玉座奪取式しりとり③
ザラス・バレッドが主催した懇親会。
そこに出席したアルベス子爵家の次男坊───ヒューマ・アルベスは一人ドアの前で唸っていた。
「うーん……これは」
何度か扉を潜っていると、現れたのは大きさも変わらぬただの扉。
ただ違うのは、色が赤、入ってきた扉に加えてもう一つ……更に壁にもう一つ、目の前にもう一つと三つあることだ。
加えて、赤い扉には『ろ』と、大きく分かりやすいように彫られていることだろう。
「ルールの流れに沿うなら、『ろ』で終わる言葉が関係しているんだろうけど」
無視して進みたいのは山々だが、しっかりとこの扉だけ鍵がかかっている。
この
となると、考えられるのは交換を使って『ろ』の扉を自分の所有にするしかなくなる。
ただ、問題なのが───
「この扉を手に入れた瞬間に俺が『物』を所持していない扱いになるかどうかなんだよなぁ」
しりとり形式で『物』を交換していった場合、参加者がこのルールに当て嵌まることはほとんどない。
余程脆い『物』を手に入れ、壊してしまった場合にのみだ。
その場合にのみ適応されるルールを、果たして組み込む必要はあるのか? わざわざこんなにシンプルなルールにしているのに。
「けど、あからさまにこの扉が怪しいし……」
誰かが先に進むのを待つという選択肢もある。
だが、これは玉座に座った者が勝つというある意味椅子取りゲームだ。
悠長に他の参加者の動向を確認して進めていったところで、果たして勝てるのだろうか?
「取り巻きの一人として、ここで勝たなきゃザラス様に何を言われることか」
リスクとメリット。
その天秤がヒューマの脳内でせめぎ合う。
少しの時間が経ち───ヒューマは踵を返して棚の方へと向かっていった。
「仕方ない、安全思考の合理主義って負ける相場ができてるしね」
ヒューマが持っているのは初めに与えられた『紙幣』。
それを棚に置いてある『石ころ』と交換していく。
こうしてきっちり『ろ』で終わる『物』が置いてあるということはやはり文字に関係しているのだろうと、ヒューマは感じる。
『石ころ』を手に入れたヒューマは再び扉の前へと戻る。
そして、持った『石ころ』を扉に当てると、淡く白い光が扉を包み、『石ころ』が姿を消す。
すると、今度は目の前と扉が音を立ててヒューマの横へと転がった。
「よしっ!」
体が仮想空間から消えていない。
となるとルールに抵触したわけではないということだ。
鍵がかかっており、所有したことで扉が自分の横へと現れている。
つまり、まだ誰もこの先には進んでいないということ。
これで誰よりも先に勝利へと近づいたのだ。
だが───
「やった、俺が一番乗r」
ガごッ! と。
「……ァ?」
突然、脳天に重い衝撃が襲いかかった。
『ご、ごめんね? これも勝負だから……』
そんな言葉がヒューマの耳に届く。
しかし、それっきりだ。
ゆっくりと、ヒューマの意識が暗転していく。
♦️♦️♦️
「い、いいのかなぁ? なんかすっごい漁夫の利感が凄いけど」
光と共に消えていく体を眺めながら、槍を抱えたカルラは戸惑う。
「お優しいですね、カルラは。こういう時は油断している方が悪いのだと開き直ればいいんですよ」
赤い扉ではない扉からソフィアがドレスを揺らしながら姿を現す。
その姿を見ても、カルラは釈然としない様子を見せた。
「で、でもですね? なんか頑張った人を冒涜しているような感じがしなくもないような……」
「しかし、それだと私達のどちらかは確実にこの先苦労することになりますよ?」
「えーっと……?」
「見てください、その扉を」
ソフィアに促されるまま、カルラは地面に投げられた扉を見る。
しかし、見ても扉は扉。色が違うこと以外には特になんの変化も異変も違和感もない。
「その扉は問題なく交換対象となるようです。壁から取り外されたのがその証拠でしょう。しかし、あのような重たいものを持ってこれからの
「……あっ」
「持っていくのは構いませんが、それだと他の参加者から狙われるいい的です。逆に持っていかず、誰かがこの扉を交換したとしたら……『物』が消え、敗北してしまうことになるでしょう」
今までカルラ達が交換してきた『物』はあくまで持ち運びができるものだ。
初めに与えられたのもそのようなサイズであり、そもそも今後交換する可能性があるからそれを選んでいた。
しかし、持ち運びに苦労する『物』を選んでしまえばどうなるのか? 殺し合うことに抵抗のないこの空間では蹴落とされるいい的だ。
置いていこうにも、誰かが扉を交換対象にしてしまえば消えて負けてしまう。
加えて、仮に次も同じような扉を見つけてしまった場合、交換して先に進むことができなくなる。
そのため、この扉を先に開ける選択肢などデメリットが多すぎて取れるわけもなかったのだ。
「ですので、私達がその扉を開ける選択肢は作りたくありませんでした。傍観していたのはそのためです」
「凄い……そこまで読んでいたんですか?」
「あくまで可能性ということですよ、カルラ。初めて見るものでしたし、警戒して損はありません」
ソフィアはカルラの横を通り過ぎ、穴の空いた空間の先を歩いていく。
「……あれ? でもそれだったら、別にあの人を倒さなくてもよかったような?」
誰かが先に開けるのを確認してあとを追えばいい。
納得こそしたものの、よくよく考えれば倒す必要などどこにもなかった。
そんな疑問を抱いていると、ソフィアは振り返り口元に人差し指を当てる。
「蹴落とした方が、ライバルが少なくなるでしょう?」
「……だんだん私の平和主義が崩れていきそうなんだよ」
まぁ、今まで自分もしてきたけど、と。
カルラは苦笑いを浮かべながら再びソフィアの横へと並んだ。
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