神の縁結び
その後のことを語ろう。
狭間祈の生霊は神罰を受けた。
その結果、本体である彼女はどうなったか?
……端的に言えば、狭間祈はもう二度と社会復帰はできないだろう。
「アアアアアア。オ許シクダサイ【アカガミ様】ァァァ。殺シテ。モウ殺シテヨォ。苦シイノォ。ズット痛イノォ。モウ解放シテェ……」
全身に刀傷と火傷を負い、もはや人相もわからなくなった狭間祈。
彼女自身は、刃物で切りつけられたワケでも、火で炙られたワケでもないのに、その肉体はあの生霊と同じ末路を辿っていた。
キリカとアイシャの報告によれば、一瞬のことだったそうだ。
何とか本体に悪影響が起こらないよう儀式を執り行っていた二人だったが……やはり神罰ばかりは防げなかったようだ。
『アタシが……アタシが未熟なばかりにっ! ……姉さんたちや妹たちだったら、こんなことにはっ!』
この一件で、自らの霊力の低さにコンプレックスを持つキリカはまた塞ぎ込んでしまった。
由緒正しい退魔巫女の家系に生まれながら、六姉妹の中で一番の落ちこぼれであることを気にし続けるキリカ。
……だが今回は神の怒りだ。
きっとキリカの姉だろうと妹だろうと対処はできなかっただろう。
アイシャもそう断言してフォローはしてくれたようだが……今度また改めてキリカがひとり暮らしをしているマンションを訪問する必要があるだろう。
全身に刀傷と火傷……。
普通ならば生命維持も危ういほどの重症だ。
だが不思議なことに、それほどの傷を負いながらも狭間祈はまだ生きていた。
ろくに食事も取れず、もはや皮と骨の状態にも関わらず、彼女の心臓は動き続けていた。
まるで何者かに生かされるように。
……恐らく狭間祈は、この先も生き地獄を味わうだろう。
彼女の生霊はいまも神罰を受けているに違いない。
神の怒りが鎮まるその日まで、狭間祈は生かされ続けるだろう。
怒りが鎮まるのはいつだろうか。人間にはとても想像できない時間がかかるかもしれない。
百年単位、あるいは千年単位……。
肉体が朽ち果てても、寿命が尽きても、狭間祈の魂は、永劫【アカガミ様】という祟り神に囚われる続けるのかもしれない。
これが神の名を騙り、神を侮辱した者の末路……。
狭間祈の行いは許されるものではない。報いは受けなければならない。
だから生きて罪を償わせるつもりだった。
そう思っていたが……いや、もう止そう。
どの道、彼女はこうなる運命だったのだろう。
自分の利しか考えず、他人を見下し、神すらも己の欲望を叶える道具としか考えない。
神罰を受けるのは、必然だった。時間の問題だった。
そう結論づけ、これ以上、狭間祈に関して考えることをやめた。
もう、俺たちの人生とは関わることのない存在だ。
サッカー部の少年たちは、何とか軽傷で済んだ。
ちょうど実家から戻ってきたスズナちゃんが黄瀬財閥系列の病院の手配をしてくれたので、治療もスムーズに終わった。
『さすがはダイキさんです。幸い誰ひとり後遺症も残らなかったので、安静にしていればまたすぐに練習できるようになると思いますよ?』
スズナちゃんの言葉に俺は心底安堵した。
少年たちの貴重な青春を潰すことにならなくて良かった。
『ですが……無念です! お二人のご活躍を今回はカメラに記録できなかったのですから! むぅ! ダイキさん! あとで絶対に詳しいお話を聞かせてくださいね!?』
『お、おう』
黄瀬スズナちゃん。
父親を呪いの絵画から救ってくれたルカに心酔してファンを自称し、その資金力でバックアップをしてくれる、シャイニーブロンド髪のツーテールが愛らしいお嬢様。
原作通り彼女はルカに夢中のご様子だが……どういうわけかその熱い眼差しは俺にも向けられているのだった。
確かに暴走した父親と執事さんたちに襲われかけたところを助けはしたが、最終的に怪異を退治したのはルカなのだから、スズナちゃんの関心はてっきりルカだけに向けられるものと思ったが……。
『お二人は私のヒーローです! 全力でサポートいたします! 何でもおっしゃってくださいね?』
という感じにルカと俺の追っかけになってしまった。
今回のように医療機関への手続きや、ヘリなどの移動手段、無数にある別荘の提供など、宣言通り様々なサポートをしてくれるスズナちゃんではあるが……困ったことに俺とルカの活躍を逐一カメラに記録したがる悪癖があった。
あまり怪異の姿を電子媒体に残すのは良くないとは思うのだが、その記録映像がよく事件解決の糸口になったりするので、ルカはそこまでスズナちゃんの行動を強く咎めなかった。
怪異を直に見るのは危険だが、記録映像を通して見る分には精神汚染の影響はないらしい。お祓いも毎度行っているので、よくある『記録映像から悪霊がドーンと登場!』という事態に遭遇したことは今のところない。今後もそういうことが起こらないよう願うばかりである。
……そして後日、依頼人である皆瀬さんと、その恋人の少年ハヤトに大事な説明をして、この件は終わった。
「【アカガミ様】の縁結びによって恋人になった二人は、決して別れてはいけない。あなたたちは、もうこの『誓約』を背負って生きていくしかない」
淡々としたルカの説明に、二人は真剣な表情で頷いた。
「……背負っていきます。二人で一緒に」
「それが『おまじない』に頼ってしまった自分たちの、報いだと思いますから」
もともと両思いだった二人。
告白をする勇気が持てず、ついぞすれ違い続けてきた二人は、神の縁結びに頼ってしまった。
若くして、二人は永遠の愛を神に誓った。
もう彼女たちに恋愛の自由はない。
たとえ気持ちが冷めようとも、二人はこれから一生添い遂げていくしかないのだ。
……でも、きっと大丈夫だと信じたい。
あの二人なら、最後までお互いを愛し合ったまま、人生を終えられる。
手を繋いで、同じ道を向いて歩いていく二人の後ろ姿を見て、俺はそう願った。
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