光明
「あ、ダイキだ。とう~」
「え? おわっ」
聞き慣れた声がしたかと思うと、全身に柔らかい感触があてがわれる。
「ぎゅ~っ。半日もダイキから離れてたからダイキ分を補給~」
「ル、ルカっ。何でここに……」
飛びかかって抱きついてきたのはルカだった。
スリスリと顔をこすりつけて甘えてくる幼馴染を受け止めながら、ここにいる理由を尋ねる。
「あ~! シロガネ・ルカ! ななな、なんて羨ましいことを……いえ、ハレンチなことを! クロノ様から離れなさい!」
「……げっ、アイシャ。なんでここにいるの?」
「人の顔を見るなり『げっ』とはなんですか!? 『げっ』って!? 相変わらず失礼な女ですわね!」
「ダイキ。なんでアイシャと一緒にいるの?」
ムスッとした顔でルカが聞いてくる。
「い、いや、ちょっと護衛の依頼をだね……」
「ふふん。そうですわよ~。クロノ様から直々にお願いをされたのですわ~。シロガネ・ルカではなく、このわたくしに! クロノ様が! あなたではなく! わたくしに!」
得意げにアイシャが言うと、ルカは「じ~っ」と、ますます不機嫌な顔で俺を睨んできた。
「ふ~ん……私よりもアイシャを選んだんだ」
「いや、だって連絡繋がらなかったし、忙しいのかなって思って……痛い痛い。わ、悪かった。今度からちゃんと先に相談するから怒らないでくれ」
ポカポカと握り拳で叩いてくるルカを宥めながら、話を振り出しに戻す。
「それで、ルカ。ここで何を……というか一日中何してたの?」
「うん。【アカガミ様】に関わることについて、ずっと調べてた」
レンの問いに、ルカはそう答えた。
「それなら、私も協力したのに……」
「……さすがに今回は相手が悪すぎるから、レンには安全な場所にいてほしかったの」
「ルカ……」
「……あのね? 以前の私だったら、こんなことしなかった。神様が相手なんだから、できることなんて無いって決めつけて、何も調べなかったと思う」
専門家でも匙を投げる案件。
専門家だからこそ、早々に見切りを付けてしまう。
……だが、今回ルカはそうしなかった。
「レンが教えてくれた。『何でも決めつけてかかっていたら、救えるはずの命も救えない』……だから、もう少し頑張ってみようと思った」
「……ルカっ」
レンは涙声でルカを抱きしめた。
嬉しかったのだろう。皆瀬さんを救いたいという気持ちが一緒だったことが。
「レン、諦めないで正解だったよ? おかげで真相がわかったから」
「真相? 本当に!?」
レンの言葉にルカは自信強く頷いた。
「その様子だと、シロガネ・ルカ。あなたも今回の事件に関して、見当がついたようですわね。……まあ! わたくしは一日中歩き回っていたご様子のあなたと違って、いまさっきの霊視で一瞬で、完璧に理解しましたけれどもね!」
「……ふ~ん。じゃあ相手の拠点がどこなのかも、そもそもの動機も、解決のための対策法も、その霊視だけで見当がついたんだ。へー、アイシャすごーい。どうすればいいのかおしえてー」
「……」
ルカが棒読みで賛辞を送り、詳細の説明を求めるとアイシャが笑顔のまま固まった。
……どうやらこの場で一番具体的な内容を語れるのはルカだけのようだ。
「ルカ、教えてくれないか? いったい何がわかったんだ?」
俺が尋ねると、ルカは真剣な面持ちで語り始めた。
「【アカガミ様】の本当の目的と、皆瀬さんの恋人がおかしくなった原因……それがようやくわかった」
……【アカガミ様】の本当の目的?
「おかしいと思ったの。皆瀬さんのところに毎日【アカガミ様】が現れて、皆瀬さんを脅していることに……。普通、神様はそんな手間のかかることなんてしない。するにしても、使いの者を寄こすはずなの」
それはキリカも言っていた。
神とは本来、滅多に人の前に姿を現すものではないし、ましてや語りかけてくることも少ないと。
「……でも、ルカ。あのとき皆瀬さんのスマホから感じた気配は……」
「そう。神様の気配だった。だから私も皆瀬さんの言葉を信じ込んだ……でも、やっぱりおかしいの。いくら祟り神だからって、やっていることが低級霊のソレなの。だから気になって、気配の残滓を頼りに、今日はずっと霊脈を追っていた」
ルカ曰く、霊的な存在の気配は、まるでこびりついた絵の具のように残るものらしい。
この世ならざる者であっても、辿った道には痕跡が残る。
その霊的な道筋を探っていくと、自ずと敵の発生源である住み処がわかるというわけだ。
「気配の残滓は皆瀬さんの家に集中してた。頻繁に現れているのは間違いない。じゃあ、それはどこから来ているのかって調べたら……皆瀬さんの恋人の家からだった」
「え?」
皆瀬さんの恋人……少年ハヤトの家から、皆瀬さんを脅す何者かがやって来ているだと?
「それって、ハヤトくんの情念みたいなものが、毎日皆瀬さんの家に行って脅しをかけているってことか?」
「違う。私も最初はそう思ったけど……あのときの感じた気配は、彼の気配とは違った。皆瀬さんを毎日脅している存在は、別にいる……そして皆瀬さんの恋人をおかしくしているのも、ソイツの仕業」
「え?」
少年ハヤトをおかしくしている存在……それは【アカガミ様】じゃないのか?
……いや、待て。
まさか……。
「ルカ、もしかして……ハヤトくんがおかしくなっているのは別件なのか?」
「……【アカガミ様】についてはキリカが調べてくれて、いまさっき情報をもらった。……それでハッキリした。やっぱり……【アカガミ様】は、もう役目を終えている。皆瀬さんの恋を成就させた……この時点で、もう【アカガミ様】は何もしていない」
「っ!?」
「正確には『静観』している。たぶん……神として試しているんだと思う。皆瀬さんを」
何も、していない?
静観して、皆瀬さんを試している?
では皆瀬さんを毎日追い詰めているのは……また別の何かなのか!?
「最後に『おまじない』の気配を辿ったの。複雑に絡み過ぎていて『霊視』に時間はかかったけど……この学校に来てようやくわかった。皆瀬さんが『おまじない』を成功させたのは、他の生徒たちとは違う『特別な条件』を満たしていたから。彼女の『糸』だけ、違う光を発してる」
糸。
ルカには【アカガミ様】の『おまじない』が糸として見えているのか。
「……そして『おまじない』を失敗させた『糸』が、行き場を無くして彷徨ってる。恐らくそれが……」
ルカは言葉を止め、俺たちを見渡した。
「【アカガミ様】の『おまじない』は解けない。こればかりは、もうどうしようもできない……でもいまよりもずっとマシな状況を造り出すことはできる」
ルカはそう断言した。
「神様の『誓約』を解くことはできないけれど……でも、皆瀬さんの『お願い』は、叶えてあげられると思う」
皆瀬さんのお願い……。
助けて欲しい。確かに彼女はそう言った。
だが、それは自分の命を救ってほしいという意味合いではなかった。
彼女は、こう言ったのだ。
『お願いします……ハヤトくんを、助けてください!』
大切な人を元に戻したい。
それが、皆瀬カナエの依頼だった。
「依頼は再開。神様には勝てないけど……恋人を助けることなら協力できると思う」
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