清香とのデート【前編】


 霊とは、そもそも不安定な存在だ。

 現世に未練を残して彷徨さまよう魂は特に、感情によってその在り方をいかようにも変えてしまう。

 いかに生前と寸分違わぬ善良な人格の持ち主であっても、ふとした拍子で世を憎む悪霊や怨霊になってしまうことが多々ある。

 だからこそ基本的に霊は成仏させなければならない。

 どんな理由があろうと死者が生きている人間の世界に留まるのは、やはり間違っている。何よりも、成仏しない限りその魂は一生救われない。

 例外が許されるのはそれこそ……人の身でありながら神域へと至った『守護霊』という規格外の存在だけだ。


 死した双子の片割れや、祖父母の霊が『守護霊』になるのはよく聞く話ではあるが……『銀色の月のルカ』の世界において、そういった類いの恩恵は『死した魂の残留エネルギー』が宿主を守っている、ということになっており、決して霊本体が意思を持って血縁者を守っているわけではないらしい。

 もしも霊本体が生前の人格を保ったまま子孫や血縁者を守っているとしたら……それはもはや魂としての『格』が人智を越えた次元に位置する、超越存在そのものである。


 当然、一般人の魂が『守護霊』になることは滅多にない。

 だから未練のある魂を見つけたとき、俺たちがやるべきことは……なるたけその未練を断ち切り、その人が悪霊や怨霊となってしまう前に成仏させてやることだ。


「さ、行きましょうか、清香さん」

「う、うん。よろしくね、ダイキくん」


 放課後、スズナちゃんに憑依した清香さんと一緒に、約束通りデートをすることになった。


「行きたいところがあったら、遠慮なく言ってください。いくらでもお付き合いしますよ?」

「あ、ありがとう。えへへ。ど、どうしよっかな。ご、ごめんね? 私のほうが年上なのに、こういうのに慣れてないから、いますごいテンパっちゃってるよ」

「気にしてませんよ。俺も憧れの清香さんとのデートってことで、ちょっと有頂天になってますし」

「そ、そうなんだ。お揃いだね? えへへ……」


 彼女は何とか大人としての余裕を取り戻そうとしていたが、やはり溢れる動揺や喜びを抑えきれないのか、ニヤけた笑顔を浮かべながら、照れくさそうにしていた。

 それは、やはりスズナちゃんでは決して見せることはない、清香さんならではの愛らしい反応だった。


「その……う、腕とか組んでみてもいいかな?」

「っ!? も、もちろんです。どうぞ」


 普段なら恥ずかしさから躊躇してしまうが、清香さんのお願いであるならば断るわけにはいかない。

 片腕を差し出す。

 清香さんは恐る恐る、俺の腕にしがみついてきた。


 ふにょん、と必然的に密着する豊満な胸。

 思わず「おぅふ」と情けない声が上がりそうになるのを堪え、いまにも垂れてきそうな鼻血を気合いで塞き止める。

 や、柔らかい。こんな小柄な体にこんな立派な代物がついているとは、改めてスズナちゃんの発育の暴力ぶりには驚かされる。

 ……だが、もしもこれが清香さんの体であったなら、もっと衝撃的な感触が腕に伝わっていたのだ。

 危なかった。もしもあの120cmのOcupの持ち主に抱きつかれていたら、間違いなく理性が限界値を越えて一瞬で気絶していたことだろう。

 ……いや、決してスズナちゃんに魅力が不足しているとか、そういうわけではないのだが、やはり親しき身近の存在と憧れのアイドルとでは湧き上がる感動は異なってくる。


 いま俺の腕にしがみついているのは確かにスズナちゃんの体だが、その中身は大人気グラビアアイドルの大谷清香なのだ。

 いまだに現実味が湧かない。

 憧れの存在が仲間のスズナちゃんに憑依した上、彼女に惚れられ、そして放課後デートをすることになるなんて……全国の大谷清香ファンに殺されかねないほどの贅沢を、俺はこれから味わおうとしているのだ!


 ええい、ニヤけるな俺の顔。

 清香さんに与えられた時間はあと僅かしかないんだ。

 清香さんに最高の思い出を作ってもらうためにも、ここは俺が立派に彼氏役を務めて、彼女を満足させないといけないんだ!


「こほん……。清香さん。今日一日限定で、俺はあなたの恋人です。どんな願いも、俺が叶えてあげます」

「ダイキくんっ」


 よし、決まったな。

 引き締まった顔と声で見事に良い男っぷりを見せてやったぜ。

 清香さんも目を輝かせながら嬉しそうにしている。

 ああ、まさか憧れのアイドルにこんな熱い眼差しを向けられる日が来るだなんて。

 ふっ、俺ってばやっぱり罪な男だぜ……。


「ふんっ! な~にカッコつけちゃってんだか。『どんな願いも、俺が叶えてあげます。キリッ!』ですって! あんなこと私たちには一度だって言わないのにね~ルカ~?」

「ほんとほんと。私にも毎日言ってほしい」

「ダイくんのキャラじゃないというか、ぶっちゃけ外してるわよね~。アレにときめくのも正直どうかと思わな~い?」

「ほんとほんと。ダイキはあんな風にカッコつけなくたって、普段から世界一かっこいいのに」

「いや、そんな惚気を聞きたかったわけじゃないんだけど……」


 ……後ろが気になるな~。

 一応、監視という名目で俺たちの背後で尾行しているレンとルカ。

 万が一ということもあるので、後方に控えてくれるのは正直ありがたいし心強くはあるのだが……どうも少女二人は俺と清香さんがデートをすることが相変わらずおもしろくないようで、さっきから何かと俺に聞こえるようにネチネチと小言を囁いている。


「ええい! 貴様らデートに集中できんだろうが! もっと後方に下がれぇ!」

「へ~んだ! 何か起こっても知らないからね~だ! ダイくんの女たらし~!」

「ぷくー。ダイキのバァカ。私とは全然デートしてくれないくせに。ツーンだ」


 子どもみたいにヘソを曲げた美少女二人が文句を言いながらトコトコと距離を取っていく。

 言いたい放題だなぁ。確かに俺もちょっとは私欲が混ざってるけど一応人助けしてるんだから、少しくらい応援してくれたっていいじゃないかよ……。


「と、とりあえずあの二人のことは気にせず楽しみましょうか?」

「そ、そうだね」


 お互い苦笑を浮かべつつも何とか仕切り直してデートを開始する。


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