それぞれの恋の形

   * * *




 翌日、部室にひと足先に着いてスマートフォンを弄っていると、レンがSNSで新規投稿をした通知が届く。


「……何だコレ? 『好きな人に告白する勇気が湧くおまじない』?」


 詳細を開く。

 内容はこんなものだった。


『好きな人に告白できずにいる、そんなあなたに朗報です! 女の子はシュシュで髪を結んでみて! 男の子なら思いきって美容院で髪を切って、清潔な格好をしてみよう! するとあら不思議! 気になる人に告白する勇気が湧いてくるよ! ひょっとしたら、いいお返事が貰えるかも!? 絶対に効く恋のおまじない! 是非試してみてね!』


 読み終えたところで、レンが「おいーっす」と言って部室にやってきた。


「なあ、レン。これって……」

「ん? ああ、それ。まあ……要はプラシーボ効果だよ。髪型を変えたり、身綺麗な格好にしたら、気分が変わるものでしょ? お相手もさ、普段とは違う雰囲気の子に告白されたら……ひょっとしたらコロッといっちゃうかもしれないじゃない?」


 そう言ってレンはウインクをした。


「……【アカガミ様】の『おまじない』を、これ以上流行らせないためか」


 レンらしいアフターケアだ。

 大人気インフルエンサーの発言なら、年頃の少年少女たちは薄気味悪い『おまじない』よりも、こちらを実践するだろう。

 もう【アカガミ様】が行われることはない。そう信じよう。


「……結局、みんなキッカケが欲しいだけなんだよ。告白するための最後のひと押し。それだったら、べつに願掛けの内容は何だっていいじゃない? 危険な『おまじない』じゃない限り、だけどね」

「そうだな」


 レンの言うとおり、告白の勇気を振り絞るだけなら、方法は思いのほか単純なものなのかもしれない。

 成功するかどうかは、当人たち次第だが……その辺もレンはキッチリとフォローしている。

 好きな人に振り向いてもらいたい……ならば自分を磨くのが一番の近道だ。

 リスクを背負っておっかない『おまじない』なんかするよりも、そっちのほうがずっと堅実で確実だ。


「とりあえず……お疲れ様、だね?」

「おう。当面は、神様絡みは勘弁だぜ」

「はは。ダイくんの苦手な赤色もたくさん絡んできたしね」

「それな? まったく、赤い糸やら、赤い封筒やら、赤い手紙やら……想像するだけで鳥肌立つぜ……」


 やはり前世でのトラウマは根深い。

 死ぬ間際、目に飛び込んできた赤色は、転生した現在でも鮮明に思え出せて……。


 ──諢帙@縺ヲ縺?k繧ア■■テイ■ワ


 ……やめよう。

 これ以上考えてはいけない。

 自分でもよくわからないが、本能的にそう思った。


「……赤色といえばさ、レンって、いつのまにかカーディガンの色、赤から黒に変えたな」


 意識をトラウマから何か別のことに向けたいあまり、適当な話題を投げた。

 実際、不思議に思っていた。

 原作ではレンは着崩したブラウスの上にパーソナルカラーである赤色のカーディガンを着ている。

 出会った当初も原作通りの格好だったのだが……ここ最近はずっと黒のカーディガンだ。

 レンほどの美少女なら何色を着ても似合うのだが……ちょっと疑問に感じた。


「ああ、これ? 気分転換ってやつだよ。黒は女を美しくするからね~」

「……もしかして、俺に気を遣ってくれてるのか?」

「……まあ、苦手だーってハッキリ言ってる人の前で、その色の服を着るのは気が引けますからね~」

「そっか……ありがとな」


 相変わらず細かいところに気を回してくれるな、レンは。

 本当にイイ女だぜ。


「それにさ……私って、結構惚れた相手に合わせるタイプだから」

「……? ふーん、そうなのか」


 脈絡のない発言に疑問を覚えつつも、俺は頷き返した。


 そっか。レンにもしも好きな相手ができたら、その男の好みに合わせた感じになるのか。

 ……むぅ、なぜだろう。そんなレンの姿を考えると複雑な気持ちになってくるな。

 たとえ恋人ができても、レンにはレンらしくいて欲しいというのが本音であるが……とはいえ、恋愛は個人の自由だしな。

 俺がとやかく言っても仕方ないだろう。


「……はぁ~。やっぱり今打ち明けても脈無しだなこれは」

「ん?」


 なぜか深い溜め息を吐きながら、レンはガッカリしたような顔を浮かべる。


「……生霊ってさ、結構生まれやすいんだね。それも恋愛絡みで。今回もさ、私のときと似た状況で、ビックリしちゃったよ」

「……そういえば、レンのときも生霊絡みだったな」


 最初にレンと出会ったときの事件のことを思い出す。

 撮影する写真がすべて心霊写真になってしまう怪現象……その原因はレンをストーカーしていた男の生霊の仕業だった。

 レンに対する歪んだ独占欲と肉欲から生まれた生霊は、最終的に生身の人間と大差ないレベルの実体化を果たし、そのままレンを犯そうとした。

 ……だが実体化した相手なら、たとえ生霊だろうと恐れる存在ではない。

 物理で殴れる。なら俺でも対処できる。原作知識があったおかげもあるが、あれは何とも簡単な事件だった。

 原作だとルカが除霊している間に、レンはかなーりドエロい仕打ちを受けていたが、そういう展開にならずに済んで本当に良かったと思う。


 ……思えば、確かにこの世界は生霊が生まれやすいのかもしれない。

 誰もが現実では発散できない欲望を抱えているものだ。

 それが臨界点を超えると、あのストーカー男や狭間祈のような生霊が発生してしまう

 おっかない話だ。とても他人事ではない。俺もそうならないよう、気をつけていかねば……。


「私もさ……あんな風に生霊を生み出すなんて、絶対にイヤだからさ……なので、もう我慢しないことにしたよ」

「我慢? 何を?」

「言いませーん。いまのダイくんに言っても、たぶん断られちゃうから。だからルカだけに宣言したよ。『上等。絶対に私が勝つ』って言われちゃった。悩んでたけど、思いきって良かった。スッキリしたもん」

「はあ……」

「今回のことで私も学んだよ。親友に隠し事はよくないってね」

「そりゃ、そうかもしれないが。なんだよ? 隠し事って。気になるじゃないか」

「ダメでーす。まだダイくんには教えませーん」


 聞いてもレンは「べー」と可愛らしく小さな舌を出すだけだった。


「ま、とりあえず、これからはもう遠慮しないから。覚悟しててね?」

「おいおい、本当に何の話だよ? ていうか……近い、近いっての」


 レンはスクールリボンを着けずにブラウスを大胆に開いているので、深い胸の谷間がただでさえ見えやすい。

 それにも関わらず屈んで接近してくるものだから、とても大きい色白の乳房が大迫力に視界を占めていく。

 ……あ、水色の生地が見えてしもうた。


「ふふん。ぜーったいに意識させてやるんだから。せいぜい気をつけてね? 油断してると……あっさり、食べられちゃうかもよ?」

「食べ!? 何!? もしかしてもう新しい怪異の事件でも来たの!?」

「さあ、どうかな? もしかしたら怪異よりも厄介な事件かもね?」

「や、やめろよぉ……ビビリをからかうんじゃねぇよ~……」

「あはは♪ ダイくんってほんと……かーわいい~♪」


 結局いつも通りからかわれただけだったのか、小悪魔な少女は俺の反応を楽しみつつ、クスクスと笑うのだった。




 恋のおまじない【アカガミ様】・了





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