俺は、ルカの隣にいていいんだ


「帰ろう、ダイキ」

「ああ」


 やるべきことを終えて、俺たちも帰路に就く。


「……」


 夜空を見上げながら、今回の事件について思いを馳せる。

 考えてみれば、すべては悲しいすれ違いがキッカケだった。

 誰もが秘めた思いを包み隠さず、相手に素直に伝える勇気があれば、そもそも今回のような事件は起こらなかったかもしれない。【アカガミ様】のような危険な『おまじない』が流行ることもなかったかもしれない。


 ……思いを、包み隠さずにいれば。


「……ダイキ? どうしたの?」


 ルカが俺の顔を覗き込んでくる。

 相も変わらず美しい容貌に、つい胸が高鳴る。

 毎日顔を合わせていても、ルカの美しさには何度だって魅了されてしまう。


 ……ふと、レンと交わしたやり取りを思い出す。

 ルカはもう覚悟を決めている。あと俺の気持ち次第なんじゃないか? と。


「……なあ、ルカ」

「なぁに?」

「……最初に、俺に助けを求められたとき、どう思った?」

「え?」

「俺はさ、要は……ルカの力を目的に近づいたわけでさ。死にたくないからって理由でルカに頼って、いまもずっとそれを続けてる……そのことについて、ルカはどう思ってるのかなって……」


 ずっと抱えていた後ろめたさを、ついに口にする。

 異分子である自分が、己の命かわいさに幼い少女の力を利用した。

 そんな自分が、ルカの思いを受け取る資格はない。そう思い込んでいた。

 ……でも、今回の事件で、それは大きな過ちなんじゃないかと思い至った。


 一方通行な思い込みが、今回のような悲劇を生んだ。

 それと同じように、俺たちのこの曖昧な関係が、いつか取り返しのつかない事態を招く原因となるかもしれない。

 あのとき、打ち明けていれば良かった。……そんな後悔をするような未来には、したくない。

 だから……知りたい。ルカの気持ちを。


「どう思ってるって……嬉しかったよ?」

「え?」


 何を今更? という具合にルカはキョトンとした顔を浮かべていた。


「だって、みんな私の力を怖がって近づかなかったのに、ダイキだけはそうじゃなかったでしょ? いつだって真っ先に私を頼ってくれて、『ありがとう』って泣いて感謝までしてくれて……『ああ、私でも誰かの役に立てるんだ』って、すごく嬉しかった」


