清香の死因
ゲームセンターを出た俺たちは、その後カラオケで歌ったり、服屋でお揃いの上着を買ったり、レンがSNSで話題にしていたカフェで食事を取ったりなどした。
日もすっかり暮れ、夜景がよく見渡せる河川敷の橋の上でひと息つく。
「はぁ~楽しかった~! こんなに目一杯遊んだの本当に久しぶりだよ!」
心地よい夜風に当たりながら、清香さんは満面の笑みで腕を伸ばした。
「やっぱり地元っていいな。遊び回りながら、小さい頃のこと、いろいろ思い出しちゃったよ」
「清香さんのご実家、この辺なんですか?」
「うん、まあね。……と言っても、ほとんど帰ってないんだけどね。こっちに戻ってきたときもホテルに宿泊してたし」
「どうしてまた?」
「……親と喧嘩別れしちゃったんだ。『芸能界なんてやめなさい』って最後まで反対されちゃって。それっきり連絡も取ってない。いま思えば、親が正しかったのかもしれないね。こんなことになっちゃったわけだし」
「そんな……」
「あ、でも、この道を選んだことは後悔してないよ? 人に喜んでもらえることって好きだったし、大変なことばっかりだったけど、仕事はやりがいがあって楽しかった。たださ、なんていうか……」
切なげに夜景の向こうを見つめながら、清香さんは呟く。
「……ちゃんと、謝りたかったな。『親不孝者でごめん』って」
向こう側から救急車のサイレンが聞こえてくる。
サイレンの音が遠くなるまで、どちらも口を開かなかった。
「うちさ、片親なんだ。お母さんがずっと女手一つで育ててくれてさ……恩返し、したかったんだよ。有名になって、いっぱい稼いで、お母さんを楽させたかった。……なのに、お母さんをひとりきりにさせちゃった。ダメな娘だね、私……」
「……」
何と声をかければいいのか、わからなかった。
一緒に楽しい時間を過ごしたとはいえ、ほとんど今日だけの付き合いでしかない自分が、彼女に対して偉そうなことを言う資格などない。
……それでも、寂しげな彼女の後ろ姿を見ていると、何か声をかけずにはいられなかった。
「……清香さんは、その……どうして……」
「……覚えてないんだ。自分が死んだときのこと。気づいたら、こうなってた。まあ、あの夜はひどく酔ってたしね。きっとケーサツの言うとおり泥酔して河に落ちちゃったんだよ」
そんなことを清香さんは、平然とした顔で言った。
そんな彼女を見ていると、あまりにも辛くなってしまう。
彼女の人生について、俺が何かを言う資格はない……でも今回ばかりは図々しくなろうと思った。
「清香さん……いまからでも実家に行きましょうよ。事情は俺が説明しますから。見た目は別人でも、実の娘のことならお母さんもきっと気づいて……」
俺の提案に清香さんは微笑しながら首を振った。
「ありがと。でも、いいよ。ほとんど家出みたいに飛び出しちゃったから、向こうはもう私のこと娘とは思ってないかもしれないし……」
「そんなの……わからないじゃないですか! どんな理由で喧嘩したとしても……たった一人の娘なんですよ!?」
親子の絆が、些細なことで切れるとは思いたくない。
たとえ器は別の人間でも、親ならば子どもの魂がそこにあると理屈抜きで感じ取れるかもしれないじゃないか。
伝えられる機会があるのなら、伝えるべきじゃないのか。
……こう考えてしまうのは、俺が甘い人間だからなのか。
「……ダイキくんは本当に優しいね。そういうところに皆きっと……」
清香さんは瞳を閉じて微笑むばかりで、やはり首を縦には振らなかった。
「……なんか、喉渇いちゃったな。ダイキくん、コーヒー飲める? 夜景眺めながら恋人と缶コーヒーを飲むってシチュエーション、憧れてたんだ」
「……わかりました。ちょっと買ってきます」
親のことについて、もう清香さんは話す気がないようだった。
これ以上の追及は、逆に彼女を傷つけてしまうだろう。
気まずくなった空気から逃げるように、俺は近くにある自販機へと向かった。
「……どうするの?」
ホットコーヒーを二つ買ったところで、後ろからレンに声をかけられた。
「……清香さんの意思を尊重するよ。無理に言っても、辛いだけだろ」
「そっ……じゃあ、いいんだね? これで最後で」
「ああ。このコーヒーを飲み終えたら、スズナちゃんの体を返してもらおう」
約束の時間は近づいている。
彼女にしてやれることは、もう僅かしかない。
だったら、最後まで彼女が望むとおりにしてあげよう。
……たとえ、それが彼女にとっての本心でなかったとしても。
缶コーヒーを持って戻る。
「あれ?」
橋の上に清香さんの姿はなかった。
いったいどこに?
