銀色の月のルカ
* * *
『銀色の月のルカ』。
俺のようにホラーが苦手な人間でも、タイトルぐらいは耳にしたことはあるだろう。
それぐらい前世の世界ではメジャーなホラー漫画だった。
隣人の友人でオカルトマニアであるヤッちゃんに「本当におもしろいから。絶対に君も嵌まるから。何ならこれでホラーを克服したまえ」と半ば押しつけられる形で読んだので、俺も概要程度なら知っている。
主人公はタイトルにもなっている
彼女はその強い霊能力を見込まれて、毎度毎度秘密組織から怪異関連の依頼を受けたり、または一般人たちからお願いされ、頼もしい友人の少女たちと一緒に怪異に立ち向かっていく。
簡単に説明すればそんなオムニバス形式のホラー漫画である。
……まあ正直怖いシーンなどはちょくちょく飛ばし読みしていたので、肝心な内容はうろ覚えだったりするのだけれど。
だってドッキリなコマが多いんだもの。
不意打ち気味に恐ろしい怪異の顔がアップになるあの演出、本当に勘弁してほしい。
俺の反応を横で笑っていたヤッちゃんも許しがたい。
この作品について俺が知っているのは精々……。
この世界が「何で人間社会が存続してるんだ?」ってレベルで危険な怪異で溢れかえっていること。
結構容赦なくモブキャラが死んでいく過酷な世界だということ。
……そして、やたらと胸の大きい美少女が多いということ。
この作品、ガチめのホラー作品ではあるのだが、同時にお色気要素がかなり強い。
頻繁に女の子のパンチラや着替えや入浴シーンがあるのは当たり前。
そして毎度メインキャラの女の子たちが、怪異や怪異の影響でおかしくなった男たちに襲われて「あんなことやこんなこと」と結構ギリギリまで過激なことをされる。
コミケではその手のシーンをより濃密にした薄い本が毎年多く出たそうだ。大いに納得である。
もっとも、本家のお色気シーンだけでも充分満足のいくクオリティーではあったが。
なにせ女の子たちの体つきがとにかくエッチなのである。
童顔なのに、ウエストはくびれ、腰元は丸く、素晴らしい脚線美を誇る美少女ばかり。
なにより全員、胸がデカイ。すっごくデカイ。巻を重ねるごとにデカく描かれていたような気がする。
きっと作者の趣味に違いない。
良い仕事をしてくれてありがとうございます、先生。
生粋のおっぱい星人である俺は正直、本筋であるホラーシーンはそっちのけで、そういうシーンばっか熟読していた。
なにせ描き込みが凄いのだ。作者はもともと成人向け雑誌でストーリー重視の作品を連載していたらしい。
なので描く線も色使いもとにかく扇情的だ。水着回や入浴シーンのカラーページが掲載された号は即日完売したという。
その上、お話も純粋に面白いというのだから凄い。
作者の高い画力と純粋に面白いストーリーを書ける構成力を見込んで、一般誌にスカウトした編集者は実に慧眼だったと言えよう。
単行本だと謎の光や不自然な湯気も消えていたので、大いに感動したものだ。本筋のホラーはそっちのけにして。
許せヤッちゃん。男とはそういう生き物なんだ。
絵柄だけなら萌えエロ系の作品だと勘違いしてしまうので、表紙に釣られた読者が思いのほか本格的なホラー描写に悲鳴を上げるのがお約束だとか何とか。
一方で少女たちの固い友情に尊さを覚えたり、ときどき箸休めのように挟まれるギャグ回や、思わずホロリとしてしまう感動的な人情話があったりと、単なる怖くてエッチな漫画だけではない側面を持つ。
だからこそ多くの読者に長年支持される作品となったのだろう。
……ただ俺は、あまりの怖さで三巻でギブアップしてしまったので本当にザックリとした概要しか語れないのだが。
なんせ全三十一巻にも及ぶ長期シリーズだ。
ビビリの俺が、さすがにそんな量を読破する勇気はなかった。
でも最終巻で少女たちの胸がどれくらい増量されていたのかだけは確認したかったかもしれない。それだけが無念である。
……そう。俺はこの世界の全貌を把握していない。
それが何を意味するか?
それが今世での俺の名前。
そして、そんな名前を持つ登場人物は少なくとも俺の記憶には無い。
俺が読んでいない後半の巻に登場するのかもしれないが……主要人物のほとんどが女性キャラで構成されている作品だから、その可能性は低いだろう。
すなわち……。
俺は、いつ怪異に襲われて命を失ってもおかしくないモブとして生まれてしまったということだ!
しかも転生者にとって本来ならアドバンテージとなるはずの原作知識も中途半端という状態!
……いや、これ絶対にどっかで死ぬじゃん俺!?
だってこの世界には日常的に死亡フラグが溢れているんだぞ!?
呪いの人形! もちろんある! というか幼稚園のとき遭遇した! 何度捨てても戻ってきてベッドの中に潜り込むのやめてくれ!
一週間以内に誰かに手紙を送らないと死ぬ不幸の手紙! もちろん小学生のとき受け取った! しかもネタじゃないガチのやつな!?
決して出てはいけない死の電話! 中学時代に何度もかかってきてノイローゼになったわ!
超有名なメリーさんもいろんなパターンがあった。
電話だけでなくSNSや動画配信を駆使するなど、怪異も時代に合わせて先進的になっていくようだった。こんちくしょうめ。
メリーさんに関しては「もしや前世で流行っていた萌え系寄りのキュートなヤツなんじゃね?」と期待していたけど……普通にどいつもこいつも怖い系統だったね! 世の中甘くねーや! 「いま、あなたの布団の中にいるの」とか心臓止まるかと思ったよ!
あと一番イヤなのは「話を聞いただけで、その怪異が聞いた人間のもとに現れる」とかいう、あの類いのヤツな!?
噂話を聞いただけでアウトとか勘弁してほしい。
三日以内に同じ話を三人にしないといけないとか、寝床に特定のアイテムを置かないと足を切断されるとか、中にはそもそも対策不可能で、向こうが飽きるまで振り回されるのもあったりと本当にタチが悪い。
もし同じ系統の噂話をふたつ以上聞いてたらどうなると思ってんだ? 「怪異には怪異をぶつけんだよ」のオンパレードになってしまうではないか。
そして実際、起こったよ!
一カ所に集った怪異同士がまさかあんな現象を引き起こすだなんて……あのときばかりは本当にダメだと思った。
こんな具合に今世での俺の生活は常に死と隣り合わせだった。
ぶっちゃけ異世界ファンタジーよりも過酷だ。
よく無事にこうして高校生になるまで生きてこれたと思う。
……いや、本当に何でよりにもよってこんな世界に転生させたのですか神様?
自分で言うのもなんだが、前世の俺は非行には走らず謙虚に慎ましく生きてきた。
なのに……。
俺がいったい何をしたというんだ!?
とはいえ、悪運ばかりというわけでもなかった。
絶望的な世界の中にも、一縷の希望があった。
そもそも怪異に対して非力な一般人でしかない俺が、なぜこうして無事でいられたか?
それは……。
お隣の家に彼女が住んでいたからだ。
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