幼馴染は銀髪赤眼の美少女霊能力者
* * *
教室に出現した狐型の異形。
こっくりさん……ルールさえ守れば害は無いと思われがちだが、実は違う。
この手の儀式で降臨するのはだいたいタチの悪い低級霊だ。
こいつらは様々な方法で降霊術を始めた人間を脅かし、最終的に五円玉から指を離させようと誘導する。
つまり……こっくりさんとは始めた時点でアウトなのだ。
異形の眼球が俺をとらえる。
目に付くものはすべてヤツの獲物になるのか。
あるいは、かつてその筋の専門家に言われたとおり俺がヤツらに好かれやすい体質だからなのか。
ヤツはおぞましい奇声を上げて、刃のように鋭く尖った爪を振り下ろしてきた。
「くっ!」
すんでのところで攻撃を躱す。
巨大な彫刻刀で削ったかのような痕が四つ、床に残る。
喰らっていたら、とうぜん即死レベルの一撃である。
前世の貧弱な俺だったら、間違いなく避けることもできず死んでいただろう。
だが今世の俺は、度重なる怪異の脅威から生き残るため日々身体能力を高めてきた。
おかげで、怪異の影響で暴徒と化した人間相手なら一騎でも戦えるほどの実力を得た。
……だが、どれだけ体を鍛えたところで、怪異に対しては何の意味もないが。
ちくしょう。
本当に怪異ってのは理不尽だ。
向こうはこうして物理攻撃ができるのに、何でこっちの拳や蹴りは全部すり抜けるんだよ!
「ふぅ、ふぅ……」
恐怖とプレッシャーで息が荒くなる。
冷や汗が噴き出て、膝がガクガクと震える。
落ち着け、俺の心臓。
これぐらいなら、まだ正気は保っていられるはずだろ?
これまでの人生で、いったい何度怪異と遭遇したと思ってるんだ?
ビビリな性格は、今でも治っちゃいない。
だが幾度もの修羅場をくぐり抜けてきたことで、ある程度の耐性はついた。
少なくとも、こうして怪異を目前にしただけでショック死するようなことはなくなった(不意打ちでたまに気絶することはあるが)。
「はぁ、はぁ……」
だが、それも時間の問題である。
こうして怪異と対峙している間も、俺の理性は徐々に削られていっている。
これは、もう俺の気性だけが原因ではない。
怪異そのものの特性だ。
霊能力者でもない、ただの人間が怪異を見続けるのは危険だ。
ヤツらは、ただそこにいるだけで、例外なく人間の恐怖心を引きずり出す。
どんなに精神力が強い人間だろうと関係ない。
まるで毒が広がるように、人の理性を蝕んでいくのだ。
そして恐怖度の限界値を越えた者は……発狂する。
「い、いやぁ……」
「た、助けて……お母さん……神様……」
教室の隅から、少女たちの怯える声が聞こえる。
明らかに正気を削がれている声色。
マズい。
このままでは俺よりも先に彼女たちが発狂してしまう。
魔除けの数珠とまじない、そして切り札のお札を身につけている俺と、何の装備もない彼女たちでは、理性の削れる速度が違う。
……守らねば。
たとえ怪異相手に戦えなくとも、今は俺が彼女たちを守らなければ。
人が怪異によって軽々と殺されてしまう理不尽な世界。
そんな世界じゃ、自分の命を守るだけでも精一杯だ。
でも、だからって……。
女の子たちを見捨てて自分だけが逃げるワケにはいかないだろ!
