前世の友人、ヤッちゃん【後編】

「危機?」

「……ちゃんと感じていたんだ。あの日、よくないものがボクたちの村に来ているって。わかっていたのに……ボクは大切な親友を失ってしまった」


 嘘か本当か、いまとなっては確かめる術はないが……ヤッちゃんには昔から霊感らしきものがあった。

 ご先祖が霊媒師だったとかなんとか、よくそう言って常人では感じ取れないものを感じ取っていた様子だった。

 いや、でも、だからといって……。


「ヤッちゃん。俺は確かにヤッちゃんの研究を応援してたぜ? でも、こう言っちゃ悪いが……まさか本当に異世界との交信ができるなんて思ってなかった。だって、そんな非現実的なことができるわけ……」

「だが、君の魂が『転生』したのは事実だ。これは紛れもなく超常現象だろ? 別の世界は存在する。そして君という生きた証人がいる。君にとって非現実的なことは、もうリアルそのものだろ?」

「……」


 そうだ。ヤッちゃんが研究し続けていた非現実的なオカルト現象は、こうして俺によって実在することが立証された。

 来世は存在する。転生も起こりえる。

 ならば……次元を越えて、生前の世界と交信を試みることも、可能なのだろうか?


「『銀色の月のルカ』の続きが読めないのは……ボクがまだその『情報』をこの空間に持ってくることができていないからさ」

「情報?」

「この空間をひとつのデータベースだと思えばいい。PCなり、スマートフォンなり、欲しい情報は外部からダウンロードするだろ? ここには、まだそういうデータがほとんど無いのさ。容量も少ない。まだ作ったばかりだからね。なるべく増設できるよう努力はするが」

「ヤッちゃんは『銀色の月のルカ』の全容を把握してるだろ? 口頭で伝えることはできないのか?」

「無理だね。確かにボクは『銀色の月のルカ』という物語の知識を持っているが……『情報』そのものを持ってきていない以上、君に伝えることはできない。試しに言ってみようか? 『銀色の月のルカ』の最後は……■■■■■によって幕を閉じる……」

「……え? 何て?」


 肝心なところでノイズのような音で遮られ、聞き取ることはできなかった。


「……やはりね。あくまでここにいるボクは『物語の知識を持っている存在』という『情報』に過ぎない。肝心な詳細を語るには、このデータベースに原作の『情報』を持ってきて更新するしかないんだ。残念ながら、いまのボクではまだそこまでできない。すまない……」

「いや、謝らないでくれ。難しいことはわからないけど……ヤッちゃんが俺のために滅茶苦茶がんばってくれてる。それだけは、よくわかるよ」

「そうか……そうだね、君はそう言ってくれるヤツだったね」


 フッ、とヤッちゃんは不器用な笑顔を見せる。

 相変わらず、笑顔が下手だな。そこがヤッちゃんらしいところだけど。

 これが夢であれ、本当に次元を越えたやり取りであれ、前世の友人とまた会えた。そのことがとても嬉しい。


「君ともっと話したいけれど……残念ながら今回はもう時間切れだ。やはり別世界との交信はそう長く続けられないようだ」


 ヤッちゃんの言葉どおり、部屋の輪郭が徐々に薄れていく。

 残念だ。俺も、もう少し親友との再会を噛みしめたかったが。


「最後に、大事なことを伝えるよ。これだけは言っておきたい……気をつけろ。『ヤツ』はまだ君を追っている」

「え?」

「原作に登場する怪異の対策も重要だが……君にとって、最も対策すべきはソイツなんだ。こればかりは、ボクの持つ原作知識でも役立てない。……いや、そもそも、すでに原作とは大きく辻褄が狂いだしている。君と『ヤツ』というイレギュラーによって……」

「ヤッちゃん、それはいったいどういう……」

「だが安心しろ。君には……『彼ら』がいる。『彼ら』がきっと君の力になってくれる」

「『彼ら』? ……うわっ!」


 とつぜん何かが俺に飛びかかってくる。

 温かく、モフモフとした感触がすり寄り「ワンッ」と鳴き声が上がる。

 眼下には一匹の柴犬がいた。

 まさか……。


火花ヒバナ? ……お前、火花ヒバナなのか!?」


 俺の問いに応えるように、犬は元気よく吠えた。

 間違いない。

 家で飼っていた愛犬、火花だ!