 満面の笑みで、ルカは言った。

 俺の前でしか見せない、ルカの年相応の愛らしい笑顔が、そこにはあった。


「だからね? 私は、ダイキと出会えてすごく幸せ。昔もいまも、ずっと。ダイキがいたおかげで、私は自分のことを好きになれたんだよ?」

「……そっか」


 長らく纏わりついていた憑き物が、スッと落ちた気がした。

 俺はずっと、この世界の主人公であるルカの運命を大きく変えてしまうことを恐れていた。

 でも、それは単なる言い訳だったのかもしれない。ただ責任逃れをしたかっただけなのかもしれない。

 ……いや、そもそも、この世界には俺の行いを責めるような原作ファンは最初からいないのだ。

 もう、この世界は俺にとっての現実だ。俺は、この世界の住人なのだ。


 ルカは俺と出会えて幸せだと言う。

 ……レンの言うとおりだった。それで充分なのだ。

 俺はもっと、ルカに与えた影響を誇っても良かったんだ。

 胸を張って、ルカの隣にいてもいいんだ。


「それとねダイキ……べつに、無理に私の気持ちに応える必要はないからね?」

「え?」

「ダイキの考えていることなんて、お見通し。もう何年一緒にいると思ってるの?」


 ルカの細い指が、俺の胸の辺りをツンツンと突く。

 ……まいったな。

 恋愛絡みの一件で、俺が思い悩んでいることを、ルカはとっくにわかっているようだ。


「私が好きでやってることだから。だから……ダイキもダイキの好きにしていいんだよ?」

「好きにって……じゃあ、もし俺が他の女の子と付き合い始めたら?」

「そのときは仕方ないよ。ダイキが幸せになることが、私の幸せだもん。素直に祝福するよ?」

「ルカ……」

「……もちろん、その人が私との決闘に勝ってからの話だけどね?」


 怖いな。目が真剣マジだ。


「……私は、べつに急かさないよ。いまの関係も、これはこれで楽しいし」


 月明かりの中、ルカはまるで舞うようにスキップをする。


「ダイキのペースでいいよ。私は変わらずストレートにぶつけていくけど……それでも報われなかったら、そのときはそのときだよ」

「ルカ……でも、俺は……」

「……その言葉は、ダイキの覚悟が固まったときに聞きたいな?」

「……わかった」


 思いを包み隠すのは良くない。

 でも……だからといって、いっときの感情に身を任すのもまた違う。

 相手が大切な女の子なら、尚更だ。

 ルカだって、そんな結果は求めてはいないだろう。

 彼女はちゃんとわかっているんだ。俺の心がまだ揺れていることを。

 いま告げたところで、きっと受け入れてはもらえない。

 この思いは不滅である……俺が、そう確信できる瞬間までは。


 永遠の愛を誓い合う。

 口で言うだけならとても簡単なことで、そして実行するのはとても難しいことだ。

 人間の感情は移ろいやすい。この気持ちは絶対に変わらないと確信していても、ふとしたキッカケで変わることもある。

 ……あまり想像はしたくない。でも絶対はない。

 だからこそ、皆瀬さんと少年ハヤトは過酷な試練を背負ったのだと言える。


 未来がどうなるかはわからない。

 神様なら知っているかもしれない。

 ……でも、俺たちは人間だ。神様の力ばかりに頼らず、自分たちの力で生きていかないといけないんだ。


 だから……これからは、ちゃんと向き合っていこう。

 自分の思いも。ルカの思いも。

 神の縁結びに頼る必要もないほど、自分たちの絆は強く結びついている……そう揺るぎなく断言できる、その日まで。


「……えい」

「うおっ!? ル、ルカ!?」


 先を歩いていたルカが、とつぜん振り返って俺の胸元に飛び込んできた。


「……やっぱり、ダイキが他の女の子と付き合うところを想像したら、悲しくなっちゃった」


 赤い瞳を切なげに潤ませて、俺を見上げるルカ。


「ずっと、ずっと、ダイキの一番でいたい……私、ワガママかな?」

「ル、ルカ……」


 月明かりの下で、俺とルカは見つめ合う。

 ……抑えの効かないものが込み上げてきて、思わずルカの華奢な肩を掴む。

 びくりと震えるルカ。でもそれは一瞬のことで、すぐにトロンと蕩けたような表情となる。


「……ん」

「っ!?」


 ゆっくりと瞳を閉じて、唇を差し出すルカ。


 ……おい、いいのか?

 いまさっき偉そうに決意表明をしたばかりなのに。

 もしや、いまがだと言うのか?

 覚悟を決める瞬間だと言うのか!?


 ……ええい! 俺も男だ!

 女の子がここまでしてるんだ! 据え膳食わぬは男の恥だろ!

 父さん! 母さん! そして前世の父ちゃん母ちゃん! ついでに前世の親友のヤッちゃん!

 俺、男になります!

 黒野大輝! イキます!


「ルカ……」


 俺も瞳を閉じ、ゆっくりと唇を近づけ……。


「……あう、や、やっぱりダメぇ……」

「え?」


 しかし、寸前のところでルカは顔を背けた。

 ルカの色白な顔が、まるでリンゴのように赤くなっていた。


「……ダイキから迫られると、なんか……すごくドキドキしちゃって、気絶しちゃいそう……」

「……ええ~?」


 いつも攻め気味にアピールをしてくるルカ。

 そんな彼女は、どうやら迫られるのには弱い、攻撃力全振りの防御力薄々のヘタレさんだったようだ。


 ……うん。

 ルカの言うとおり、俺たちは焦ることなく、自分たちのペースで進んでいったほうが良さそうだ。




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