インタールード
前世の友人、ヤッちゃん【前編】
ふと気づくと、見覚えのある部屋にいた。
自室ではない。幼馴染であるルカの部屋でもない。
ここは……そうだ。幼馴染は幼馴染でも、ここは前世の幼馴染の部屋だ。
子どもの頃から何度も何度も通った……友人、ヤッちゃんの部屋だ。
「懐かしいな」
転生しても、慣れ親しんだ部屋というのは忘れない。
というか、忘れられない、というのが正しい。
……いや、べつに湿っぽい理由からじゃない。
なんというか……インパクトが強すぎて印象に残り続けているんだ。
至る所に点在している怪しげなグッズの数々。
不気味な人形、瓶に詰められた爬虫類、頭蓋骨の模型、魔法陣っぽい模様が描かれたシート。
どんな用途があるのかは皆目わからないが、このコレクションを見れば、誰もが部屋の持ち主がどんな人物なのか察するだろう。
ヤッちゃんは生粋のオカルトマニアだった。
それも本気で霊との対話を試みたり、異世界と通信する方法を真剣に研究するような、ちょっと……いや、かなりの変わり者だった。
「はは、相変わらずスッゲー部屋……」
来るたびに新しいグッズが増えていて、よく驚かされたものだ。
思えばビビリの癖に、なんたってこんな怖いもので溢れている部屋に通い詰めていたのかと我ながら不思議ではあるが……だって仕方ない。ヤッちゃんは本当に大切な友達だったんだ。
いくらビビリでも人の趣味にまでに口だしするつもりはないし、気心知れたヤッちゃんと一緒にいるのは楽しかったんだ。
それに、ヤッちゃんはよく俺のビビリな性格の矯正を手伝ってくれた。
『いいかね? 人とは「未知」を恐れる生き物だ。ゆえに恐怖とは「知」を得ることで初めて克服できるものなのだよ。ゲームと一緒さ。カラクリが解け、攻略法さえわかってしまえば恐るるに足らず……というわけで、この漫画を読むといい。あらゆる怪異の攻略法がここに詰まっている』
『つまり俺に好きな漫画の布教をしたいわけだねヤッちゃん。相変わらず遠回しなこと言うな~。素直に「おもしろいから読んでみて~」って言えばいいのに、ははは……こわっ!? この漫画思ったよりこわっ!? え? 表紙こんなに可愛らしい絵なのに、メッチャこわっ!?』
『はっはっはっ! 相変わらず良い反応をするな君は! 安心したまえ。内容は本当におもしろいから。絶対に君も嵌まるから。何ならこれでホラーを克服したまえ。君の好きな胸部が豊かな美少女もたくさん登場するぞ。お色気シーンも満載だ』
『よし、読もうじゃないか』
そうそう。確かこんな感じに勧められたんだったな。
『銀色の月のルカ』を……。
「……っ!?」
俺は咄嗟に本棚に向かう。
そうだ。『銀色の月のルカ』だ。ヤッちゃんの部屋なら全巻揃っているはずだ!
俺は……知らなくてはいけないんだ!
途中まで読んだ三巻以降の物語を。
『銀色の月のルカ』の結末が、いったいどうなるのか。
……俺たちの世界にこれから何が起こるのか!!
確かここに……あった。原作コミックだ。
やったぞ。これを全部読めば、これから起こるであろう危機の対応策がわかるはずだ。
三巻以降の巻数は……。
「え?」
無い。無いぞ!
三巻以降の巻がない!
……いや、無いわけじゃない。本棚は埋まっている。他の漫画が挿し込まれているわけでもない。
どういうわけか……三巻以降のすべてが、黒く塗りつぶされているのだ。
棚から取り出し、ページを捲っても中身すら真っ黒だ。
何も読めない。
「くそっ、何でだ!? 俺は、確かめなきゃいけないのに!」
皆のためにも……ルカのためにも!
ルカの母親の仇かもしれない存在……【常闇の女王】のことを、俺は調べないといけないんだ!
「無駄だよ。いまは、その先を読むことはできない」
背後から聞き馴染んだ声がする。
振り返ると、懐かしい人物が椅子に座っていた。
「ヤッちゃん」
「久しぶりだな」
灰色の長髪に、眠たげな黒い瞳。
いつも気怠そうにしているのに、オカルトの話になると途端に饒舌になってテンションが上がる幼馴染の姿が、そこにはあった。
ヤッちゃんはいつものように偉そうに足を組んで、俺に非難混じりの目線を寄こす。
「まったく、親友であるボクを残して先に逝ってしまうだなんて。君はなんて薄情なヤツなんだ。寂しくてしょうがないじゃないか」
「……そうだな。それは、悪かったと思ってるよ。ヤッちゃん、俺以外に友達いないもんな」
「君以外に作ろうと思っていないだけさ。君だけだったからね、ボクの研究をバカにせず応援してくれたのは」
「そりゃまあ……俺も別にそういうオカルトは信じてはいなかったけど、ヤッちゃんが真剣なのはわかってたからな」
いかに非現実的なことであれ、ヤッちゃんが熱心だったのは事実だ。
ヤッちゃんは自分なりに構築した小難しい理論で、オカルト関連の研究をし続けていた。
人に迷惑がかかることでない限りは、何かに真剣に打ち込んでいる人間は応援したくなる。
「……罪作りな男め。そんな感じに、そっちの世界でも女の子をたらし込んでいるんだろ?」
「たらしって……いや、まあ前世と比べれば確かに仲の良い女の子はたくさんできたけどさ」
「そのようだね。君の魂の行方をボクなりの方法で探していたら……驚いたよ。まさか『銀色の月のルカ』の世界に行っているとはね。やれやれ。『銀色の月のルカ』は少女たちの友情がメインの物語だというのに。神聖な少女の花園に男が混じるなんて、ファンにとっては憤慨ものだよ」
「え?」
俺の魂の行方を探していた?
ヤッちゃんの口ぶりからすると、まるで長年の研究が功を奏した様子だが……ああ、なるほど。
「やっぱり、これは夢か」
「おや? 夢だと思うのかい?」
「いや、冷静に考えればそうだろ。『銀色の月のルカ』の三巻以降が読めないのがその証拠さ。俺の記憶に無い物語の続きは読めない」
つまり、この空間は俺の記憶の再現なんだ。
俺の知らない情報がここに集まることはないし、新たに更新されることもない。
仮に『銀色の月のルカ』の三巻以降を読めたとしても、ソレは所詮俺の空想が生み出したものだ。現実に存在する原作の内容とは異なる。
少し期待してしまったが……ここが夢であることを自覚してしまえば、ここで手に入る情報は無意味なものだと判断できる。
「残念だな。せっかく手がかりが見つかると思ったのに……」
「……夢じゃなかったら、どうする?」
「え?」
「確かに、いま君の意識は眠っている……だが、この空間も、そしてこのボクも、君の夢の産物じゃない。現実に存在するボクが、転生した君の魂と交信している……と言ったら信じるかい?」
「ヤッちゃん? 何を言って……」
「死に物狂いだったよ。君が死んだことをキッカケに、ボクは一日でも早く『異世界との交信を試みる』という研究を完成させなければならなかった。当然だろ。無二の友が死んでも尚、危機に瀕しているのだからね」
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