オカルト研究部部長、赤嶺レンは小悪魔【後編】





「はぁ~満足♪ すっかり体がほぐれたよ。ね? ダイくんも気持ちよかったよね?」

「……ソウデスネ」


 同じエクササイズをしたはずなのに、肌がツヤツヤとしているレンに反して性根尽き果ててマットの上にグッタリしている俺。

 見ようによっては誤解されてもおかしくない光景である。


「ダイくんって本当にこういうのに耐性ないんだね~。ルカみたいにエッチな体してて凄くかわいい幼馴染がいるっていうのに」

「ほっとけ。そういう性分なんだから仕方ないだろ」


 むしろ、ルカのような発育良好な美少女と日々触れ合ってきたからこそ、かえって過敏に反応してしまう説まである。

 小学校高学年の時点ですでにとんでもないバストサイズだったルカが頻繁に一緒に風呂に入ろうとしてきた頃の俺の苦労がわかるか? 『無知シチュ』という開いてはいけない禁断の扉が開かないよう、必死に耐え抜いた俺の鋼の理性を褒めてほしい。


「やっぱ不思議だな~ダイくんって。普通さ、年頃の男の子なら、ルカみたいに一途で従順な女の子の幼馴染がいたら……こう、自分色に染め尽くして独り占めするものなんじゃないの?」

「おまっ、何てこと言うんだ」

「まあ、ヘタレなダイくんにそんなに度胸がないことは知ってるけど……でも、ぶっちゃけどうなの? せっかく二人きりなんだし、この部長めにこっそり本音を明かしてごらん? ん~?」

「部長風をこんなところで吹かすな」


 ただ単に下世話な話をしたいだけのくせに。

 年頃の女子高生はこれだから厄介だ。


「いやさ、本当に不思議だなと思って。だって出会った頃の二人ってさ、完全に『二人だけの世界』造ってる感じがあったじゃん? 結構近寄りがたい雰囲気があったんだよね~」


 ……やっぱりレンの目から見ても、そういう感じに映っていたのか。

 なるべく、そういう印象にならないよう、心がけていたつもりだったが。


「だからさ、お二人はとっくにカップルだと思い込んでたから、これでも気を遣ってたんだよ私? なのにダイくんときたらパンチラだけで鼻血を噴出しちゃうようなお子ちゃまだったので、レンちゃんビックリです」


 悪かったなお子ちゃまで。

 小心者の俺にはパンチラだろうが何だろうが刺激が強いんだよ。

 ……というかいつも思っているが、どの娘もスカートが短すぎるんだよな、この学園の女子たち。

 俺が普段からどれだけ目線に気をつけているか、知っているのか君たちは?


「こんなことわざわざ言うのは野暮かなって思うけど……ルカはもう覚悟固めてるような気がするけど?」

「……そりゃ、わかるよ。幼馴染なんだし」


 というか、中学の時点でルカのほうから何気なく催促してくることが数回あった。

 そういう空気になったときは、いろいろ理屈を捏ねてかわしてきたが。


「ルカの気持ちを素直に受け取れないのは、やっぱり前に話してくれたことが関係してるの?」

「まあ、そうだな。……結果はどうあれ、最初に俺は自分の命かわいさにルカの力を目的に近づいたんだ。その事実は変わらないよ。だから……やっぱり、ちゃんとケジメはつけないと」


