常闇の女王
* * *
スズナちゃんと密着したまま雑談に興じるという理性を要する時間を無事乗り越えて帰宅した俺は、隣家のルカの屋敷を訪ねた。
風邪を拗らせて体調が悪化してしまったルカ。ちゃんと安静にしているか心配だった。
「ごめんください」
「あら、ダイキさん。いらっしゃい」
住み込みのお手伝いさんである
相変わらず単衣の着物が似合う和風美人さんだ。
「ルカの調子はどうですか?」
「熱は下がりましたが、当面はまだお休みしないといけませんね。やはり無理に霊装を使ったのがよくなかったようで。それに、なんだか霊力の流れが妙に乱れていますし……」
「そうですか……」
椿さんも一応、霊能力者の端くれだ。
霊的な治療やサポートなどでルカの面倒を見てくれているのだが……メンタル面に関しては完全に俺に一任している。
「お顔を見せてあげてください。この頃、どうも気が立っているようでしたから。ダイキさんと話せば、きっとお嬢様も落ち着くでしょう」
……やはり、清香さんの一件から、どうもルカの様子はおかしい。
あの名前を聞いてから、ずっと。
『……【常闇の女王】? ……っ!? いま、そう言ったのスズナ!? ソイツのこと、どこまで知ったの!? 大谷清香の記憶を見たんでしょ!? 答えて!』
鬼気迫った顔でスズナちゃんに問い詰めていた幼馴染の顔が忘れられない。
スズナちゃんが覚えているのは、ほぼ断片的だったものだったので、ルカとしては望む答えを得られなかった様子だった。
ルカの自室の前に着く。
ノックをしようとすると、扉越しからルカの声が聞こえてきた。
電話をしているのだろうか? 随分と緊迫した声色で電話しているようである。
「……どうして、答えてくれないの? あなたたちは知っているんでしょ? ……【常闇の女王】のことを!」
「……っ!?」
名を聞いただけで潜在的な恐怖を否応にも引きずり出されるような、おぞましい響き。
その名を出す必要がある会話……ルカ、まさか『機関』と電話しているのか?
「誤魔化さないで。あなたたちがずっと追っている『怪異の長』ってソイツのことなんでしょ? ……どうして私に隠すの!? いい加減に教えて! お母さんは……あの夜にソイツと戦ったんでしょ!?」
ルカのお母さんが、戦った?
【常闇の女王】と呼ばれる存在と?
「何を……何を隠しているの!? 私は無関係じゃない! だって! だって……【常闇の女王】がお母さんを殺したんでしょ!?」
「っ!?」
殺した?
ルカのお母さんの突然の死……あれは、まさか……【常闇の女王】が関係しているというのか!?
「いったい、あの夜に何が起きたの!? お母さんはいったい何と戦ったの!? 【常闇の女王】っていったい何なの!? あのお母さんが、怪異にやられるだなんて……そんなマズい存在がいるとわかっているのに! あなたたちは、何をしているの!? なぜ私をこの件から遠ざけようとするの!? 何か隠しているんでしょ!? 教えなさい!」
「ルカ!」
興奮気味に叫ぶルカを放っておけず、思わず入室する。
ベッドの上で、寝間着姿のルカがうなだれていた。
電話の通話は切れているようだった。
「……ルカ」
「……ダイキ?」
ようやく俺の存在に気づいたらしい。
ルカは蒼白にった顔で俺を見上げる。
顔色の悪さは、決して体調だけが原因ではないだろう。
「何が、あったんだ?」
「ダイキ……私……私っ!」
涙を流しながら、ルカは俺に抱きついてきた。
「わからない……わからないよダイキ。私は、何をすればいいの? お母さんの仇を、取りたいのに……。肝心な仇のことが、何もわからない。どうして? どうしてアイツらは何も教えてくれないの?」
「ルカ……」
華奢な体を、強く抱き返す。
胸の中でしゃくりあげながら、ルカは言葉を連ねる。
「お母さんも、あの夜、何も教えてくれなかった。ただ『私が全部、終わらせてくるから』って、それだけ言って……ダイキ? お母さんは、いったい何をしようとしてたのかな?」
わからない。
ただ、覚えている。
ルカのお母さんが亡くなる前の、あの夜のことを。
『……もしものときは、ダイキくん。ルカのこと、お願いね?』
そう俺に言ったことを覚えている。
わからない。ルカのお母さんは、いったいあの夜、どこへ向かい、何をしていたのか。
俺が持つ、三巻までの原作知識には、そのことについて描かれてはいなかった。
……霊力を持たない小僧に何ができたとは思わない。
でも、もしも俺に『銀色の月のルカ』全巻の知識があれば、何かが変わったのだろうか?
