第3話冷たい優しさ

「ま、待って!ちょっと!どこ行くの?!駅そっちじゃ…」

私は宇野に引っ張られて一回会場裏手に入って行く。

「人が引くまで少しここにいるぞ」

と裏手の出入口付近の花壇に腰掛けた。

(こんな空いてるところがあったんだ…はっ!じゃなくて!)

カバンをあさって絆創膏が入っている缶を開けたら、二枚しか入っていなかった。

(…まぁ、いっか。血は最悪洗えばいい)

全然良くない。下手に貼ると痛みが増す。どうしようか悩んでいると、宇野が

「絆創膏ねぇの?」

「う、無いことは無い…足りないけど…」

「はぁ、足かせ」

「うえ?!?!」

宇野は私の足を自分の膝に乗せ、手当し始める。「あわ%〆¥\^|+×+|¥$€¥%!!」

「何語?」

「な、何をしているのかな?!『冷たい令嬢』がそういうことするのは解釈違いだ!」

「うるせぇなオタク。つかクソみたいな呼び名やめろ」

しかもちゃんと救急セットからガーゼを出している。

「なんでそんなガッツリ装備?!」

「あ?だいたい持ち歩いてるぞ」

「女子力とかそんな範囲じゃないね!凄いね!!」

「別に」

「いやいや、救急隊員ぐらいよ?包帯とかガーゼとか薬もってるの!!てか薬ありがとね!すごい効くね!もう痛くないよ!」

「それは靴脱いだからだ」

「あ、はい…」

手当が終わって宇野は隣に腰かける。

「ねぇ、宇野。なんでホリドのイベントに来たの?」

「あ?」

「いや、だってそうじゃん?教室でホリドのファイルみて凄い辛辣なこと言ってたし……思い出したら腹たって来たな…」

「情緒…大した理由はねぇよ」

「えー絶対大した理由だよ。だって今八時だよ?私たちが住んでる街まで電車で二時間はかかるよ。家に着いたら十時だよ?親、心配しないの?」

宇野は私を一瞬見て、すぐに前の道路に視線を戻す。

「心配しない」

「うそだー」

「嘘じゃぇよ。家帰っても誰も居ない。俺が帰ってきてる事すら知らないのに、どう心配すんだよ」

「え?」

咄嗟に顔を見る。宇野の横顔は寂しそうで、悲しそうで泣いている様に見えた。か涙なんて出てないけど。通り過ぎる車のライトに照らされる姿が綺麗に思ってしまった。

本当に、寂しそうにする宇野が綺麗だと思った。

それと同じくくらい腹が立った。

「それに親も会場にいる。でも一緒に帰らない。あの人達は兄貴のそばに居た方がいいんだ。俺もそう思う」

「…」

「俺がここに居るのも親の忘れもん届けに来ただけだしな。俺の顔見たしあの人達は満足しただろ」

あの人達…両親じゃなくて、あの人達。何それ、それじゃあまるで、他人みたいじゃないか。

「さ、寂しくないの?それ」

「寂しい?何でだ?」

「何でって…家に帰って、誰も居なかったら、寂しいじゃん。おかえりっていう人がいないんだよ?」

「おかえり…言われたことも言ったこともないな」

自分の目頭が熱い。アイシャドウのせいなのか目がしばしばする。

いや、私は今、泣きそうなんだ。

涙が出そうなんだ。

鼻が熱い。誤魔化せそうにない。

「……ぐず…」

「は?な、何で泣いて…」

「゛な゛いで゛な゛い!」

「泣いてるだろ」

「泣いてない!ぜんぜん!」

「今のどこで泣くんだよ…」

と、宇野は大きなため息をつく。宇野の言う通りだ。宇野にとっては、はた迷惑でお節介な感情だ。でも、悲しくなるよ。

「なぁ」

「何?」

零夜は私をじっと見て言った。

「メイク完全に崩れて、ホラー映画になってるけど」

「…え?」

「…」

零夜は文庫本を取り出して読み始める。

私は数秒停止した。

なぜ、私は悪口を言われた?なぜ…?・・・。

(あ"ン?)

