聖女アイシャ


 放課後、俺たちは早速、皆瀬さんが通う中学校に足を運んでいた。


「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「えっ!? もしかしてRenRenさんですか!? やばっ、本物だ!」

「嘘!? すごっ! 写真のとおり……いやいや写真よりも超美人じゃん……」

「あ、あのっ! いつもRenRenさんの投稿チェックしてます! めっちゃファンです!」

「ふふ、ありがとう。それでね、実はちょっと取材に協力してほしいんだけど、いいかな?」

「は、はい、喜んで! 何でも聞いちゃってください!」

「やば~RenRenさんに貢献できるとか超テンション上がる~」


 大人気インフルエンサーRenRenは女子中学生の間でも有名のようだ。

 下校する女生徒たちのほとんどがレンを見ては驚き、興奮気味にはしゃいでいる。

 まるで芸能人が来たかのような反応だ。

 あらためて、レンがタダ者でないことを理解する光景である。


 レンが女生徒たちの注目を浴びる一方、俺のほうも下校時の男子生徒たちから視線を集めていた。

 ……正確には、俺の隣にいる少女に向けてだが。


「え? 何あの人、シスターさん?」

「……にしては変わった服だな。コスプレか何か?」

「そういえば最近、街外れに新しく教会ができたって言ってたな。そこのシスターさんじゃね? めっちゃ美人だって噂だぜ」

「ふーん……え? マジで美人じゃね?」

「やば……俺、めっちゃ好みかも……」

「すげっ、普通に立ってるだけなのにオーラ半端ねぇ……」

「俺、明日から教会通いしようかな……」


 年頃の男子中学生たちが思わず足を止めて見惚れてしまうほどの美貌の持ち主、アイシャ・エバーグリーン。

 海外からやってきた凄腕のエクソシストであり、シスターとして教会に仕える同い年の少女は、道行く少年たちの視線を独り占めにしていた。

 無理もない。

 童顔でありながら透き通るような美しさは、一瞬で男心を奪ってしまうほどに整っており、清楚な佇まいと相まって完成された『美』を造りだしている。

 天の贔屓によって造られたとしか思えないその美貌は、無信仰な人間すら神の実在を信じ込ませてしまいそうなほどだ(事実、実在するのがこの世界の恐ろしいところであるが)。


 優しさが透けるような柔らかい笑顔。

 どんな生き物にも等しく慈愛を注ぎ、どんな罪も大らかに受け入れ、心の苦しみを癒し、穢れを浄化してくれそうな神々しい雰囲気。

 母国で『聖女』と謳われる美少女は、その場にいるだけで多くの男たちの関心を否応なく引いてしまう。

 もちろん、彼女の生まれ持った美しさや気品がそうさせるのだろうが……もう一点、年頃の男子たちの目が釘付けにならざるをえない要素が彼女にはある。


「ていうかさ……すごくね?」

「ああ。すげえな……」

「あんな代物、雑誌でも見たことねぇぞ……」

「あの上品な顔立ちで、あれほどの物を持ってるなんて……」

「ギャップが激しすぎる」

「だが、そこがいい」

「やべ……俺ちょっとトイレ……」

「俺は家に帰ってから……」


 ほとんどの男子生徒がアイシャの整った顔立ちに見惚れた後、その下にあるモノを見て目を見開き、前屈みになりながらどこぞへと去って行く。

 ……わかるぞ少年たち。隣にいる俺もさっきから目のやり場に困っている。

 あまり見てはいけないとわかっていながら、つい視線が吸い込まれてしまう。

 彼女が清楚なシスターであり、神聖不可侵な『聖女』の名を持つ存在であると思えば思うほど、その印象を裏切る凶悪な代物がオスの衝動を煽ってやまない。


 公式バストサイズ──B108cmのNcup。

 あのルカをも超える作中最大サイズ。

 小柄な細身に不釣り合いな、いまにも衣服を破らん勢いで前に突き出た特大のバスト。

 ちょっと身を揺らしただけで、たわわに波打つ魔性の双丘。

 思春期を迎えたばかりの男子中学生にとっては強烈な毒すぎて、その後の生活や性癖に影響を与えかねない恐ろしき膨らみ。


 ……やはり言わざるを得まい。

 アイシャ。そのおっぱいで『聖女』は無理があるぞ。

 母国の聖職者たちは、はたして彼女の胸を見ても敬虔な信徒として不埒な思いをいだかずにいられたのだろうか?

 一応、アイシャ本人は女性しかいない教会で生まれ育ったという話だが……こんな少女が男のいる環境にいたら、さぞ背徳的な事件が相次いだに違いない。

 ……ただでさえ、彼女の魔改造されたシスター服は男にとって目に毒だというのに。


 アイシャ曰く、高い位にあるシスターは自らの衣装を自由にデザインできるという。

 彼女の所属する教会は、普通の教会とはまた異なる特殊な組織なので、その辺の規定は緩めなのだそうだ。

 ……だからといって、アイシャの格好はシスターとしていかがなものかと俺は問いたい。


 アイシャの腰元まで届く若草色の長髪。その髪と同じ長さの黒いベールを頭から被っている姿は、一般人が連想する聖職者のソレである。

 ……問題はその艶めかしい肉体を包む衣服である。

 シスターでありながら、アイシャはミニスカートである。それもプリーツスカートのようにヒラヒラしたやつだ。

 足には白のニーハイソックスを身につけ、色白の太ももを大胆に外気に曝け出している。

 そして何よりも、けしからんのが上着だ。彼女のシスター服……なぜか胸の谷間が開いたデザインなのだ。

 首にかけたロザリオが胸の上に乗りかかっており、いまにもその深い谷間に埋没してしまいそうである。

 アイシャが纏う雰囲気は敬虔なシスターそのものだが、その改造された修道服は背徳的としか言いようがない。

 神を信仰する少女が、曲がりなりにも『聖女』と讃えられる少女が、こんな格好をしていいと思っているのだろうか。


 シスターのコスプレと勘違いされるのも致し方ない。

 これほど常識外れなシスター服など見たことがないし、この格好を良しとするアイシャの教会もどうかしている。

 ……だってエッチ過ぎだろどう見ても!?

 ごらんよ! さっきから通りがかる男子たちのほとんどが気まずそうに股間を鞄で隠しながら歩いてるじゃないか!


 他に頼れる霊能力者がいないぶん、今回は護衛として呼んだが……やはりもう少し人選を考えるべきだったろうか?

 こんなハレンチな格好をした爆乳シスターを、青い中学生男児たちの目の付くところに呼ぶべきではなかったのかもしれない。


「クロノ様」


 どこか儚げながらも、澄みきった美声が俺を呼ぶ。

 翡翠色の瞳をうっとりとさせながら、アイシャは熱い眼差しをこちらに寄こす。


「わたくし、嬉しゅうございます。クロノ様がわたくしを護衛として頼ってくださるなんて」

「……まあ、頼れる相手がアイシャしか思いつかなかったしな」

「っ!? わたくし、しか、思いつかなかった……それはつまり、クロノ様にとっていざというとき真に信頼できるのはわたくしということですね!? あのシロガネ・ルカよりもわたくしを! ああっ、そんな、クロノ様ったら……」


 何を勘違いしたのか、アイシャは両頬を押さえて恍惚と歓喜に震えている。

 ついでに特大バストも揺れる揺れる。

 あっ、また一人の男子がトイレに駆け込んで行った。すまないな少年。


「ふふふ……思い知りましたかシロガネ・ルカ。あなただけがクロノ様にとっての特別というわけではなくってよ。今度会ったら自慢してやりますわ……」


 しかし、このシスターさん、原作通りルカをライバル視しているようだが……どうも本編以上に対抗意識を燃やしているのは気のせいだろうか?


