ダイキの役割


 

   * * *



 こうして振り返ると、俺はこの世界においてかなり異質な存在と言える。

 ルカが高校生になるまで、彼女と親しくなる存在なんて一人もいなかったのだから。

 そんなイレギュラーである俺がこうして幼いルカに深く関わってしまったことで……はたして物語に何も影響はないのだろうか?

 正直、そんな懸念が何度も湧いた。


 原作序盤のルカは、人を寄せ付けないクールな一匹狼という感じで、言葉の節々にトゲのある毒舌少女で……何より瞳に光が無かった。

 現在のルカに、そんな様子はない。

 表情の変化が乏しいのは相変わらずだし、俺以外に親しい相手を積極的に作ろうとはしないものの、少なくともルカの瞳には希望と幸福の色が宿っていた。

 ただ……。


「ダイキさえいれば、私はもう、それ以上は望まない」


 真顔でそんなことを言うルカを見て「あ、コレはアカン」と直感的に思った。


 いいかねルカ?

 お前のことをちゃんと理解して、親友になってくれる女の子が俺の知る限りでは少なくとも四人もいるんだぞ?

 SNSを駆使して怪異の噂や情報を集めてくれる小悪魔系の同級生とか、『ルカのファン』を自称して財力面でサポートをしてくれる清楚系お嬢様とか、頑固で口うるさいけど面倒見の良いツンデレ巫女とか、ルカを一方的に好敵手ライバル視しては突っかかってくるけど何だかんだで同じ霊能力者として力を貸してくれるムッツリスケベなシスターとか。

 彼女たちと出会う前にこんな閉塞的な関係で満足してはいかん。


 たちまち俺は使命感に燃えた。

 俺の記憶にある三巻までの原作知識を活かして、何とか物語に狂いを生じさせないよう努めた。

 何せ、少女たちの未来がかかっている。

 ルカの親友となる四人の少女たちは、ルカの存在によって救われる。

 命や貞操の危機、あるいは過去のトラウマ……そういった諸々からの救済だ。

 ルカと関わらないと彼女たちはそのまま怪異の犠牲となり、不幸な目にあってしまう!

 もしも俺という異分子のせいで救えたはずの少女たちを救えなかった、なんてことになったら……俺は一生自分を許せなくなってしまう。

 だから必死だった。奇異な目で見られようと構わず、少女たちの縁を結ぶ役割を自らに課した。


 結果的にルカは四人のメインキャラたちと出会い、親しくなることができた。

 ……ただ、多少原作に存在しない齟齬が生じたりはしたが。

 とはいっても些細な齟齬だ。

 恐らくはずっと先の巻で明かされるのであろう少女たちの苦悩や胸に秘めてきた思い。それをルカのいないところでそっと打ち明けられたり、相談に乗ったり、ときにはこちらから慰めたりする場面が何度かあった。

 そのおかげで本来なら異物な存在であるはずの俺も、少女たちと打ち解けることができた。

 ときどき「打ち解けたのはいいが、ちょっと距離感近すぎね?」と思わんこともないが、まあ原作でも女の子同士でイチャイチャしたりキャッキャッしているような娘さんたちだったし、親しくなった相手に対してはそんなノリがデフォルトなのかもしれない。

