もうカナエに関わらないでよ
願えば必ず思い人と結ばれる【アカガミ様】の『おまじない』。
……冷静に考えてみれば、学園のアイドル的存在がいれば、多くの生徒がそのひとりに対してこぞって『おまじない』をするものだろう。
だが多角関係の恋路を無差別に叶えてしまったら、それこそ【アカガミ様】が祟り神となった原因である、不義理の混沌と化してしまう。縁結びの神として、そんなことは断じて許せないはずだ。
レンの情報によれば、多くの女生徒が少年ハヤトに対して【アカガミ様】の『おまじない』をした。
そして、成功させたのは皆瀬さんだけ。
……なぜ皆瀬さんだけが?
皆、同じ条件で、同じ内容で『おまじない』をしたはずなのに。
順序が関係ないのであれば『早い者勝ち』というわけではない。
皆瀬さんは、他の女子たちとは異なる何かしらの条件を満たしたからこそ願いを叶えてもらったのだ。
それは、いったいなんだ?
もしかしたら……そこに解決の糸口があるのではないか?
「……あの、すみません。もしかして……オカルト研究部の方々ですか?」
思索に耽っていると、ひとりの女生徒が俺たちに声をかけてきた。
三白眼でショートボブの、どこか勝ち気な雰囲気のある女生徒だった。
「カナエが言ってた人たちですよね? 不思議なお悩みを解決してくれる人たちだって」
「そうだけど……あなたは?」
レンがそう尋ねると、少女は軽く頭を下げた。
それはどこか形だけの会釈で、礼節さはあまり感じられなかった。
「カナエの友人です。
少女はそう名乗ると、鋭い目線を投げてきた。
もともとツリ目なのだろうが……明らかに俺たちを見る目に、友好の色はなかった。
どちらかと言えば敵視さえしているような目つきだった。
「事情はカナエから聞いてます。『助けて欲しかったのに、助けてもらえなかった』って」
「……カナエちゃんが、そう言ったのかな?」
「いいえ。あの子はそんなこと言う子じゃありませんよ。でも結果的には、そういうことですよね? 期待だけさせておいて『やっぱりできません』って、ただでさえ参っているカナエをより絶望に追い込んだわけですよね?」
嫌味ったらしい口調で、狭間さんは侮蔑の混じった表情を向けた。
……皆瀬さんの恋愛相談によくのっていた親しい友人とは、恐らく彼女のことだろう。
明らかに初対面の年上に対して向けるべきではない険悪な態度は、友人である皆瀬さんの期待を裏切ったことを責めているからか。
あるいは、はなから俺たちのことを胡散臭い詐欺集団だと思って警戒しているのか。
……まあ、普通に考えたら後者であろう。
「今更、何の御用ですか? 何もできないくせに現地調査する必要あります? オカルト研究部さん?」
声色には、もはや嘲りが含まれていた。
一般人の彼女からしたら、俺たちのやっていることなどオカルトに嵌まった痛い集団が『ゴッコ遊び』に興じているようにしか映らないのだろう。
そういう反応にはもう慣れているつもりだが……今回は事情が事情なだけに胸にくるものがある。
実際いまのところ、皆瀬さんを救う手立ては見つかっていないだけに返す言葉がない。
しかし、レンだけは沈黙することなく口を開いた。
「……それでも、カナエちゃんの力になりたいから。だから諦めたくないの」
レンは狭間さんと真正面で向き合った。
狭間さんはレンの威圧に、余裕の態度を崩して一歩下がった。
「無意味なことをしているのかもしれない……でも少しでもカナエちゃんを救える可能性があるのなら、限界まで調べたい。いまよりもずっとマシな状況を造り出せるのなら、その方法を見つけたい」
レンの声音には固い意思があった。
どれだけ周りから「無理だ」と言われようが、レンは限界まで調査を続けるだろう。
そうしたレンの不屈の思考と閃きが、いつだって道を切り拓いてきた。
誰もが不可能だと思えた状況を覆し、好機へと変えてきた。
だから今回もひょっとしたら……そう信じられるからこそ、俺はこのオカ研の部長についていこうと思えるのだ。
「大切な友達が傷つけられて、狭間さんが怒るのも仕方がないと思う。でもこれだけは信じて? 私たちは本気でカナエちゃんの味方になろうと……」
「……やめてくださいよ」
「え?」
「やめてよ! もうカナエに関わらないでよ!」
先ほどの威勢はどこへやら。狭間さんはとつぜん、どこか動揺を含んだ震え声で叫び始めた。
「ど、どうせ、何もできやしないんだから! これ以上カナエに期待させるようなことして追い詰めないで! カナエは……もう限界なんですよ! 希望だけチラつかせて、やっぱり『ダメでした』ってまた絶望に叩き込んだら……どうなると思う!? アンタたち、責任取れるの!?」
狭間さんの指摘に、さすがのレンも言葉を詰まらせた。
その反応を見て気をよくしたのか、狭間さんはまた不敵に笑った。
「お節介も程々にしたほうがいいですよ? どうせ誰も……『おまじない』を解けやしないんだから。カナエを救う方法なんて……あるわけないんだから」
……ん?
