一樹との出会い

「ふわぁ…」

宇野と友達?になった次の日の朝。通学路を私は眠気まなこで歩いていた。

(うぅ、調子のってpv見すぎた…)

目を擦ったことろに、最悪の見慣れた姿が見えた。

「うげ」

元カレだ。

そして隣には細く儚く可愛らしい私と真反対の背中が隣を歩いていた。

(最悪…道変えようかな…)

私は気づかれないように息を潜めながら反対側の歩道に移動する。

反対歩道に着いて、少し安心して歩き始める。元彼が視界に入り、自然とその隣を歩いている彼女の目に入る。

見られている。

彼女に。

「っ!」

背中がゾッとして思わずそちらを見ると、彼女とバッチリ目があった。儚く青い雰囲気を纏った彼女に私は思わず目がかなせない。離したら、何かある。

彼女に目を奪われていると、私と彼女の間に元彼が間に入り、私を睨みつける。

「彩!何見てんだ!」

元カレの声にハッとして、私も元彼を睨み返す。

「別に!!」

私は逃げるように学校に向かう。

教室、一番後ろの窓際の席。それが私の席だ。その左隣に座っているのは昨日友達(ニャットフレンド)なった、宇野くんだいつのもの様に文庫本を開いて何や何かを読んでいる。唯一違うのは私が怠く話しかけていること。

「宇野さーニャットの第一声が『話しかけてくんな』はないでしょ〜泣くよ?私」

「…」

「はー、今日さーマジ最悪なんだけどさー来る時元カレとその彼女にあってさーマジしんどかったー」

「…」

「てか何で逆方向のあいつがいんのー?マジでっやなんだけどー」

「…」

「何で私あいつと付き合ったのかなー。タイムスリップしてあの時の自分に聞いてみたいわー」

「…」

「あ、止めたほうがいいかー」

「…」

「宇野ー何読んでんのー?」

「…」

「ラノベ?」

「…」

「図鑑?」

「…」

「あ、参考書とか!」

「…チッ」

宇野はブックカバーの中からほんの帯をを出して私に渡してくる。

「どれどれ…え!」

渡された帯は最近流行っている漫画の小説版だった。何だったら小学生向けだ。

「…」

「ま、まさか、今まで難しい本だと思ってたやつって、全部こんな感じなの?今まで本読んでる自分かっこいいと思ってるような、昔の私みたいな感じなの!?」

同情が入った目をを向けると呆れたような声が返ってきた。

「なわけ。何が難しい本か知らないが、そんな下らない理由で本を読んでねぇよ」

宇野はそういうと本を閉じて私の手から帯を奪うと、別の本を出した。読み終わったようにブックカバーを外すと、今度は道化の華と書かれた小説を取り出して、ブックカバーをつける。

「…」

「…」

また宇野は本を開く。

私はその横顔を机に突っ伏した状態で見る。

私の推し、一樹くんと同じ綺麗な横顔。顔の造形はこんなにも似ているのに、雰囲気は全然似ていない。

(不思議〜。でも推しと顔同じだから悩みとぶわ〜ウヘヘ)

「満月」

「ん?」

「視線がうるさい」

「サーセン」

宇野は本を開いた状態から全く動かない。一瞬だけ私をを見て本に戻す。

「満月、お前がこんな朝早くからいるの珍しいな」

「んへへ。早起きなもので」

眠い。私の今の状態はほぼ徹夜に近い。完全に眠い。ちょー眠い!

