恋のおまじない【アカガミ様】

オカルト研究部部長、赤嶺レンは小悪魔【前編】

 ホラー漫画『銀色の月のルカ』は、主人公であるルカを含めた五人の美少女を中心に物語が展開していく作品だ。


 赤嶺あかみねレンは、そんな主要人物の内の一人であり、ルカと最初に親友となる同級生の少女である。

 長い黒髪に鳶色の大きな瞳、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる理想的なスタイルに加えて、小悪魔的な雰囲気が男心をくすぐるのか、毎度告白が絶えないほどにモテモテの美少女だ。


 その性格は、ひと言で言えば、イマドキの女子高生そのもの。

 退屈を嫌い、常に刺激を求め、興味あるものには後先考えず首を突っ込んでしまう。

 かといって決して浅慮というわけではなく、むしろ察しが良いタイプであり、口にせずとも相手の心に寄り添え、さり気なく気遣うことができる。

 単なる好奇心旺盛でお洒落好きなJKというだけではない、どんな人間相手にも誠実に接し、大らかに受け入れてくれる広い器の持ち主である。

 そんな少女だからこそ、あのルカも心を許したと言えよう。


 レンは、高校生でありながら数百万人のフォロワーを持つインフルエンサーでもある。

 彼女が宣伝した商品や食べ物はたちまち人気になり、売り切れが続出するという。

 レンの文才や伝達方法が優れていることもあるが、何より本人の容姿が極めて魅力的なことも人気に拍車をかけているのは言うまでもない。

 普段からよく気を遣っているであろう長いストレートの黒髪は常にサラサラで艶やかな色合いを保ち、生気に満ちた色白の肌はシミひとつなく、保湿も万全でいつもスベスベだ。

 これほどの美貌を維持している少女がいたら、女性ならばどんな美容品を使っているのか、普段何を食べているのか、気になるのも無理はない。

 読者モデルも何度かやったことがあるようで、高校生としてはかなりの小金持ちだったりする。

 ……そうでなければ、学生の身分でルカに怪異退治の依頼をすることはできなかっただろう。


 ある日、レンの撮る写真がすべて心霊写真になってしまいSNSに投稿することができなくなってしまう。

 そこで学園で噂になっている霊能少女であるルカに助けを求めるところから、この物語は始まる。


 事件解決後、レンは学園で孤立気味でいるルカの不器用な優しさを知る。

 大のお人好しであるレンは、人助けをしているにも関わらず一方的に人々から恐れられている霊能少女を放っておけなくなる。


『ルカ! あなたなら、もっといろんな人たちを救うことができるはずよ! 私たちで世の中の怪異事件を解決していきましょ! そうすれば、あなたを認めてくれる人たちがたくさんできるはずだわ!』


 レンはそう言って『オカルト研究部』という名の『怪異退治専門のボランティア部』を設立する。

 原作の序盤はこのオカ研を活動拠点として、ルカとレンのコンビによる怪異退治がメインとなっていく。

 最初の活動は学内に留まっていたが、数々の功績から噂は学外にも広まり、いつしかオカ研のHPには毎度怪異に関するお悩み相談が送られてくるようになる。

 無償の怪異退治に最初こそ気が進まない様子のルカだったが……コミュニケーション能力の高いレンが仲介者になったおかげもあって、人助けをしていくごとにルカは理解者を得ていき、多くの人々に感謝されるようになる。

 そうしてルカが数々の事件を解決していくに連れて、オカ研の部員や、いざというとき手助けをしてくれる仲間が増えていく。

 赤嶺レンとの出会いによって、ルカは恐れられ続けてきた孤高の霊能力者ではなくなり、世界を広げていくのだ。

 物語において徹底した『陽』の存在であり、ファンからは『最強の一般人』と評される、ルカにとって無くてはならない頼もしい相棒バディである。


 そんなレンと原作通り親交を結べた当時、ルカの本来のパートナーである少女が現れたなら、イレギュラーな立場である俺はもう『要らない存在』ではないか……そんな後ろ向きな考えがよぎったが。


『黒野大輝くん……だったよね? あなたも是非オカルト研究部へ! ん? 何で不思議そうな顔してるの? あなただって私のこと助けるために頑張ってくれたでしょ? だったら、私たちもうお友達じゃない! それにほら、ルカが「一緒じゃなきゃやだ~」って感じに袖掴んでるし。あっ、ルカってば照れてる~。やだ~超かわいい~。にゃはは、怒らない怒らない。もう~、ルカにこんな一面があるって周りが知ったらスグに誤解が解けるのに。──ね? 私たちきっと良いチームになれると思うんだ? せっかくの部活なんだし、大勢いたほうが楽しいよ!』