 ルカを自分色に染めて独占する。

 そういう黒い欲望が湧いたことは無い……と言ったら嘘になる。

 ……でも、それはやはり依存気質なルカの孤独につけ込んでいるようで、どうしても罪悪感が先に来るのだった。


「ルカのことを本気で考えるなら、そんな真似はできないよ」

「でもさ、ルカはダイくんと出会えて幸せになれたんだし、ダイくんも意識を改めたんでしょ? ……だったら、べつにいいと思うけどな」

「それでもダメだ。いま以上に深みに嵌まったら……たぶん本当に自分たちだけの世界に閉じこもって、誰とも関わろうとしなくなる。それじゃルカのためにならない」


 ルカにはもっと広い世界を見て欲しい。

 俺との関係だけがすべてじゃないことを知って欲しい。

 現にこうしてレンと出会ったことで、ルカの人生は大きく変わろうとしている。

 やはり、俺だけではできなかったことを、レンを始めとした少女たちはできる。

 ルカには、レンたちのような存在が必要なのだ。


「それにさ……もしも俺の身に何かあったとき、ルカの傍に頼れる仲間や友達がいてくれれば、俺も安心できる」


 今日か明日、命を落とすかもしれない過酷な世界。

 もちろん死ぬ気は毛頭無い。

 ……でも、こうして主要人物の少女たちが揃った時点で、俺の持つ原作知識はとうに役に立たない代物と化した。

 三巻分のエピソードなど、あっという間に過ぎてしまう。

 ここからは完全に未知の領域。

 俺はこの先、原作知識の恩恵も無しに、どんな力を秘めているかもわからない怪異が無数に蔓延る世界で生きていくしかないんだ。

 ……だから、もしものことがあったとき、ルカには原作通り頼もしい親友たちがいなければ。


「こ~らっ。ダメだよ、そんなこと考えちゃ」

「むぎっ」


 レンに両頬を抓られる。


「私たちはダイくんの代わりになれないよ? 本気でルカのこと考えるなら……弱気になっちゃダメ。ちゃんと自分も生き残ることを考えなさい」

「むぎゅ……ひゅひゅかししかしひょのにゃかにじぇったいは世の中に絶対は……」

「知りません。男の子でしょ? 意地でもちゃんと生きる道筋を自分で勝ち取りなさい。これは部長命令です」


 部長としての顔つきになったときのレンには、逆らいようのないカリスマ性が溢れる。

 個性的な部員ばかりがいるオカ研で、きちんとリーダーとして仕切れる手腕。レンには自然と人の上に立つ素質があるのだった。

 だから自分がどこか及び腰になっていたことを、素直に自覚し、受け入れることができた。

 ……そっか、ルカに女友達ができたことで、俺どこかで気が抜けてたのかもな。

 ルカが本当に大切なら、そんな残酷な「もしも」のことを考えちゃいけないんだ。


「……そう、だな。レンの言うとおりだな。反省するよ」

「よろしい! 素直で良い子のダイくんには部長がご褒美をあげちゃいます」

「え? ……ちょっ!?」


 抓っていた指を離したかと思うと、今度は両手で俺の頬を包み込むレン。

 学園中の男子を一瞬で虜にしてしまう美貌が、間近に迫ってくる。


「ねえダイくん? ……硬派を気取るのはいいし、それはそれでかっこいいなぁって思うけど……でもね? たまにはこっちの気持ちを汲んでくれなきゃ、女の子は辛いんだよ?」

「レ、レン? 何を言って……」


 俺の動揺も気にせず、レンはまたグイッと距離を詰めてくる。

 異性の目を否応にも惹き付けてしまう黒髪美少女が、どこか大人びた気配を漂わせながら、そっと頬を撫でてくる。


「女の子って、結構単純なんだから。たとえば……こんな素敵な女の子が夢中になるほどの男の子って、いったいどんな人なんだろうって目で追っちゃったり、人一倍怖がりのクセに他人を守るためなら体を張って戦える後ろ姿にときめいちゃったり……出会ったばかりの相手なのに、命を賭けて助けてくれる。そんなことが当たり前にできちゃう人に運命感じちゃったり……。思わせぶりなことだけして放置するのは、ズルイよ?」