「あっそ」

「うん…」

意識が虚になった瞬間、一気に目が覚める優しい声。

「おっはよーーーーーー!ってあれ?彩、寝てる?」

「んえ?あ、マリちゃんおっはー。チャっす」

「おっはー!またPV見過ぎて徹夜?」

「うん。それとゲームの周回…」

「おお、しっかりしてるね…」

呆れながらマリちゃんは私の前の席に座る。その時綺麗なボブヘアーが揺れて、髪上げた髪からかわいらしい耳が露わになる。のこ仕草で何人の人間が落ちてきたんだろう…。

「そうそう聞いてよ〜行き道に元カレとあってさーその時今カノもいてさー」

「おー災難だったね」

「されだけならいいんだけどさー。その今カノがもの凄く怖くてさー」

「ほう…」

「ビビって走って来た」

「あーね…」

マリは少し生半可な感じの返事しかせず、廊下の方を睨んでいた。

「どうしたの?」

「…いや、別に。そういえばさ、あのクソの今カノって中野さんだよね?」

「ん?うん。今カノっていうかズッカノ」

(浮気相手私らしかったのでね…つら)

と自分で地雷を踏んだ。

「ドンマイ…そうだ!昨日、お母さんがケーキアップルパイ焼いたから来る?」

「まじ!行く行く!」

マリのお母さんの作ったケーキは本当に絶品だ。ちょっと前にタルトケーキをもらったが、あまりの美味しさにデパ地下の物だと勘違いしたくらいだ。

「じゃ、連絡しとく。宇野は?行く?」

「は?」

いきなり話を振られた宇野が驚いた顔で私たちを見る。

「ケーキ、ウチに食べにくる?」

「………遠慮しとく」

「あっそ」

私が宇野に

「甘いの苦手?」

「…」

「え!無視!」

と時計を見るとそろそろホームルームが始まる時間になっていた。クラスの人が来ていた事に気づき、入ってきたおじいちゃん先生に目が行く。「では、時間ですのでホームルームを始めます」と日直の号令で始まる。

本をしまう宇野を横目に見て私は思った。

(甘いもの好きなのかな)

ーーーーーーーー

「と、思うんだけど、どう?」

「はぁ?」

放課後、マリの家でマリのお母さんが焼いた最高に美味しいアップルパイを食べながら、話していた。

「宇野は実は食べかったんじゃないのかなってこと!」

「それはわかるんだけどさ、どうしたの?」

「いや、そう思って!」

「あっそ…」

マリは目を細めて少しニヤリとした。そしてわざとらしく、

「彩ってさーここ最近ずっと宇野くんのことばっかりだよねー、もしかして惚れた?」

「は?誰を?」

「いや、宇野くんだよ宇野くん。そういえば!同じクラスになった時からずっとだよねー」

と楽しそうに私をからかってくる。

「えー、きっと違うよ。だって私、あいつのこと推しとしか思ってないもん」

「?、それは…一樹くんとして見てるってこと?」

「いや、宇野として。宇野の顔が好きだからずっと推しだよ」

そう、きっと違う。私の宇野に対する好きや気になるって感情か確実に違う。推しとしての好きだ。仮にこれが恋愛的なものだと推しても、人付き合いを嫌っている宇野には迷惑な話だろうし。私も今はこれだけ冷静になれている。だからきっと違う。


私は、彼を推しているのであって愛していない。


推し活で恋愛の好きと愛でる愛情を一番、勘違いしちゃいけない。


「あーそういう」

マリは訝しげな目で私を見る。

「な、何」

「いやー別に?ねぇねぇ、彩ってさ、まだ元カレのこと引きずってるの?」

「………」

「引きずってるんだ…」

「あいつの事はシヌホドキライダケドネ」

「じゃなんで?」

「なんかさ、いやね?元カレがまだ好きとかならね?こう、いい感じに理由になると思うんだよ。でもさ…なんかさ!あんな奴に惚れた自分に悲しくって!自分の見る目がなさすぎて泣けてきた…」

