清香とのデート【後編】

 とにかく時間の許す限り、俺たちは遊び回ることにした。

 清香さんがまず行きたがったのはゲームセンターだった。


「あ、ダイキくん! 私アレやりたい! ダンスゲーム!」

「お、いいですね。じゃあせっかくですし対戦モードでやりましょうか?」

「ふふん。いいのかなぁ? 私って結構強いよ~? なにせダイエット期間はいつもこれで脂肪を燃焼させて……こほん。いまの忘れて?」

「ア、ハイ」


 乙女にはいろいろ事情があるようだ。

 早速俺たちはダンスゲームで対戦を始める。


「えい。やっ。ほっ」

「え? ちょっ、はやっ……何すかその動き!?」

「へへん。アイドルはダンスもこなせないとね~。ほ~ら、負けちゃうよダイキくん? がんばれがんばれ~♪」

「ぬお~!」


 宣告通り清香さんは滅茶苦茶ダンスがうまかった。

 運動神経には結構自信のある俺だったが、彼女の華麗なステップには対抗できそうにない。

 こ、これがプロのアイドルというものか。

 しかもスズナちゃんという他人の体にも関わらず、ここまで洗練された動きができるなんて!

 いつのまにか周りも「おお~!」と歓声を上げながら清香さんのダンスに見入っている。

 ……いや、違うな。

 確かにダンスの動きにも感心しているのだろうが、周囲が注目しているのはある一点部分だ。

 チラリと横目で見る。……うん、めっちゃ揺れてるね、胸が。

 ブレザーを脱いで踊っているので、ブラウスの中で弾む大きな双丘が目立つこと目立つこと。

 というかスズナちゃんがこんなに激しい動きをするところなんて、俺も初めて見たので破壊力が凄まじい。

 しかも激しい動きによって短いスカートの中身がいまにも見えそうだ。周囲もそれを期待するように清香さんのダンスを凝視している。

 これは宜しくない!


「き、清香さん! もう少し動きを大人しめに……」

「え~? 弱音かな少年? 情けないぞ~。勝負事にはお姉さん、年下相手でも手加減しないんだからね~?」

「いやそうじゃなくて! ああっ、いけません! そんなに跳ねたらいろいろボインボインと弾むしスカートがチラリと……ええい! こら野郎どもあんまり見るんじゃねぇ! 俺の恋人だぞ!?」

「え? や、やだぁダイキくんたら。大声でそんなこと……お姉さん照れちゃうぞ?」


 と言いつつもダンスのキレが鈍る様子はない。

 ウットリとした顔をしながらも彼女はダンスを完璧に踊りきった。

 すげえ! これがプロかぁ!