「あんたねぇ!そういところほんとどうなの!泣いてんだから気使いなさいよ!やっぱお前嫌いだ!」

「あっそ」

私は怒りと恥ずかしさでその場にいたくなくて急いで靴を履いた。

「じゃあね!ありがとう!!べ〜!」

行動と言葉が全くあっていないことをした。

「はぁ?」

「フン!」

(あー恥ずかしい!こんななんならマスカラ薄めにぬっておけば良かった。宇野腹立つ〜!一言多い!)

私は苛立ったまま帰っていく


・・・


取り残された零夜はクエスチョンマークを浮かべて、文庫本に目を戻した。

「おい〜今のはないって〜!」

元気な声と共に甘い香りさっきまで会場に響いていた声が聞こえ後ろを振り返る。

汗だくの体に煌びやかな衣装の上から大きめのライブTシャツを着て、おまじゅうを食べている。

「一樹。いたなら声掛けてやれよ」

「いや〜ライブ終わりにファンと会うのは楽屋だけだからね」

「あっそ。はい」

俺は持ってきた紙袋を一樹に渡し立ち上がる。

「わ〜ほんとに持ってきてくれたんだー!!ありがとぉ〜!!」

「二度とこんなパシリすんじゃねぇ」

「え〜?あ、もしかしてさっきの女の子が関係してたり…?あの子ホリド好きだもんねー!!僕に取られたくないか〜そっかそっか〜」

「うぜぇ」

「あ!僕の事使っていいよ?アイドルの弟なんて最高のハンデじゃん?」

「は?最悪のハンデの間違いだろ……お前の弟ってバレない為にどれだけ苦労してると…」

「ん〜?なんか言った?」

「なんにも。ともかく、二度とライブ会場に俺をよこすな。死ぬほど間違われて面倒臭い」

「あ〜、さっきSNS見たけど、零夜っぽいのが沢山呟かれてたよー」

「チッ最悪」

「舌打ちしないの〜」

「帰る」

「えーもう少し居たら?」

「いい」

一樹は零夜の腕をつかみ引き寄せ、肩を組む。そして上からスマホで二人を写しシャッター音がなる。

零夜は一樹の足を蹴って、段差を一段降りる。

「俺はお前が嫌いだ。これだけ言っても伝わんねぇの?馬鹿なの?」

零夜は一樹を睨みつけ、一樹は見下す様に睨み返す。

「俺はお前の方が馬鹿だと思うぞ?バーカ」

一樹は自分の頬をひっぱってばかをする様に下を出す。どこか媚びている様な、見下しているような一樹流のあっかんべーの仕方。

「チッ。腹黒が」

零夜は吐き捨てるように言って、歩き始める。

「本当…自分に自信がないのな。零夜」

「…っ」

(誰のせいだ)

した唇を噛んで言いたい言葉を押し殺す。腹のそこから湧き上がる感覚を押さえつける。苛立ちからか、自然と足が早くなっていく。

ーーー

「あーもう!腹立つ!」

零夜の手当てのおかげで難なく帰ることができた。めっちゃありがたい。

でも、でも!ムカつくーー!なんだかあいつが凄くムカつくー!

ベットの上でのたうち回る。

「〜〜〜っ!モゥ!」

目の前で泣いた恥ずかしさとその後の宇野の言葉にじっとできない。クッションに顔を埋めて、忘れたくても一生の後悔になった気がして感情か苛立ちに変わっていく。

死にたくなるくらい恥ずいし、イラつくけど、宇野のことを知れた嬉しさが何処かある。そして友達になりたい気持ちがより沸々浮かび上がっている。それがなおイラつく。

「〜〜〜〜っ!〜〜〜っ!!!!ぷっあ!」

イライラしながらも、一樹くんのsnsを確認する。今日撮っていた写真が投稿されていた。その中に、一樹くんと深く黒いキャップを被った男の子の写真。この写真だけ別投稿にされていて、投稿欄には『弟が来てくれた〜!ありがとう!(^O^)』と書いてあった。

きゃっぷの端から漏れる髪やかぶっているキャップが零夜のものだ。

嘘やん…

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