「あー、ね?まだその段階だったのか…」

「なんだよ!悪かったね!ウブで!」

「あ、もしかして、お初めてとか捧げてたり…」

「するか!気持ち悪い!少なくともあいつとはやらん!きもい!うわああああん!何で私あいつと付き合ったんだー!うう…」

「ギャン泣きじゃん」

「ギャン泣きだよ!大体なんだよ!遊びだったって!私の純粋がー!初々しい初恋がー!」

「もしかして初めてとかに固執するタイプ?」

「違うわ!いや、そうなのかなーもーなんか分かんなくなってきたー」

マリのベットの端に寄りかかる。

「恋多き乙女は大変だねー」

「多くない!」

ぎゃーぎゃー言う私を楽しそうにマリは見つめる。

「まぁ困ったことがあったら私に相談しなよ。聞くぐらいしか出来ないけど、ヒントになるかもしれないよ〜」

「乙女ゲーの好感度確認キャラみたいな事言うじゃん」

「そうともいう〜」

「何それ〜」

と、くだらないことで笑い合う。楽しい時間はあっという間にすぎて行くものであっという間に帰る時間になってしまった。マリに玄関で送ってもらい、私はすっかり日が落ちた六月の道を小走りで歩いていた。母親に遅くなる連絡はして居るとはいえ、ご飯が冷めてしまう。

「うぎゃ!」

角を曲がった瞬間勢い良く誰かにぶつかって、倒れる寸前に腕を掴まれる。

「大丈夫か………って、げ」

と、聞き覚えのある冷たく低い声。顔を上げると、見覚えのあるつり目。

「宇野!げって何よ!酷い!」

「はいはい」

宇野はそう言って私を立たせる。骨張った大きな手が私の脇腹を掴んで宇野に向き合うような体制になる。私より身長が高い宇野との距離が近くなる。

(意外と筋肉あるんだ…って何ドキッとしてるんだ私!)

「ありがと…」

「別に。気おつけろよ。そそっかしい」

「はい…ん?宇野って家こっち?」

「嗚呼、この辺だけど」

「私もこの辺」

ん?

「途中までだったら送ってく」

「まじ!ジェントルマンじゃん!」

「俺以外にぶつかったら迷惑だろ」

「う。確かに」

待て待て?

宇野の隣を歩く。私は中が忙しく働く。自然と鼓動が早くなって、頬に熱が貯まる。

「ねぇ、思ったんだけどさ」

だって、宇野がこの辺なのだとしたら…

「宇野」

私は宇野の服の袖を摘んで宇野に顔を近づける。自分の目が熱を帯びて、吐き出す息が熱い。

「みち…つ…き?」

この辺なのだとしたら…

「私、近所に推しが居たって事になるよね?」

「……は?」

「だってそうじゃない⁈ライブ行くより下手したら近くに居たかもでしょ!それヤバくない!そう考えたら心臓爆発しそう!」

ハイテンションになっていたら、宇野の後ろから同じ背丈の影が忍び寄って来ていた。

「はぁ。かも、じゃなくて」

「居ちゃうんだよね〜!」

サングラグラスに地味めの服装の変装。いや、完全に着こなしているから変装とも呼べない。ホリド活動が始まってから三年間、毎日欠かさず見ている顔。毎日欠かさず聞いている声。