 まるでこちらの不安を察したかのように、レンは俺にも手を差し伸べてくれた。

 そんなわけで、俺もオカ研の一員として入部し、原作の物語に深く関わっていくことになったのだった。



   * * *



 オカ研への依頼は、そう頻繁に来るものではない。

 半分くらいは、からかい目的の嘘っぱちだったり、思い込みの激しい若者のヒステリックなゴッコ遊びだったりする。

 レン曰く、コツさえ掴めば、そういうフェイクの依頼は文面を見るだけでわかるらしい。


『怪談みたいに細かな描写が盛られた懇切丁寧な文面はだいたい作り話だね。書き手の心にがあるもん。読む人を怖がらせてやろう~って作為的な意図があちこちに感じられるようなのは、スルーしていいと思うよ?』


 レンの読みどおり、その手の依頼の十割は嘘だった。

 さすがは凄腕のインフルエンサーである。文章で金銭を稼げる人間の目は伊達ではない。


 この手のフェイクが来るのはもちろん腹立たしいし、決しておもしろくはないが、まあ怪異絡みでないのならそれに越したことはない。何事も平和が一番である。

 ……だが、たまに『本物』が舞い込んでくる。

 本気で救いを求める依頼文は、とにかく切羽詰まっている。


 言っていることは支離滅裂。何とかうまく伝えようとしているのだが、そもそも本人ですら何が起きているのかワケがわからない。他に頼れる相手もいないし、もう藁に縋るような思いで頼み込むしかない。そんな様子が伝わってくる。