何だ?
この違和感は。
狭間さんの友人を案ずる発言……。
そう、案じている。
友達なのだから、当たり前だ。
だが……何だ? この妙にしっくりこない感じは。
「とにかく、これ以上カナエに関わらないでください」
そう捨て台詞を残して、狭間さんは逃げるように去っていった。
……何だろう。やはり何か、引っかかりを感じる。
この言葉にしにくいモヤモヤを、レンなら言語化できると思い、彼女に声をかけようと思ったが……。
「……」
レンは俯き、拳を握りしめていた。
「……ダイくん、私、諦めたくないよ。諦めたくないけど……でも、もし本当に何も方法が見つからなかったら……カナエちゃんを、いま以上に傷つけちゃうかもしれない」
レンの意思の火はまだ消えてはいない……だが、彼女の生来の優しさが、かすかに迷いを生じさせている。
自分の行いが、かえって皆瀬さんにとって重みになるのではないか?
自分のこと以上に相手のことを考えるレンだからこそ、そんな想像がよぎった途端、躊躇いが芽生えてしまったようだった。
「……私のやっていることって、やっぱり……無意味なのかな?」
「いいえ。そんなことはありませんわ」
消沈するレンの言葉を否定したのは、アイシャだった。
「レンさん。あなたのその他者を思う優しさと、決して諦めない心が、今回もまた活路を見出したのですよ?」
「え?」
アイシャは、狭間さんが去っていった方向を鋭く見ている。
「……やはり、わたくしはまだ未熟者ですわね。『神が相手では、できることはない。解決などできるはずがない』……そう決めつけて調査を怠っていたら、助けられるはずの命を危うく見捨ててしまうところでしたわ」
「っ!? どういうことだアイシャ!? まさか……」
アイシャの口振りは、まるで……皆瀬さんを救える方法が見つかったかのようではないか!?
「アイシャちゃん! 何かわかったの!?」
レンの問いに、アイシャは頷いた。
「狭間祈……彼女を『霊視』して、やっとカラクリがわかりましたわ。どうして皆瀬カナエだけが『おまじない』を成功させたのか。どうしてお相手の性格が変貌してしまったのか」
「なんだって?」
【アカガミ様】の被害者は皆瀬さんだ。
その皆瀬さんではなく……無関係なはずの狭間さんを『霊視』したことでカラクリが解けただと?
いったい、どういうことなんだ?
「教えてくれアイシャ! いったい何が見えたんだ!?」
「ひゃんっ!?」
展望が開けた興奮から思わず勢い強くアイシャの両肩を掴むと、真剣な雰囲気の場にふさわしくない艶やかな声が上がった。
「あっ、あぁっ……そんな、クロノ様……お顔が、お顔がとても近いですわ。はぅん。わたくし恥ずかしいですわ」
「恥ずかしがっている場合か! 重要なことなんだ! 何かわかったなら説明してくれ!」
肩を掴んだままアイシャを揺すると「あぁん!」とますます、なやましい声が零れ出る。
「あんっ、クロノ様、激しっ……ダメ、あなた様にそんなに激しく求められたらわたくし……こ、壊れちゃうぅぅ♪」
「何ワケのわからないことを言っているんだ!? ひとりの女の子の命がかかっているんだ! 空気を読んでくれ!」
「ダイくんが一番空気を読もうか!? 一回アイシャちゃんから手を離そうね! 話が全然真面目な方向に進まないから!」
額に青筋を張ったレンによってアイシャから無理やり切り離された。
なぜだ!? 俺は話を聞こうとしただけなのに!
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