 突然のことで、レンの意図がまったく読めない。

 ……けれど、レンの美貌と深い鳶色の瞳から視線を逸らせない。


 綺麗だ。

 呑気にそんな感想をいだいてしまうほど、赤嶺レンという少女は美しかった。


「ボケーッとしてたら、悪い女に狙われちゃうよ? ダイくんの魅力を知っているのは……ルカだけじゃないんだから」


 レンはどこか蠱惑的な声色でそう言って、体を密着させてきた。

 俺にとっては親しい異性の友人……そう思っていたはずの少女の魅力に俺は抗うこともできず、まるで吸い込まれるように引き寄せ合うように顔が近づいて……。


「日直終了。仕事多すぎ。激怒。ダイキ、レン。早急な糖分摂取が必要とされる。お菓子、ちょう、だい……」


 部室の扉が開かれる。

 甘い物が大好物なルカがいつも通りお菓子をねだりながら登場するが……目の前の光景に言葉を失った彼女は手に持った鞄をゆっくりと床に落とす。


「……」


 沈黙が続く。

 ルカは無表情のまま固まっている。

 いつも通り機微のない、感情の読み取れない顔。

 だが幼馴染の俺にはわかる。

 この後、ルカがどうなるか。


「……ぐしゅっ」


 ルカは表情を変えないまま、滝のような涙を流しはじめた。

 床に敷かれたマット。

 薄着のまま密着する俺たち。

 それらを見て、コテンと首を傾げながらルカは尋ねる。


「……え? ヤッた?」

「違う!」


 やましいことは何もない!

 ……いや、いまそんな空気になりかけていたけど俺もさっぱり分からん状態で……。

 おい、レンも何か言ってくれ!?


「……は~い♪ ドッキリ大成功~♪ びっくりした? ねぇびっくりした? あはははは♪」


 俺から距離を取り、ご機嫌に笑い出すレン。


 ……ドッキリか。

 ……そういうことらしい。

 ははははははは。

 ……だと思ったよ!



   * * *



「ぷくー」

「あの、ルカ? そろそろ離れてくれないか?」

「や」

「いや、あの胸がね? 思いきり腕に当たってるんだけど……」

「当ててるんだもん。レンよりおっきいもん。あれから、また大きくなったもん」

「なん、だと?」


 すっかりご機嫌ナナメになってしまったルカは頬を膨らませて俺の腕にしがみついて離れない。

 己の武器を最大限に活かして、俺の気を引こうとしている。

 無論、効果は抜群だ。

 腕丸ごとを包み込みかねないほどのボリュームたっぷりの豊乳!

 確か公式設定でそのサイズは……B105cmのLcup。ウエストは56cmと超スレンダーサイズにも関わらず、とんでもなく発育したバストサイズ!

 それがさらに大きくなっただと!?

 ええい! 俺の幼馴染の発育具合は化け物か!?


「あはは♪ ルカったらそんなに涙目で睨まなくても大丈夫だよ~。愛しのダイくんを取ったり食べたりなんてしないから~。……たぶんね?」

「……たぶん?」

「なんでもな~い! あっ、HPに依頼メール来てる! チェックしなくちゃ!」


 制服に着替えたレンはわざとらしい笑顔を浮かべて、逃げるようにPCに張りついた。

 ……まったく、レンのヤツめ。さっきは不覚にも本気でドキドキしたぞ。

 レンが人をからかうことが趣味な小悪魔系女子ということはわかっていたというのに。

 ……いや、しかし胸板に当たるあの豊満なおっぱいの感触はヤバかった。

 レンの体から香る匂いも、汗をかいていたはずなのにどこか甘く感じられて、あのままルカが来なかったらどうなっていたやら……。


「ダイキ……ダメ。私のおっぱいのことで頭いっぱいにして?」

「ぬおおお!? ルカ、ちょ、それ以上押しつけられたら俺の理性が危ういんですが!?」

「……いいよ? ダイキのしたいことなら、私なんでもしてあげたい」

「いや、レンがすぐにそこにいるんですけど!?」

「上等。むしろ見せつける」


 公開プレイとかハードル高すぎるわ!

 いかん、やっぱり離れなければ……。

 ええい! 爆乳の圧が凄くて抜け出せない!


「……二人とも」

「ああっ!? 部長様! 決して部室でいかがわしいことをおっぱじめようとしているワケでは……」


 先ほどと打って変わって真剣な表情で傍に立っているレンに慌てて弁明を始めるが……。


「出かける準備して? これから指定してもらった待ち合わせ場所に行くから」


 その声色が切羽詰まっているのがわかって、俺も意識を切り替える。


「レン……まさか……」

「うん」


 レンはPCの画面に指を差す。


 『恐怖相談所』


 そう名付けられたページに、新規のメッセージが届いている。

 表題には、こう書かれていた。


 ──お願いです。とにかく助けてください。


「久しぶりに来たよ。……『本物』の依頼」


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