 ──お願いです。とにかく助けてください。


 こういう依頼は、だいたいは『本物』だ。


 幸い、最近はその手の依頼は来ていない。

 そうなるとオカ研は実に緩やかな部活となる。

 お菓子を持ち寄ったり、ボードゲームやカードゲームをしたり、タブレットで映画の上映会をしたりと、まあ文化部特有の遊びの溜まり場となる。

 俺以外は全員女子の部活なので時折肩身が狭くなるような気持ちにもなるけれど、基本的には仲睦まじく活動している。


 部室は旧校舎にある。

 旧校舎といえばホラーの舞台において十八番とも言える場所だが……幸いそこまで古びてはいない清潔な建物なので、思ったほど怪異が出現することはない。

 電気やネットはちゃんと通っているし、清掃もちゃんとやっているので水回りも綺麗だ。

 なので現状は、もっぱらオカ研のような文化部系の部室棟として使われている。

 オカ研の部室は人通りも少ない隅っこにあるので、どれだけ騒がしくしても他の部活の迷惑にならないところが実に良い。

 放課後にオカ研で集まるのは、もはや一日のちょっとした楽しみになっている。

 前世ではバリバリに熱血系の運動部に属していたこともあって、こういうユルユルな部活動もいいものだなと思う最近である。

 本当に、このまま日常アニメのように平和な日々がいつまでも続けばいいのに。


 今日も今日とてオカ研に足を運ぶ。

 ルカの活躍もあって、あれからオカ研のメンバーも増えた。

 父を怪異の呪いから助けてもらったことをキッカケにルカのファンとなり、わざわざお嬢様学校から転校してきたマジモンの令嬢である、黄瀬きせスズナちゃん。

 退魔の家系として怪異関連に精通している一方で、何かと問題を起こす俺たちの動向を見張るという名目で入部してきた堅物な委員長、藍神あいがみキリカ。

 そして生徒でもない部外者のクセにやたらと遊びにやってくるシスターのアイシャ・エバーグリーン。

 原作通り、オカ研も随分と賑やかな場所となった。


 しかし、本日は珍しくレンと二人きりだ。

 ルカは日直。スズナちゃんは実家絡みのお手伝いがあるとかで本日はお休み。キリカは剣道部の助っ人。アイシャが尋ねてくる様子もない。


 滅多に人が立ち寄らないような旧校舎の部室で若い男女が二人きり……。

 そんな状況下で俺とレンは……。


「んっ。あっ……。ダイくん、ダメっ。もっと、もっと強くシテ」


 床に敷いたマットの上で、レンがなやましい声を上げる。


「くっ。本当にいいのかレン? 俺、容赦できねぇぞ?」

「いいの。これ以上に激しくしないと、私の体、満足できないの……」

「……わかった。辛かったら言うんだぞ……うっ!」

「ああああああっ!」


 レンの希望に応えて、体重を乗せていく。

 レンはますます切なげな声を上げて、女子高生らしからぬ発育し過ぎた艶めかしい肢体を震わせる。


「コレ! コレがいいの! ダイくん! もっと! もっとシテ! そう、同じ動きを繰り返して! あっ! あっ! すごいよ~。一人でするのとは全然違うのぉ!」

「うっ! レンッ! 俺、もうそろそろ……!」

「ダメ! まだやめちゃヤダ! もっと! もっと欲しいの! ダイくんの……ダイくんの!」


 部室に上がる男女の呻き声。

 滴る汗。

 二人きりになった部室で俺たちは……。


「……あ~っ、やっぱりダイくんの背中押しは効くな~♪」


 そう、エクササイズをやっていた。


「……なあ、レン。そろそろ終わりにしていいか?」

「え~? もうバテたの~? 情けないな~。ダイくん一応武道やってるんでしょ~?」

「いや、そうなんだけどさ……」


 べつに体力的に問題はない。問題があるとすれば精神面だ。

 やはりこう……ストレッチウェアに着替えて薄着になっている同い年の女の子の体に直に触れるのは、前世で彼女歴無しの童貞のまま死んだ身としてはハードルが高い。

 ただでさえレンはルカにも負けない抜群のスタイルの持ち主だ。

 さっきからマットに押し潰されている豊かなバストや、くびれたウエストや綺麗な背中に丸く盛り上がったヒップが目に毒でしょうがない。

 ……というか、何でよりにもよってヘソ出しのストレッチウェアなんだよ! ほとんど下着と面積が変わらないじゃないか!


「もう~、真面目にやってよ~。これはダイくんが私の着替えを覗いた罰なんですからね~?」

「覗いてない! だいたい何でわざわざ部室でストレッチウェアに着替えてるんだよお前は!?」

「だって~。皆を待っている間、退屈だったんだも~ん。なので、せっかくだから最近流行ってるエクササイズ動画を見て運動しようと思いまして。限りある時間を有効に活用して、体作りをすることは大切だよダイく~ん?」

「それはご立派な考えだと思いますが……せめて着替え中は張り紙をしてくれ!」


 いつものように部室の扉を開けたら、ちょうど制服を脱いだ純白のセクシー下着姿のレンとご対面。

 そう、もはや恒例と化したラッキースケベイベントである。

 下着姿を見てしまった罰として、俺はレンの美容エクササイズに付き合わされる羽目となった。

 ……でも今回ばかりは俺が悪いのか!? さすがに不可抗力だろ!?


「というかレンにエクササイズなんて必要ないと思うが? 滅茶苦茶に痩せてるじゃないか」


 出るべきところはとことん出てるけど。


「甘いねダイくん。日頃からこうして体造りをすることで理想的なスタイルを維持できるんだよ? 結構大変なんだから。でも、これだけ運動してるのに太ももだけは相変わらずムッチムチのままなんだよね~。あーあー」


 レンにとってはコンプレックスらしい太ももの肉付き。

 普通に直立しているだけでも腿肉がくっついてしまうほどのボリューム。

 確かに他の女子と比べると、一際太い気がするが……いや、男からしたらそのムチムチ具合がたまらなかったりするんだよなあ。

 まあ本人が気にしている以上、黙っておこう。


「よし、次はダイくんの番だよ? はい、マットに横になって。今度は足を曲げる運動で~す」

「え? いや、俺もうこれ以上はご勘弁願いたいんだが……あぎゃあああ!?」

「もう~男の子なんだからこれぐらいで悲鳴を上げないの~」

「いや、痛いわけじゃなくて!」


 胸が! ウェア越しに大変ご立派なお胸が思いきり当たって!

 ……公式サイズで90後半の特大バストが足に!


「むふふ♪ 役得でござろう少年? 罰に加えて、この間『邪教団』から助けてくれたお礼をしてあげようぞ~?」


 こ、こいつワザとか!?

 おのれ! 小悪魔系女子め! 純粋な男心を弄びおって!

 襲われても知らんぞ!?


「はいはい、ダイくんにそんな度胸はないのは知ってますので安心してエクササイズの続きをしますよっと。はい、グイッとな」


 ナチュラルに俺の心を読まないで欲しい……みぎゃあああ!


 天国と地獄。双方を味わう時間が流れていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る