 きっと物語の進行上、問題ないだろう。


 原作通り、ルカの周りは急に賑やかになっていった。

 ルカは初めてできた女友達に戸惑いつつも、その態度からは嬉しさが滲み出ているように見えた。

 その光景は、俺がよく知るものだった。


 さて、そうなると異分子である俺はそろそろお役御免……というわけにもいかない。

 『原作主人公の幼馴染である平凡な少年』として舞台から退場するには……俺はもう物語の心髄に深く関わりすぎてしまっていた。

 もはや『他人事』ではないのだ。

 ルカと少女たちは今後も怪異事件に巻き込まれ、そして解決のためにあちこちに出向くだろう。

 危険な目に遭うとわかりきっている少女たちを無視して、自分だけ安全な場所でヌクヌクできるほど、俺の神経は太くない。

 怪異は確かに怖い。

 でも親しい幼馴染や、その友人たちが怪異の犠牲になるほうがずっと怖い。


 ……そもそも、俺という異分子のせいですでに物語に狂いが生じてしまっている以上、もはやすべての怪異事件が原作通りに解決するか、わからないのだ。

 だから俺には彼女たちと行動を共にし、その行く末を見届ける責任があるように思う。

 最終巻まで読まなかったため、この物語がどんな結末に至るかは知らないが……どうかハッピーエンドであることを願う。


 ホラー作品のほとんどは、バッドエンドで終わる。

 それも俺がホラーを苦手とする理由のひとつだ。

 ホラーは恐怖を引きずる後味の悪い作品ほど、名作になる。

 それは理解できる。


 ……でも、ハッピーエンドで終わるホラーがあったって、いいじゃないか。

 これだけ人のために頑張って怪異と戦っているルカが、報われずに終わるだなんて……そんな結末、絶対に認められない。


 原作無視と言われようが構わない。

 ホラーへの冒涜と言われようが知ったことではない。

 皆が不幸になる結末が『王道ホラー』だというのなら、俺は喜んで『邪道ホラー』を選ぼう。

 ルカと、その親友の少女たちが幸せへ至れる道筋を少しでも作れるのなら……俺はどんなことだってする。

 恐ろしい怪異にも立ち向かってみせる。


 ……いやまあ、怪異関連ではまったく役に立てないし、むしろ気絶ばっかしてるのでぶっちゃけ完全な足手まといなワケだが。

 かといって、やはり同行しないワケにもいかない。

 だって、そうしないと……。




「不遜! あまりに不遜! ここ連日我らが神の素晴らしさを説いても尚屈服しないとは! あまりにも不遜!」

「これより『和加羅施わからせの儀』を執り行う! 我らの肉体に宿りし神の因子を植え付け、その身を持って我らが神の素晴らしさを知るのだ!」

「宿せ! 神の因子を……ぐはああああ!!!」

「要はただの集団強姦だろうがこの邪教徒どもが! かかってこいや怪異に誑かされた変態ども! ルカたちには指一本だろうと触れさせねえぞ!」


 身につけた武術で、完全に精神がイカれている邪教徒たちを蹴散らしていく。

 危なかった。やはりあの食事には睡眠薬みたいなものが入っていたのだ。

 嫌な予感がしたので、吐き出しておいて正解だった。


 今回の依頼は、神という名の邪悪な怪異を信仰する宗教団体の調査。

 狂った信徒たちによって縛り付けられ、危うく襲われるところだったルカたちの危機に駆けつけた俺は、唯一の役割である『対人間』の抑止力として自慢の武力をふるっていく。


「怪異相手には何もできねぇが物理で殴れる人間相手なら怖かねぇ!」


 異分子である俺がこの『銀色の月のルカ』の世界で特に起こしている『原作無視』の行為は何かというと……。

 それは『お色気イベント』のキャンセルである。


 前にも言ったように、この作品はとにかくお色気シーンが多い。

 やたらと触手状の怪異に襲われるのは、もはやお約束。

 こちらはルカが対策してくれるから、そこまで脅威ではなかったりするが……問題は人間相手だ。

 依頼で遠方まで出向く場合は、高確率で宿泊する場所で怪異の影響でおかしくなったモブ男集団(たまに女性)に襲われる。

 服を脱がされたり、胸やお尻や際どいところを触られたり、道具で体のあちこちをイタズラされたりと「これ少年誌でやって大丈夫?」ってレベルで過激なことをされる。

 というか描写でボカされているだけで「実はこれ本番までやってね?」と思われる意味深な表現もあったりと、ネットでは度々熱い考察議論が行われたそうな。

 陵辱系の薄い本が増えるワケである。


 そんな盛大な読者サービスが行われた後に怪異が登場して本戦開始……というのが毎回の流れである。


 さて、そんなイベントが頻繁に起こることを知っているのだから、男としてはそれをじっくりと生で鑑賞を……するワケねぇだろ! 普通に助けるわボケェ!


 サービスシーンを潰すな?