「ふぅ、ふぅ……」
幸い、ヤツの視線はいま俺だけに向いている。
このままゆっくり移動して、逃走経路を用意する。
せめて彼女たちだけでも逃がしたい。
……よし、今ならダッシュで教室から抜け出せるはずだ。
「逃げ……」
逃げろ、と少女たちに言おうとして、一瞬だけ意識が怪異から逸れた。
その瞬間を……ヤツは見逃さなかった。
「あ」
削岩機のように尖った無数の牙が眼前に広がる。
まるでグロテスクな花が開花したかのような、真っ赤な
赤、赤、赤。
視界にあるのはその色だけ。
この赤に、いま新鮮な赤が加わろうとしている。
俺の頭蓋ごと噛み砕いて、舞い散る花びらのような血飛沫を上げさせようとしている。
死ぬ。
そう直感した矢先、
「大丈夫」
地獄と化した放課後の教室に、凜として透き通るように柔らかい声が響く。
「あなたは、私が守るから」
眼前に瞬く白い閃光。
【 《こっくりさん》 は 《此処》 では 《行われなかった》 】
光と共に反響する、祝詞のような言葉。
【 《彼女たち》 は 《禁忌》 を 《犯さなかった》 】
それは不思議な声色だった。
人が放つ声とは思えなかった。
だが、決して不気味なものとは感じない。
むしろ、それはまるで天使が祝福の唄を奏でるような。
そんな荘厳な、美しい声だった。
【 《こっくりさん》 は 《在るべき領域》 へ 《還る》 】
それは、人に聞かせるための言葉ではない。
世界そのものに、星そのものに語りかける『
怪異そのものを化かすまじないだ。
因果が捻じ曲がる。
彼女の『言霊』によって、歪んでいた世界が元の姿を取り戻していく気配を、肌で感じる。
シン、と先ほどの喧噪が嘘のような静けさが教室を満たした。
眩しさで反射的に閉じていた目を開けると、そこには見知った銀髪の少女の後ろ姿があった。
異形の気配はすでにない。
まるで幻だったかのように、跡形も無く消えていた。
だが、割れた窓ガラスや床に刻まれた傷跡が、先ほどまでの凄惨な現象を物語っていた。
窓の割れ目から入り込む風が、少女の長く煌びやかな銀髪を揺らしている。
幻想的な光景だった。
少女の後ろ姿は、現実味を感じられないほどに美しかった。
見る者によっては、麗しい少女の霊と思い込むかもしれない。
だが、少女は現実に存在する生きた人間である。
少女が振り向く。
赤い眼が、こちらを見つめる。
鮮やかな血を連想させる瞳……俺にとって恐怖の色。
俺は赤色が怖い。前世のこともあって、本能的に赤色に恐怖を覚えるようになってしまった。
……でも、不思議と少女の瞳だけには恐怖を感じなかった。
なぜなら彼女の瞳には、深い優しさと、意思の強さが宿っているから。
その赤い瞳に見守られている限り、この命は絶対に大丈夫なのだと信じられるから。
俺の身が無事だとわかると、少女は心底安堵した笑みを浮かべて近づいてくる。
「良かった。ダイキが無事で」
少女はそう言うと、俺をぎゅっと抱きしめてきた。
「ぐっ。ちょっ、おい……」
俺は、いつのまにか腰を抜かしていたらしい。
そのため俺の顔が、高さ的にちょうど彼女の胸元辺りの位置に当たってしまう。
ブレザーの上からでも激しく主張する豊かな膨らみ。
……公式設定で、三桁越えサイズの特大バストに顔ごと包まれる。
彼女は恥じらうこともなく、どころかより深く胸の中に俺を導き、頭を撫で始める。
この世で最も大切な存在とばかりに、優しく、慈しみを込めて。
「よしよし。怖かったね? もう大丈夫。ダイキは、私が守ってあげる」
少女はそう毎度恒例の言葉を口にして、赤ん坊をあやすように俺を包み込む。
少女特有の柔らかい感触や、甘く芳しい香りに包まれて、意識が朦朧としていく。
恐怖に支配されていた脳が、一転して安堵に包まれ、自然と少女の温もりに身を委ねていってしまう。
胸元に加わっていく重みに少女は歓喜を覚えたのか「んっ」と悩ましい息づかいを上げながら、抱きしめる力を強める。
「ダイキ……心配しないで? 私が付いている限り、あなたを死なせたりしない。絶対に」
少女は決意を新たに宣言するように、俺の耳元にそう囁いた。
俺がこれまで怪異の魔の手から逃れ、生存できた理由。
それは、いま俺を胸の中に抱きしめている幼馴染の少女……。
物語の主人公である霊能力者の少女、
なんの因果か。
隣家に主役である少女が住んでいたことで、俺はこの世界のことを知り……そして絶望したのである。
転生者特有のチート能力も目覚める様子もない……。
まずい! このままでは死んでしまう!