宇野に後ろから飛びつく人懐っこいかっこかわいいイケメン。

尊い。これ以外の語彙全て消えた。

「一樹くん…」

絡むように宇野の方に手を回し、カッコつけるように私に向かってカッコ付けたポーズを取る一樹くん。

「ヤッホー。君よくライブ来てくれる子だよね?弟の友達?よろしくー」

「からむな。一樹」

と振り払う宇野。ため息まじりに私を見てギョッとした顔をする。

「ぐず…」

私は脳の処理がつかなくて、ヤヴァイ。滝のように涙が出てきて私も何で泣いているのか解らなくなって一樹くんを振り払った宇野にしがみつくしかできない。

「満月?何で泣いて…」

「うのぉ、わたしぃ、ぐず、何で泣いてるのぉ?」

「知るか」

「今、ぐず、わたしぃ…ぐず…生きてる?」

「生きてる生きてる」

「う、うーぐずっ」

「より泣くな!」

宇野に後ろに隠れて一樹くんを見る。ニコリと私に微笑みかける。無邪気な笑顔が太陽より眩しく私は一瞬で浄化された。

「ふげぇ…」

腰が抜けた

「おい!」

地面に座り込む直前に宇野が支えてくれた。

「こ、腰、腰抜けた…お前の兄は最強なの?いち笑みで腰抜けた!兵器か⁈」

「あぁ、うん」

立膝から立とうと足を動かそうとしたら、力が入らない。

「う、宇野…」

「何だ」

「足が動かん…助けて…」

「はぁ!」

「しょうがないじゃん!動かないんだもん!」

宇野は頭を抱え、一樹くんに冷たい視線を向けて

「一樹、先帰ってろ」

「えー!零夜の話聞き…」

「お前が居たらコイツが立てねぇんだよ。さっさと行け」

「ひどーまぁいっか。じゃあ先帰ってるね」

一樹くんはパラパラ手を振って去っていった。

「た、太陽みたいな人だった…」

「トラブルメーカーの間違いだろ」

「そうなの?」

「嗚呼」

宇野は私の脇に頭を潜らせて立ち上がらせる。

(あ、お姫様抱っことかじゃないのね…)

少ししょぼんとしてしまった。

「何で落ち込んでるんだよ」

「いや、お姫様抱っこが良かったなーって思った」

「わがままだな。支えてもらってるのに」

「酔っ払いみたいじゃん。今の私」

「…」

宇野は膨れる私を驚いた顔で見ていた。

「な、何」

「いや、コロコロ表情が変わるなと思ってな」

「お、おう」

「ほら行くぞ酔っぱらい」

歩き始める。

「酔っ払ってない!」

と二、三度ポカポカ殴った。

「どうだが」

そういう宇野の声は低くはあっても冷たくはなかった。

少しは宇野と仲良くなれてるのかな?

そう思っている私の頬もきっと緩んでいた。


・・・


腰が抜けて歩けなくなった満月を家まで送り届け、俺は家に帰った。

「…はぁ、疲れた…」

玄関のドアを開けると、一樹が二階から降りたところだった。

「おう、遅かったな」

優男のように壁に寄りかか一樹。

「嗚呼。お前のせいでな」

靴を脱いで、玄関の床を見ると両親の靴があった。

「あの人達に顔出しとく?」

固まった俺を見て察したのか、一樹はくだらないことを聞いてきた。

「…いや、いい。見せても意味ないだろ」

「そういえば、あのライブにいた子、彼女〜?」

悪戯っ子の様にやけた一樹の足を踏む。

「彼女じゃない」

「友達?」

「違う。付き纏ってる奴…でもアイツは俺とと言うより、お前に近づきたいだけだろ」

「えー?零夜とおした俺のストーカー?」

「断じて違う」

「じゃあなんなんだよ」

「さあな」

二階に上ろうとしたとき

「零夜」

低くかすれた声に体が硬った。それと同時に胸の内側がざわついて苛立ちか何かが体に溜まる。

「何ですか?」

父親は珈琲だかお茶だかををすすった音。

「成績は」

新聞だかをめくった音。

「…普通です。あなたが気に留めることはありません」

「そうか」

「はい」

俺の視界には階段のブラウン一色だ。

「人と話す時は顔を向けたらどうだ?対話は基本だぞ」

「そうですねすみません。失礼します」

俺は階段から視線を逸らさず、階段を駆け上がる。

「何だアイツは」

父親の苛立った声

「お父さん、零夜は反抗期なんですよ。私たちは家にいないから実感が湧かないだけで…」

母親のお節介な声

「たまに帰って来る親に労わりを見せるべきだろう」

「あらあら、いっくんみたいに稼いでるわけじゃないんだしね…」

あの二人の会話は好きじゃない。ドアを閉めても聞こえてくる。

「零夜、お前は、あの人たち好きか?」

いつものアイドルの声ではなく、素の一樹の低い声。この時の一樹の声は俺より低い。閉まっているドアにもたれかかる。多分一樹もそうしてる。

「…」

「俺は?」

「…。知らない」

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