カミには勝てない

 ルカは決して万能ではない。

 確かに強力な霊能力を持つ少女ではあるが、すべてそれで解決できるほど怪異事件は単純ではない。

 怪異の影響で暴徒と化した人間の対処。

 怪異にまつわる噂や解決法といった情報収集。

 任務を実行する上で必要となる物資の調達。

 ……そして、ルカの『言霊コトダマ』が通じないという単純な『相性の問題』。


 これらをすべてクリアするには、ルカ一人では限界がある。

 ある程度の補助は怪異専門の秘密組織である『機関』が設けてくれるが、そのぶん彼らは見返りを求めてくるのでルカとしてはあまり頼りたくないそうだ。

 ……俺個人としても、得体の知れない『機関』とはあまり関わりを持ちたくない。


 だからこそ、ルカには信頼できる仲間が必要だった。

 原作において、ルカでは抱えきれない障害を見事に解決してくれる頼もしい四人の少女たち。

 原作崩壊が起きないよう、この四人の少女たちとの関わりを持ったのは純粋に彼女たちの命を怪異から救うためでもあったが、同時にルカのためでもあった。

 四人の少女の存在によって、ルカは初めて完全無欠のヒーローとなれるのだ。


 ……それでも。

 それでも、どうにもならないことがある。


「ごめんなさい」


 ルカはそう言って依頼者である皆瀬さんに頭を下げた。


「【アカガミ様】の『おまじない』は……私でも解けない。『【アカガミ様】によって結ばれた相手とは、絶対に別れてはいけない』……あなたは、もうこの『誓約』を背負って生きていくしかない」


 ルカはそう断言した。

 唯一の希望を断たれた皆瀬さんの顔から、血の気が引いていく。


「ど、どういうことだよルカ!? いつもみたいにお前の『言霊』で何とかならないのか!?」


 怪異そのものを化かす言霊。

 以前のこっくりさんのように、ルカが言葉に霊力を込めて『儀式は行われなかった』と発すれば、怪異本体もそう『認識』して、あるべき次元へと還っていく。

 怪異によって歪んだ事象を消去し、世界をあるべき形に戻す、ルカの強力な術式。

 この力によって、ルカは数々の怪異事件を解決してきた。


 だから今回の依頼も、ルカが「彼女は【アカガミ様】の『おまじない』を行わなかった」と言霊を使えば、あっさり解決する……そう思っていたのに。


 ……ルカでも、手に負えない怪異だと?

 どういうことだ?

 【アカガミ様】って、そんなヤバい存在なのか?


「……ダイキ。【アカガミ様】の名前の由来って、何だと思う?」

「え?」


 唐突に、ルカがそう質問をしてくる。

 【アカガミ様】の名前の由来……赤い糸に、赤い封筒に、赤い紙を使う『おまじない』。


「そりゃ……やっぱり『赤い手紙』を縮めて【赤紙アカガミ様】じゃないのか?」


 これだけ赤色を強調する『おまじない』だ。

 誰でも自然とそっちの字面を連想すると思うが……。


「違う」


 しかしルカは俺の答えをあっさりと否定する。


「赤色は、たぶん。そこは重要じゃない。。問題なのは……【アカガミ様】という名前を使って『祈願』してしまうこと。」


 名前を使って『祈願』すること……それ自体がまずい?

 どういうことだ?

 ルカの口ぶりからするに、赤色の手紙を用意すること……そのものは問題じゃないというのか?


 重要なのは儀式ではない。

 その名を呟き、その存在を頼ってお願いをすること、そのものがまずい……。


 ……おい、ちょっと待て。


「まさか……そういうことなのか?」

「ダイくん? どうしたの? 何に気づいたの?」


 レンが横から声をかけてくるが、応えられる余裕がない。

 震えが止まらない。

 気づいてしまった。

 きっとルカも、さっき皆瀬さんのスマートフォンから上がった奇声から、その『気配』を感じ取ったのだ。


 恋する少女の願いを聞き届け、縁を結ぶ存在……。

 おい、待てよ。

 冗談だろ?


 まさか……今回の相手は!


「……レン。申し訳ないけど、今回の怪異は、私たちの手には負えない」

「え?」

「元の名前はわからない。きっとその『格』に相応しい漢字が使われていたと思うけど……調べないほうがいい。『真名』を知ること。それ自体が危険だから」

「な、なに? どういうことなのルカ!? わからないよ! カナエちゃんは、いったいどうなるの!?」

「どうにもできない。彼女は……を頼って、願いを叶えてしまった。もう、その『理』は絶対に覆せない。私の言霊を使っても」

「そんな……いったい、何なのよ【アカガミ様】って!? ただの怪異じゃないの!? ルカでも手に負えない怪異っていったら、そんなの……あっ」


 レンも、自身が口にしたことで答えに至ったようだ。


 ルカは決して万能ではない。

 強力な霊能力を持つ少女ではあるが、それでもどうにもならない相手は存在する。

 ……いや、そもそも力の差を語るのも、おこがましい。

 それほどまでに、絶対的に敵わない存在。

 たとえどんな霊能力者だろうと、人間にはどうすることもできない存在。


 そう、それは……。


「ごめんなさい、皆瀬さん」


 ルカは再び頭を下げる。


「いくら私でも……『神様』は相手にできない」


 【アカガミ様】──その名に、カミの意を持つ存在……。

 それが今回の相手だった。



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