慌てて周りを探す。
「あ」
橋の下の河川敷に、見知ったシャイニーブロンド髪の少女が立っている。
原っぱの上で、水面に映る月をどこか呆然とした様子で眺めている。
いつの間にあんなところに。
急いで俺も河川敷に下りた。
「清香さん! いったいどうしたんですか? こんなところで」
「……」
返事はない。
後ろ姿を向けたまま、彼女は河を眺めている。
……何か、様子がおかしいぞ。
「……清香さん?」
恐る恐る近づき、彼女の肩に触れようとすると……。
「……あっ、ああっ……ああああぁっ!?」
小刻みに体を震わせ始めたかと思うと、彼女はとつじょ悲鳴を上げた。
「清香さん!?」
「あっ、あああっ……思い、出した……私、ここで……ここで死んだんだ……」
「っ!?」
「そうだわ……あの夜も、ここを歩いてた……悪酔いしながら歩いてて、それで……それでっ……いやあああっ!!」
「清香さん! 落ち着いてください!」
頭を抱えて錯乱する彼女を抑えつける。
しかしいくら宥めても、彼女は恐怖から逃れるように暴れまわる。
「いやっ! いやああ! どうして……どうしてなの!? どうして私がこんな目に!」
「お願いです清香さん! 怖がらないで! 大丈夫ですから! すぐに安心できる場所に連れて行きますから、一旦落ち着いて……」
「……事故じゃ、ないわ」
「え?」
「事故でも……自殺でもない……私は、ここで……殺された」
「っ!?」
何だと?
いま、彼女は何と言った?
……殺された?
大谷清香の死因は……事故でも自殺でもないのか!?
「清香さん? いま何を、見ているんですか? あなたは、何を思いだしたんですか!?」
「わからない! ちっともわからない! どうして、私が殺されなくちゃいけないの!? ……アイツは何なの!? 何で私を狙うの!?」
「犯人の顔を見たんですか!? いったい、誰です!? あなたを狙ったのは……いったいどんな人間ですか!?」
「……人間? アレは、人間なの?」
「え?」
「ヒトの形はしてる。でも……アレが、人間なワケない!」
彼女の顔は恐怖によって蒼白になっている。
偶然にも自分が死んだ場所に来てしまったことで、彼女はいま死んだ瞬間の記憶を呼び覚ましている。
そして自分を襲った何者かを異様に恐れている。
何だ? いったい清香さんは、何に狙われたんだ!?
「ヒトなわけない! でなきゃ、あんな真似できるワケない! 何なの? 『素質』って何!? ……怪異の素質って、何のことよ!?」
「……っ!?」
怪異の素質?
それを、清香さんを襲った何者かが言ったというのか?
どういう、ことだ?
清香さんを狙った犯人は、怪異の存在を知っている?
だとしたらソイツは一般人ではなく、こちら側の者ということになる。
だが……なぜそんなヤツが、清香さんを狙う?
怪異の素質ってどういうことだ!?
「清香さん! ソイツは、いったい何者なんですか!? あなたはその夜……ナニに襲われたんだ!?」
「わからない! 何もわからない! どうして!? どうして私が殺されなくちゃいけないの!? どうして? ドウシテドウシテドウシテ!」
完全に正気が削がれた声色で、彼女は叫ぶ。
己の運命を嘆くように。
こんな仕打ちを与えたこの世を憎むように。
「どういうことなの? 『災いを撒く存在となれ』? 『この世を呪いで満たせ』? わからない……アイツはいったい何を言っているの!? 私に何をさせる気なの!?」
「清香さん! わかった! もう何も思い出さなくていい! だから気を静めてくれ!」
「『復活の儀式』? 『そのための生け贄』? わからない。ワカラナイワカラナイワカラナイ。『あの御方』って誰? 『眷属になれることを誇りに思え』? 『寵愛』って何のことよ? 私、そんなもの欲しくない!」
「清香さん! しっかりしてくれ! ダメだ! このままじゃあなたは……」
彼女が下手人にいったい何を言われたのか。彼女の口から語られる言葉ひとつひとつを繋げてもまるで理解ができない。
だが、このままでは清香さんが無事に成仏できないということだけはハッキリとわかる。
どうにかして鎮めないと!
「……やめて! ヤメテヤメテヤメテ! 誰!? 私に囁かないで!」
「清香さん?」
「……怖いっ……怖いよダイキくん! 誰かが……私に囁いてる! 『コッチニオイデ』って! 『アナタモ仲間ニシテアゲル』って! とってもとても優しい声で……いや! いやだ! 私を呼ばないで! 私が私じゃなくなる! いらない! あなたの愛なんていらない! こっちに来ないで!」
「清香さん! 落ち着いて! ここには俺とあなた以外にいない! 怖いものなんていないんだ!」
「違うの! 遠いところから……ずっと遠いところから、何かが私を呼んでる! 女の声? まさか……あなたなの? 私を殺したアイツが口にしていた『あの御方』って……あなたのことなの?」
震える声で、彼女はここにいない何者かに尋ねる。
自分よりも数倍、身の丈の大きい獣に遭遇してしまった小動物のように震えながら。
「……あなたは、いったいナニ? あなたは……あなたたちは、この世界で何をしようとしているの?」
「っ!?」
冷や汗が滲む。
言葉の意味を理解できなくとも、何か潜在的な恐怖を引きずり出されるような悪寒が総身を支配する。
……これは、危機感?
俺は、いま、清香さんの口から、何を聞いてしまっているんだ?
「……そんなことのため? そんなことのために、私を? ……はは、アハハハハ! ふざけないでよ! フザケルナフザケルナフザケルナ!」
彼女は気が触れたかのように笑いながら涙を流す。
「ひどい……ひどいわ……私は、私はこんなことのために……」
「清香さん……」
「……ねえ、ダイキくん」
縋りつくように、彼女は俺の胸板に手を這わせる。
「私……私ってさ……」
伏せた顔をゆっくりと上げ、俺と目を合わせる。
そこには……。
「バケモノになるために生まれてキタノカナァ?」
闇色に染まった瞳があった。
それはもう、ヒトの目ではなかった。
俺の知る清香さんの表情も、スズナちゃんの顔も、すでにそこには無い。
ソレは、異形の目だった。
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