 夏休みの夜、河原で捨てられていたのを見つけて、それから兄弟のように一緒に育ってきた。

 花火が大好きで、飛び散る火花を前にはしゃいでいたから、『火花』と名付けた。

 大好きだった。

 思わず涙が溢れる。

 だって……俺よりも先に火花はこの世を去ってしまったから。


「火花……会いたかったよ、火花っ!」


 愛犬を抱きしめる。火花は「相変わらず泣き虫だね」と言わんばかりに、涙に濡れた頬を舌で舐めてくる。

 嬉しいな。またこうして火花と触れ合えるなんて……。

 子どもの少ない超がつくド田舎に住んでいた俺とヤッちゃんにとって、動物たちは数少ない友達であり、家族だった。

 特に動物好きの俺は、火花をはじめ、家でたくさん動物を飼っていた。

 ああ、ワガママが許されるのなら、他の皆とも会いたいな……。


「いるさ、他の皆も」

「え?」

「ほら、よく見てごらん」


 ヤッちゃんの言葉に従って周りを見渡す。


 足下を素早く通り過ぎていく影。ちりんと鳴る鈴の音。

 まさか、と思い横切った影を追うと、そこには一匹のトラ猫がいた。

 猫は驚く俺の顔を見て、「してやったり」とばかりに鳴いた。

 イタズラ好きなのだ。


 雄々しい羽音が聞こえる。

 いつ入ってきたのか、ベッドの上に降り立つ、一羽の鷹。

 祖父が飼っていた猛禽類は、凜々しい風格を纏いながら、俺を見守るように鋭い眼光を向ける。

 亡くなった祖父の代わりに、幼い俺をよく守ってくれた頼もしい存在。


 ぽちゃん、と水の跳ねる音が響く。

 いつのまにか、部屋には大きな水槽が置かれていた。

 水槽の中には、庭の池で飼っていたはずの鯉が泳いでいる。

 祖父の祖父の代からずっと池で飼われ長生きしてきた食いしん坊で、俺の姿を見ると「早く餌をくれ」とばかりに跳ねたものだ。


 みんな、俺の家で暮らし、そして俺よりも先に旅立ってしまった動物たちだ。

 またもや、大粒の涙が溢れる。

 懐かしい家族たちの姿を見て、心が幼い頃に戻っていくようだった。


「みんな……ひどいじゃないか、俺を置いて、どんどんいなくなっちゃってさ。寂しかったんだぜ? みんなが傍にいなくて……」

『いたよ? ぼくたちは、ずっと君の傍にいた』

「え?」


 ヤッちゃんとは異なる声が俺に語りかける。

 声は、抱きしめる愛犬から発せられていた。


『ぼくたちの魂は、ずっと君に寄り添っていた。みんな君のことが大好きだから』

「火、花?」

『ゴメンネ? あのときは守ってあげられなくて……でも、大丈夫。今度は、絶対にぼくたちが君を守るよ。だから待ってて。あと少しで、ぼくたちは……


 視界がぼやけてくる。

 目の前の景色がだんだんと薄れていく。


「今度こそ時間みたいだ。次もうまくいくかはわからないが……また君と話せることを願っているよ」

「ヤッちゃん……」

「そんな寂しそうな顔をするな。その子も言ったろ? 君の傍には『彼ら』がいる。きっと君の力になってくれる」


 その言葉を最後に、ヤッちゃんの姿が見えなくなっていく。

 しまった。どうせならもっとその姿を目に焼き付けておけばよかった。

 だって不登校気味だったヤッちゃんが、珍しく制服姿だったのだから。


 もしも次に会えたら、ちゃんと伝えよう。

 似合ってると。


 女の子らしくて、かわいいと。


「……あんまり見つめるなよ。結構、恥ずかしいんだからな? ……バカ」


 セーラー服を身につけた異性の幼馴染は、照れくさそうに顔を逸らした。



   * * *



 小鳥の囀りで目が覚める。

 ……何だろう? とても懐かしい夢を見ていた気がする。

 でも、どんな内容だったっけ?


 ……まあ、いいか。悪い心地じゃない。

 何だか、胸が温かい。

 まるで、誰かが傍に寄り添ってくれているような、そんな安心感があった。

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