だから必死の思いだった。
恐怖のあまり。怪異の脅威に怯えるあまり。
俺は、強い霊能力を持つ幼馴染の少女に縋ったのだ。
最初はそんな打算的な、最低な理由で近づいたのだ。
でも……。
一応、原作の知識では知っていた。
ルカが幼少時、その特殊な容姿と能力のせいで周囲から浮き、凄惨なイジメを受けていたことを。
そのせいで彼女はすっかり心を閉ざし、依頼でない限りは人助けをしない孤高の少女になってしまったことを。
彼女が生来の心優しさと正義感を取り戻すのは、怪異事件を通して知り合った少女たちと打ち解け、友情を育むようになってからだ。
そんな少女の過去を知っていながら、当然見過ごせるはずがなかった。
『やーいやーい! この白髪女! ウサギみたいに赤い眼で気持ちわりぃんだよ……イテッ! 何すんだよ黒野!?』
『黙れ! 銀髪赤眼の魅力がわからん愚か者どもめ! ソシャゲだと銀髪はトップクラスに人気の属性なんだぞゴラァ!』
『ぎゃー! ワケわからんけどこえー!』
気づけば当初の目的は頭から消え失せていた。
ただただ幼馴染の女の子が理不尽にイジメられるのが我慢ならなくて、無我夢中だった。
『やーいやーい! この中二病電波デブ女! いっつも何もない場所に話しかけててキモいんだよ……イデエエエエ!? 何すんだよ黒野!? マジで痛いぞ! いや、いったいな本当に!』
『黙れ! 着膨れの見分けもつかん愚か者どもめ! ルカは他の子よりお胸の発育が早熟なだけだ! 数年後に後悔するのはお前だぞ! というか毎度アブねえ存在から俺たちを守ってくれてるルカに礼のひとつでも言わんかゴラァ!』
『ぎゃー! コイツ眼がマジだ! こえー!』
幼いルカは、もともと人々を無条件で怪異から守ってくれる優しい少女だった。
でも一般人にとってはそれが不気味な光景にしか映らず、誰もが彼女を遠ざけた。
ルカがいなければ、危うく命を落としていたにも関わらず……。
そんな少女の孤独を目の当たりにして、俺は自分の浅はかさを恥じた。
俺は、こんな良い子を利用しようとしたのか……。
自分が助かりたいあまりに。
ルカが真に信頼できる友人に出会えるのは、まだまだずっと先の話だ。
それまでは……俺が彼女の理解者にならなければならないと悟った。
『ルカ。俺は、何があってもお前の味方だ』
いまとなっては、虫のいい話かもしれない。
ただルカに知って欲しかった。
ルカは決して孤独じゃない。
ルカの優しさを理解してくれる存在は必ず現れる。
そして俺はルカのそんな優しさを知っている一人だ。
だから、どうか、塞ぎ込まないでほしい。
そんな気持ちを、ルカに伝えた。
『ダイキ……うん、ありがとう』
顔中を涙で濡らす幼いルカは、原作でも滅多に見せない笑顔を浮かべてくれた。
そうして俺たちは周囲から浮きながらも、仲睦まじく過ごし、恐ろしい怪異の脅威を一緒にくぐり抜けてきた。
その結果、ルカは……。
「ダイキ。ずっと一緒。絶対に、死なせないから。もしダイキが死んだら、私……生きていけない」
どういうわけか。
ちょっと重い女の子になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます