レンの意地
* * *
『銀色の月のルカ』の世界において、神と称される存在はどうあっても勝てない相手としてカテゴライズされている。
先日の依頼で対峙した邪教団に崇められていた怪異は、ただの『マガイモノ』だ。
あれは人間たちが勝手に『神』と誤認して、祀っていたに過ぎない。
……だが、あまりにも信仰心が大量に集まると、たとえ『マガイモノ』であっても『神格』を得てしまうことがあるようで、あの怪異はその一歩手前だった。だからこそ機関が依頼を持ちかけたわけだが。
一度『神格』を得てしまうと、もう人間には手をつけられない。
それほどまでに、神とは別次元の存在なのだった。
そしてルカ曰く……【アカガミ様】とは『縁結び』に関わる、正真正銘の神とのことだ。
「……ねえ、ダイくん。本当にどうすることもできないのかな?」
皆瀬さんに「依頼達成は不可能だ」と告げた翌日、レンはいまだに諦めきれないのか、消沈した顔つきで言った。
「カナエちゃん……ずっと、あのままなの? 好きな人がおかしいまま、別れることも許されないまま一生を過ごすの? そんなの……あんまりだよっ」
涙声でレンは言った。
責任感の強いレンのことだ。悔しくてしょうがないのだろう。力になると口にしたのに、その期待を裏切ってしまったのだから。
……だが、今回ばかりは仕方ない。
「俺だって、何とかしたいさ……。でも、しょうがないだろ。相手は神なんだぞ?」
「神様なら、少しはこっちの願いを聞いてくれたっていいじゃない! 『おまじない』を解いてくださいって、そうルカが言霊を使えば、もしかしたら……」
「レン……キリカが言ってただろ? そもそも『神に意見する』こと自体が危険で、向こうからすれば、おこがましいことだってこと」
神の詳細については、巫女の家系である藍神キリカから聞いていた。
神とはそもそも大自然の象徴である。
日の光や風や雨。作物や穀物を育てるための恵みを与え、ときには嵐のように災害として人間に牙を剥く。
善と悪の二面性を持っているのが神の特徴だ。
正しく信仰し、正しく祀れば、神は人を慈しみ、ときにはその力で願いを叶えてくれる。
……だが、一度でも非礼を働けば、神は一瞬にして恐ろしい存在と化す。
落雷や津波を起こし、疫病を蔓延させ、飢饉を発生させるなど、神の怒りは自然の脅威として現れる。
神に、人間側の理屈など通じない。神はいつだって一方的に恵みを与え、そして理不尽に人を殺すだけだ。無論、倒すことも消すこともできない。大自然の象徴とは、そういうことだ。
だから、神に恵みを与えられたら、ひたすらに感謝し、信仰せねばならない。
神の逆鱗に触れ、裁きが降されたら、ひたすらに謝り倒し、生け贄を捧げ、怒りが鎮まるのを待つしかない。
神に意見をするなど、もってのほかだ。
ましてや言霊を使って神の認識を変え、欺こうとするなど……いったいどれほどの神罰が降るか、想像するだけで恐ろしい。
だから、ルカであっても神には手を出せない。
そもそも、人が安易に関わっていい存在ではない。
なにより、今回の【アカガミ様】は……どうやら、そうとうタチの悪い神らしい。
──【アカガミ様】は『祟り神』と化した神。
今朝方、ルカから詳細を聞いたキリカが、そう俺たちに話してくれた。
『もともとはきっと「縁結びの神」だったんでしょうね。……でも、何らかの原因で人間を祟る存在になってしまった。これはアタシの予想だけど……浮気とか不倫をする人間たちに、嫌気が差したんでしょうね。せっかく縁を結ばせてあげたのに、不義理を繰り返す人間が憎くてしょうがなくなった……。だから「別れたら殺す」のよ。「結ばれたい」と願っておきながら、そう「誓約」を結んでおきながら、それを違えるわけなんだから。神からしたら、これ以上の非礼はないわ。……だから、申し訳ないけど、ルカの言うとおり、その皆瀬さんって子の『おまじない』は一生解くことはできない。……念のため忠告しておくけど対処法を知るために「真名」を調べることは、やめたほうがいいわ。名前には力が宿っている。ましてや相手は祟り神よ? 本当の名前を知った途端……祟りにあうわ』
だから、今回ばかりは無理かもしれない。
キリカはそう言った。
「でも……やっぱり放っておけないよ!」
理屈ではレンも今回の依頼がどれだけ危険かわかっている。
それでも感情がその事実を受け入れられない。
「……私、やっぱり何か方法がないか、もう少し調べてみる」
「おい、レン」
「わかってるよ。無意味なことかもしれないってことは……。でも、やっぱりこのままじゃ引き下がれないよ」
「そりゃ、レンの気持ちもわかるけどさ……」
「ダイくんは気にしないで。私一人でも調べるから」
そう言ってレンは鞄を持って部室を退室しようとする。
「どこへ行く気だ?」
「カナエちゃんの学校。【アカガミ様】の噂についてもう少し情報が欲しいの。聞き込み調査してくる」
「レン……」
「私にできること、それぐらいしかないから。……ひょっとしたら、まだ見落としてる情報があるかもしれない。まだカナエちゃんを救える方法があるかもしれない。納得のいくところまで、調査したいの」
確かに、レンは素人とは思えないほどの情報収集能力を持っている。
実際、原作でもレンは探偵にも匹敵するその調査力でルカやキリカでも気づけなかった対策法を見つけ、解決不可能だと思われた事件をも、解決へと導いてきた。
専門家でも気づけない自由な閃きが、レンにはある。
霊能力を持たない一般人でありながら、レンが物語においていなくてはならない存在となっているのは、そういった突出した能力があるからだ。
……しかし、今回ばかりはどうだろうか。
なにせ相手は神である。
真っ向から挑んで勝てる相手ではない。
対策法があるとは思えない。
……だが、レンの目は諦めていない。
「神様には勝てない。それはわかったよ。だったら向こうと同じ土俵に立たない方法で、何か方法がないか探す」
相手のルールに合わせたフィールドで戦うから負ける。
……だが一番重要なのは『勝つ』ことではない。
オカ研の目的は、人を助けることだ。
結果的に依頼人を救えるなら、方法は何だって構わないのである。
レンは常にそうして行動してきたからこそ、いままでもルカや他の霊能力者たちが諦めてきた事件の解決の糸口を見つけだし、多くの人々を救ったのである。
「ダイくんは安全な場所にいて? 大丈夫、私一人でやれる。迷惑は絶対にかけないから」
「バカ。そういうわけにはいくか」
女の子が一人決死の覚悟でいるのに、男が一人ノコノコ安全な場所でジッとしていられるものか。
……それに、何だかんだいってルカたちも何か調べているみたいだしな。
『【アカガミ様】の「おまじない」は解けない……。でも少し、気になることがあるの』
そう言ってルカは早退し、どこかへ行ってしまった。
連絡はいまだにつかない。
キリカも、俺たちから話を聞いていて、首を傾げる部分があったようだ。
『でも変ね。わざわざ神が脅しに現れることなんてあるかしら? それも毎日? そもそもどうして縁結びした相手の人格を変える必要があるの? ……試練として試してる? それとも零落した神だから? いえ、だったらルカでも対抗できる程度の存在になってるはず……。ちょっと待って。何か変だわ』
キリカはそう一人ブツブツ言って、彼女もまた調べ物に向かった。
確かに、レンの言うとおりまだ何か調査する必要があるのかもしれない。
「俺も行く。皆瀬さんのこと放っておけないのは、俺も同じだしな」
「ダイくん……」
皆瀬さんが見せた絶望的な顔が頭から離れない。
助ける方法が見つけられるのなら、俺もそれに賭けたい。
まあ、ともあれ……。
「とにかく、怪異関連の調査をするなら、専門のボディーガードが必要だろ?」
そう言って俺はスマートフォンで連絡を取る。
いま頼れる霊能力者はいまのところ彼女しかいない。
……正直、苦手な相手ではあるんだが、この場合は仕方ない。
アイシャ・エバーグリーン。
恐ろしい悪魔憑きを追って海外からやってきた『聖女』の二つ名を持つエクソシスト。
彼女に護衛の依頼をかけた。
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