 凶悪な悪魔憑きを追って日本にやってきたアイシャ。

 エクソシストとして順調にエリート街道を歩んでいた彼女だが、慢心と油断から敵に隙を突かれ、霊力を封じられた上、危うく犯されそうになったところをルカに助けられる。

 二人で力を合わせ見事悪魔憑きの退治に成功するものの、この出来事はアイシャにとって大きな挫折の経験となる。


『このままでは胸を張って母国に帰れません』


 そう言ってアイシャは日本に拠点を構え、修行することを決める。

 以来、何かと因縁のあるルカと張り合いながら、怪異事件に関わっていく……というのが原作のエピソードである。

 特にそのエピソードから脱線するような出来事は無かったように思うが、やはりアイシャのルカへのライバル意識は原作以上に強くなっている。


 はて、あのとき原作と異なる展開といえば、悪魔憑きが一般人の男たちを操って、霊力が封じられたアイシャを集団で襲おうとしたところをルカよりも先に俺が撃退した、ということぐらいだったはずだが。

 もちろん原作通りルカの言霊でも対処はできたが、精神を操作された人間数人を正気に戻すには時間がかかるし、何よりもその間にアイシャは結構ギリギリ危ういところまで襲われることになるので、俺が武力で鎮圧したほうが手っ取り早かったのだ。

 その後は原作通りルカとアイシャのコンビが決着をつけたし、特に何か問題があったとは思えない。


 しかし、あの一戦以来、アイシャはルカを強くライバル視する一方で、俺に対しては異様に親しげな態度を見せる。


「クロノ様。何なりとアイシャにお申し付けください。必ずクロノ様のご期待に応えてみせますわ。うふふ♪」


 そう言ってアイシャはジリジリと距離を詰めてくる。

 ええい、でかいおっぱいが当たるからあまり近寄るでない。


「その……報酬はあとで要相談ということで頼むよ」

「そんな! 報酬だなんて……寂しいことをおっしゃらないでください。大切なご友人のお願いとあらば、このアイシャ・エバーグリーン、見返りなど求めませんわ!」

「そうか。そう言ってもらえるとありがたいけど……」


 なにぶん持ち合わせが無かったので、アイシャのご厚意は助かる。

 正式にエクソシストに護衛を依頼するとしたら、たぶんとんでもない額になるのだろうが……ここは素直にアイシャに甘えるとしよう。


「あ、でもでも……少しワガママを言ってもよろしいのであれば、今度のお休みにクロノ様とわたくしで……お、お出かけなどを……はああああああん!」

「うわっ、びっくりした。どうした急に」


 頬を桃色に染めながら人差し指同士をツンツンとさせたかと思うと、とつぜん奇声を上げ始めるアイシャ。


「ああっ、いけませんわアイシャ! 神に仕えるべき身でありながら、そんなはしたないことを考えては! ああん! でもでも、わたくしだって女なんですもの! この国で『運命』に出会ってしまったんですもの!」


 アイシャはよくわからないことを呟きながら「いやんいやん」と体をクネクネさせる。

 盛大にゆれる二つのたわわ。

 右へと左へと「バルンバルン」と弾む。

 やめないか。俺までトイレに駆け込むことになるだろ。


「もうクロノ様ったら! 聖職者であるわたくしをこんなにも狂わすだなんて! なんて罪深い御方! でもでも、アイシャはそんなあなた様のことが……きゃあああっ♪ これ以上は口にできませんわ~♪」


 目をバッテンのような形にして、さらに狂い悶えるアイシャ。

 どないせっちゅうねん。

 やっぱり、この娘さんちょっと苦手だなー。

 何考えてるかよくわからないし、こんな風にいきなり奇行に走りだすし。

 異性とは無縁な生活を送ってきたそうだから、俺みたいな同年代の男子との距離感の測り方がよくわからないのかね?

 多国語のほとんどをマスターしている天才気質の少女でも、異性とのコミュニケーションは難しいということか。

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