「戻ってきたのは、お母さんの霊装である紅糸繰だけだった。お母さんの最期の言葉も、言霊として紅糸繰に込められてた。──『紅糸繰があなたを導く。未来を切り拓く可能性は、ここにすべて込められている』……ダイキ、私はお母さんに何か託されたはずなの。なのに、何をすべきなのか、ちっともわからない」
「ルカ……ごめん。ごめんよ」
「どうしてダイキが謝るの? ダイキは何も悪くない」
「違う。違うんだ、ルカ……俺はっ」
今日ほど、ビビリな自分を憎んだことはない。
俺が怖がらず、ちゃんと『銀色の月のルカ』を読んでいれば、ルカを苦しみから救えるかもしれなかったのに。
俺にいまできることは、こうしてルカを抱きしめてやることだけだ。
なんて、情けない……。
でも……だからこそ俺たちはこれから……。
「……俺たちで、見つけよう。【常闇の女王】が何なのか。ルカのお母さんが何を託したのか。俺たちで、突き止めていこう」
「ダイキ……うん」
歩みだけは、止めてはならない。
止めてしまったら、きっと俺たちは……この世界で未来を掴めない。
それだけは、ハッキリとわかる。
『銀色の月のルカ』。
俺はずっと、この作品はオムニバス形式で進む作品だと思い込んでいた。
でも……はたしてそれだけで三十一巻もシリーズを続けられるだろうか?
相手は、はたして怪異だけなのか?
……いるんじゃないのか?
倒すべき、巨悪が。
戦うべき、敵勢力が。
このまま、怪異を退治し、人々を救う。それだけでいいのか?
俺たちは……俺は、もっとこの世界で、はたすべき役割があるんじゃないだろうか?
……どれだけ考えたところで、答えは見つからない。
だからいまは。
もっとも大切な少女の傍にいてあげよう。
「ダイキ……お願い。今日はずっと一緒にいて? 離れちゃいや。私を一人にしないで……」
「ああ、いるよ。俺は、ずっとルカの傍にいるよ……」
再び、深く抱き合う。
お互いの温もりを感じながら、夜が過ぎていった。
* * *
それは、いまも
見初めた少年の魂の在処を求めて。
ドコ? ネエ……ドコニ イルノ? コタエテヨォ
どこまでもどこまでも続く暗黒の空間。
ここには『無』しか存在しない。
ゆえにソレの呼びかけに応える声など、ある筈がない。
……その筈だったが。
──オイデ?
ソレを、呼ぶ声があった。
豁灘万螫峨@縺?d縺」縺溘≠繧翫′縺ィ縺!!!!?
ソレは奇声を上げる。
歓喜の奇声を。
……感じた。
いま、はっきりと感じたのだ。
声の先に……『彼』の気配があることを!
──オイデ? アナタモ、コッチニオイデ?
闇の向こう側から、声が囁く。
とても優しい声色で。不気味なほどまでに甘ったるい声で。
──アナタモ、オ友達ニ、ナリマショウ? オイデ? オイデ? ……ワタシガ……アナタヲ愛シテアゲル。
声の主が何者かはわからない。
だが、そんなことはどうでもいい。
やっと、やっとわかったのだから。
『彼』が、いま、何処にいるのか?
……アハ アハハハハハハハ キャハハハハハハハハ!!!
ソレは駆け出す。
四つん這いになって、異様に長い足を伸ばして、目にも留まらぬ速さで暗黒の空間を走り出す。
もうすぐ。
もうすぐ会える。
さあ、呼びかけろ。
自分を呼び続けろ、声の主。
お前のことなど、どうでもいい。
だが、自分を呼んでくれたことには、感謝しよう。
ようやく、ようやく『彼』に会えるのだから!
■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル!!!■シテルワアアアアア!!!
──フフ……ナンテ、カワイラシイ……早ク、オイデ? 待ッテルヨ? アナタト、楽シク、遊ベル日ヲ……クスクス。
闇が嗤う。
新たな同胞が来る、その瞬間を待ちわびて。
──ア、ソウダ。自己紹介、シナキャ。アノネ? ワタシノ名前ハネ……。
闇が名乗る。
本当の名は忘れてしまった。
でも、どうもでいい。
なぜなら、愛する『家族』たちが呼んでくれる、大切な名前があるのだから。
……此処に来る前に、いっぱいいっぱい楽しく遊んでくれた、あの銀色の髪の女性も畏怖を込めて呼んでくれた、大切な大切な名前。
そう、その名は……。
──【常闇の女王】。ソレガ、ワタシノ名前。ヨロシクネ? 新シイ、オ友達。
グラビアアイドル大谷清香の未練・了
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