目な性格を拗らせて滅茶苦茶なことを言い始めたぞ。
こういうときのキリカはとても思い込みが激しく、とても面倒くさいのだ。
「断固はんた~い」
「おなじくで~す」
「もちろん認めませ~ん。部長の許可無く、そんなこと言っちゃダメでしょキリちゃん副部長」
ルカたちは即座に反対してくれた。
ほっ。多数決的に追放されずに済みそうだ。
「ダイキがいないオカ研なら私、すぐ退部する」
「確かにダイくんはエッチな困ったさんだけど、立派にオカ研に貢献してる一人です。貴重な人材を失うわけにはいきません」
「そうですそうです! むしろキリカさんは、ここ最近何かオカ研に貢献されましたか!? この間だって私たちが危ないとき、捻くれ屋さんになっていて肝心なときに不在だったではないですか!」
「ちょっ!? スズナちゃん!?」
そんなことキリカに言ったら!
「……」
シン、と真顔で静まりかえるキリカ。
「……うぐっ」
その瞼にドバッと大きな水滴が浮かんだかと思うと……。
「うわああああああ! そうよアタシが一番役立たずよおおおおお! 仲間の危機に駆けつけられない能無しなのよおおおおお!」
とつぜん幼児のように泣き出すキリカ。
ああ、しまった……真面目な『委員会モード』が切れて『ネガティブモード』に入ってしまった。
「わわ、キリちゃん落ち着いて! こらスズちゃん! その話はもう蒸し返さないって約束だったでしょうが!」
「はっ! す、すみません! 私ったら怒りのあまり、つい本当のことを!」
スズナちゃんに恐らく悪気はない。
そのぶん、よりキリカの心を抉ったようで「ぐはあああ!?」と少女が出すべきではない奇声が上がる。
「うわあああ! どうせアタシはただ口うるさいだけで真面目なところしか取り柄がない落ちこぼれよおおおお! 六姉妹一番の落ちこぼれよぉお! しかも四女よ四女!? なんて不吉な数字かしら! アタシが存在するだけで不幸を呼び寄せるのよ! わあああん! やっぱり辞めてやるうううう! オカ研なんてもう辞めてやるううう! 真に追放されるべきアタシよおおおお! さっさと追放しなさいよおおおお!」
「キリちゃん! 壁にガンガン頭ぶつけるのおやめなさい!」
「ごめんなさいキリカさん! ほらぁ、今日はおいしいスコーンを持ってきましたから一緒に食べましょう~?」
卑屈全開になって自傷を始めたキリカをレンとスズナちゃんが嗜める。
いつものことだ。
今度は回復するのにどれだけ時間かかるかな?
「キリカってほんと、めんどくさい性格してるよね。もひもひ」
ルカはそう言いながら、我関せずとばかりにスコーンを食べる。
表の世界では真面目な堅物委員長。
そして裏の世界では劣等感にまみれた、卑屈で落ちこぼれの霊能力者。
そんな極端な二面性を持つのが、藍神キリカという少女である。
まあ、確かに癖のあるヤツだと思う……。
原作ファンの間でも結構賛否両論あるキャラクターだったらしい。
俺もキリカの登場回を読んだばかりの頃は「何だコイツ?」と思ったものだ。
しかし、そんな俺にヤッちゃんは言った。
『キリカの魅力は、スルメみたいなものだよ。時間をかけていかないと、その良さに気づけないんだ。……まあ、どうか長い目で見守ってあげてよ。実はね、ボクの最推しはキリカなんだ』
キャラクター評論に関して、とても辛口であるあのヤッちゃんが、そう断言したのが印象深い。
……まあ、確かにこうして直に関わったことで知れた一面は多々ある。
いや、本当にちゃんと良いところもあるんだよ?
めんどくさいだけで。
それに……。
キリカがいなければ、俺たちは今頃、死んでいた。
誇張抜きで、そんな局面が、何度もあった。
追放なんて、とんでもない。
このオカ研に、キリカという存在は……絶対に必要なんだ。
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