「あ、皆さんも応援ありがとうございま~す! 楽しんでいただけましたか~?」


 そして周囲への感謝もサービス精神も忘れていない。「もちろんでーす!」といまにも瞳からハートマークが浮かびそうな男たちの歓声が広がる。

 ……この一瞬であっという間に大量のファンを獲得してしまった。

 改めて、清香さんは本物のアイドルなんだと思い知らされる光景だった。


 その後もシューティングゲームやレースゲームやクレーンゲームなどで遊んだ。清香さんはどのゲームもうまく、俺は驚かされるばかりだった。


「すげえ、クレーンゲームで景品をこんなにゲットしたの初めてですよ俺」

「ふふ、コツを掴めばいくらでも取れちゃうよ。欲しいのあったら言ってね? お姉さんが全部取ってあげる♪」


 そう言って清香さんはご機嫌にウインクをした。

 良かった。楽しんでもらえているようだ。

 というか俺も、最初の目的も忘れて普通にこのデートを楽しんでしまっている。

 清香さんと遊ぶこの時間が、とても有意義だ。


「あ……ダイキくん。最後にさ、プリクラ一緒に撮らない? アレだけはさ、私もまだやったことないんだ」


 清香さんはモジモジとしながらプリクラコーナーに指を差す。

 ……まあ、デートといえばアレがやっぱり定番だよな。


「もちろんです。でも俺も、初めてなんで、うまくできないかもしれないですけど」

「そっか。ふふ♪ じゃあ、私がダイキくんの初めての女の子だね?」


 嬉しげに微笑む清香さんに、つい胸を高鳴らせてしまう自分がいた。


「おい、向こうのJKたちのエアホッケー見ろ! すげえぞ! あんなに激しい動き見たことねぇぜ!」

「……でも何か怖くね? 円盤を打つときに滅茶苦茶憎しみ込めてるように見えるんだけど……」

「しかも何か騒いでるぞ?」


 後ろから何やら気になる話し声が聞こえてきたので、俺もエアホッケーがある箇所に耳を澄ませてみると……。


「プリクラァァァ! 初めて奪われたァァァ!」

「おのれえええ! 私が最初にエスコートして密室でドキドキさせる予定だったのにィィィ!」

「「許すまじ! 大谷清香!」」


 ……うん、とりあえずスルーしておこう。



  * * *



 最新のプリクラ機は俺の記憶にあるのと比べると、かなりハイテクに進化しているようだった。

 選択項目もかなり多く、操作には随分と手こずったが、何とかカップルらしい写真を撮影することができた。


「わぁ~! ついに私もプリクラデビューだ! 超感動~!」

「あはは、俺ってば半目になっちゃってるや。なんか照れくさいっすね。もっと締まった顔で撮れればよかったんですけど」

「そんなことないよ! ダイキくんらしくて凄い魅力的! こういうのも良い思い出だよ!」

「そ、そうっすか? 満足してくれたなら、いいんですけど」

「あ、プリクラ用の手帳売ってるみたいだよ! これに貼ってもいいかな?」

「いいっすね。そうしましょう」


 たくさん撮ったので、プリクラ帳のページはあっという間にカラフルに彩られた。


「壮観だな~。ほら、これとかいい感じに撮れてない?」


 プリクラを一枚いちまいを見ながらはしゃぐ清香さんだが、ふとその表情が少しだけ曇る。


「……贅沢かもしれないけど、これが自分の顔だったらな~って、ちょっと思っちゃうな」

「……」


 どう返事をすればいいのかわからず、つい押し黙ってしまった。

 写真の中の彼女の笑顔やポーズは、大谷清香ならではものだ。

 ……でも当然のことながら、そこに映っているのは憑依先である黄瀬スズナの顔である。


 こうして写真にすることで、改めて事実を突きつけられる。

 大谷清香は、もうこの世に存在しない人物だということを。


「あ、あはは。ごめんね? 空気悪くするようなこと言っちゃって。いまの忘れて?」

「清香さん……」

「……ちゃんと、わかってるから。もう、時間は戻ってこないんだって。こうしていられることが奇跡そのものなんだってこと」


 清香さんはプリクラ帳を胸元に抱きしめて、ぎゅっと瞳を閉じた。

 いまにも零れそうになるものを抑えるように。


「……本当に、いいんですか? 俺とのデートだけに時間を使って。本当は、もっと遣り残したこととか、あるんじゃないんですか?」

「……言い出したらキリないもん。そりゃ、ちょっとは考えたよ? 炎上を仕向けた人間たちに仕返ししようとか、悪い噂流してた事務所に行って驚かしてやろうとか……でも、そういうことしたら、私一気に悪い霊になっちゃうんでしょ?」


 霊は感情のエネルギーによって、その在り方を変える。

 彼女がもし、生前の怨みを晴らすような行いをしていたら、今頃とっくに悪霊の類いになっていただろう。


「いいんだ。それに関してはもう『世の中そういうものだ』って吹っ切れてるから」

「清香さん……」

「ドラマの主演とか正直かなりプレッシャーだったからね。逆におじゃんになって安心してたよ……まあ、悔しくはあったけどさ。でも、そんなこと気にしてたら芸能界じゃやってけないからね」


 そう言って清香さんは「参っちゃうよね」と苦笑した。

 俺には、それが精一杯の笑顔にしか見えなかった。


「気にしないで? そんなことよりは私は、やっぱり楽しい思い出を作りたい。『イヤなこともたくさんあったけど、それだけじゃなかった』って思いながら成仏したい。だからダイキくんがこうして私のために付き合ってくれてるの、すごく嬉しいよ? ありがとうダイキくん」

「え? あ、いや、そんな……俺、清香さんのファンですから、これぐらいのことは……」

「ふふ♪ 私の写真集ですごいもんね?」

「ちょっ!? ま、まさか見てたんですか!?」

「見てたというか、感じちゃったというか……シンクロ的な? たぶんお互い相手のこと意識したから、繋がっちゃったんだろうね」

「……もうお婿にイケナイ」

「ふふ♪ 私が貰ってあげましょうか?」

「……人気アイドルにそんなこと言われる俺は、世界一の幸せ者ですね」

「だろう~? 誇れよ、少年。……うん、ダイキくんは、本当に自分が思っている以上に、素敵な男の子だと思うよ? もしも生きている内に出会ってたら……私、放っておかないと思うもん」

「そ、そんな。からかわないでくださいよ」

「大マジだよ? 本当に……羨ましいもん、スズナちゃんたちが」


 切なげに微笑んで、清香さんはプリクラをジッと見た。


「……さて、そろそろお開きかな? 高校生を遅くまで付き合わせるのも悪いし……」

「はい? 何言ってるんですか清香さん。むしろ、これからじゃないですか」

「え?」

「一日の終わりまでには、まだ時間がありますよ? ギリギリまでお付き合いします」


 困惑している清香さんに、手を差し伸べる。


「次はどこ行きましょうか、清香さん」

「ダイキくん……うん! じゃあ次は……」


 タイムリミットは確実に迫っている。

 それまでに、どうか清香さんが未練なく成仏できるよう、素敵な思い出を作ってあげたい。

 その気持ちが、より強まっていた。


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