 知るか。

 原作や薄い本で我慢しなさい。

 あいにく俺には親しい女の子たちがハレンチな目に遭うのを眺める趣味はない。


 こういった事情があるので、怪異関連の事件があれば、俺も必ず同行するようになった。

 確かに怪異相手には完全な足手まといだ。

 だが狂人相手のボディーガードとしてなら、存分に役目を果たせる。

 ルカはあくまで霊力の強い少女に過ぎない。数人の人間に対しては年相応の少女らしく、とことん非力だ。

 思えば、原作にはそういう危機から少女たちを助けるポジションがいなかった。

 ……まあ、サービスシーンを成立させるために敢えて用意しなかったのだろうが。

 しかし、俺の目が黒いうちは決して原作のようなお色気イベントは起こさせない!

 そんな努力の甲斐もあって、少女たちは一切嫁入り前の体を穢されることなく、毎回無事に帰還している。


「ひ、ひぃぃ。なんと野蛮な小僧か。ああ、お助けください、我らが神よ。どうか非力な我々に救いの手を……お、おう、降臨なさる! 我らが神が願いを聞き届けついに降臨を……ギ、ギエエエエェエエエエ!!!」


 教主である男が奇声を上げたかと思うと……腹から異形の怪物が血飛沫を上げながら出現した。


 ぎゃああああ!

 グロイグロイグロイ! キモイキモイキモイ!

 体に神の因子を宿したとか何か知らないが、何でそんな悪趣味な登場してくんの!?

 ……ああ、イカン。目眩が……。


「大丈夫だよダイキ。あとは任せて」


 体がフラつき倒れそうになるところを「ふにゅん」と柔らかいもので受け止められる。

 もうすっかり体が覚えてしまったお馴染みの感触である。


「今日も助けてくれてありがとうダイキ。とても、かっこよかったよ?」


 乱闘の間に拘束を解いたらしきルカが、俺を胸に抱き寄せ「ヨシヨシ」と頭を撫でる。


「アイツは私が必ず何とかする。だからダイキは安心して、おネンネして?」


 お言葉に甘えて意識を手放すことにする。

 悔しいが、理性が限界だ。

 数珠やまじないの加護があまり効かない辺り、あの怪異はかなり強力な相手のようだ。

 残念ながら、今回はもう俺にできることはありそうにない。

 ここからはルカの独壇場だ。


 頼むぞ、ルカ。

 どうか、この悪夢のような時間を終わらせてくれ。


「帰ったら……いっぱい、ご褒美、あげるね? ……えっちなことも、恥ずかしいけど、ダイキのためなら、がんばるよ?」

「……」


 ぼそっと俺の耳元で恥ずかしげに、しかしどこか期待を孕んだ声色でルカは囁いた。


 誤解のないように言っておく。

 決してルカの依存気味な性格を口実にして、日常的にふしだらなことを……そんなことは断じてやっていない。


 信じがたい?

 よく考えてほしい。

 俺はビビリである。

 怖いものだけではなく、色事にも耐性がないのだ。

 それこそ漫画のように鼻血を噴出して気絶してしまう。


 それにも関わらずだ。

 まるで「これがこの世界の法則だ」と言わんばかりに、やたらと俺の周囲にはお色気イベントが起こる。

 というか、俺が積極的にモブ男たちによるお色気イベントを潰せば潰すほど、まるでその穴埋めをするように、反動とばかりに、ハプニングの内容は過激になっていくのだった。


 朝起きたらベッドに潜り込んでいたルカの胸を揉みしだいていたり。

 やたらと狭い密室で女の子と二人きりになったり。

 転ぶとなぜかスカートの中に顔を突っ込んでしまったり。

 体勢を崩した女の子を受け止めようとすると、だいたい胸やお尻を鷲掴んでしまったり。

 毎度気をつけているのに着替えや入浴シーンとご対面してしまったり。


 「……あれ? ここお色気要素多めのラブコメ世界だっけ?」と錯覚しそうになるほど、そりゃもうハレンチなイベントが怪異と同じ頻度で発生する。


 役得とか、男の浪漫とか、もうそんなことを言って喜んでもいられない。

 学園の女子たちにはすっかり警戒されるわ、冷たい眼で見られるわで散々だし、そして何より、ぶっちゃけ毎度まいど血が足りないねん。


 恐怖による失神と鼻血噴出による貧血。

 この世界、安息できる暇がいっときも無いのだが……本当に神様は俺に何の恨みがあるのでしょうか?

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