バレッド伯爵家懇親会
「ロキ・バレッド。バレッドの次男坊で年齢は俺達よりも少し上。好きな食べ物はカレー、好きな女性のタイプは寡黙な人……みたいですね」
絢爛なるシャンデリアの下にて。
サクは燕尾服を身に纏いながらメモ書きされた紙に目を通していた。
あれから数十日が経ち―――本日、バレッド伯爵家が行う懇親会の日。
日頃お世話になっている知り合いや親しい貴族を集め、一時の団欒を設けるために開かれたパーティーだ。
会場には流石伯爵家というべきか、多くの人間が詰め寄せており、もちろん中心には主催者であるザラスとロキの姿があった。賑やかな喧噪が隅っこにいるサク達の耳にも聞こえてくる。
とはいえ、それはあくまで名目というか建前。
本当の目的はカルラとの
「……ねぇ、事前に情報を集めてくれたのはいいけど、なんで好きな女性のタイプまで知ってるの?」
アメジスト色の艶やかなドレスを身に纏ったカルラが小さなジト目をサクに向ける。
着飾っているからか、そもそもの元がいいからか。目を細めてちびちびと飲み物を飲む姿は可愛らしいの一言だ。
「ば、ばっか! そんなのこの弟までお嬢のことを狙っていないか調べないと俺が不安になるからに決まってるじゃないですか!?」
「まさかのメンタル問題!?」
ライバルは少ない方がいい。
好きな女性がいる男性なら誰しも考える当たり前のことだった。
「そういえばお嬢、俺を見て何かを思いませんか?」
サクはカルラに尋ねる。
いつもと変わらない燕尾服。ただ一つ違うのは、赤紫の花を手に持っていることであった。
「特に何も」
「酷いっ!」
特にご指摘はないようだ。
「せっかくお嬢に似合いそうな珍しい花があったから摘んできたのに!」
「へぇー……それって『ベニューカ』の花?」
「はい、南の寒い地域にしか咲かない花なんですけど、何故かここの庭園にあって」
カルラは興味を惹かれたのか、サクの持っている『ベニューカ』の花を見つめる。
確かに『ベニューカ』の花は珍しい。極寒の地域にしか咲かず、出回ることなどほとんどないからだ。
「い、いやいや確かに珍しいけど、そんなことより今は
「……はーい」
お嬢に似合いそうなんだけどなぁ、と。
しょんぼりした様子でサクはポケットにしまった。
その姿を見てカルラは―――
(似合うのかなぁ? サクくんがそういうんだったら、ちょっとほしいかも……って、そうじゃないよ!)
カルラは頭をブンブンと思い切り振る。
集中しなければいけないはずなのに、ちょっと嬉しいと思ってしまった。
「っていうか、なんでロキ様を調べてるの? あのザラスって豚じゃなくて……」
「お嬢、口」
お口が一部悪くなっていらっしゃるのだが、カルラは首を傾げる。
どうやら自分は悪いことは何一つ言っていないと思っているらしい。
よほど毛嫌いしているのだと分かる一幕だ。
「いやいや、流石にロキ様の方を調べるでしょ。だって今回の
「あ、そっか」
「……幸先不安な匂いが鼻に漂い始めました」
ごほんっ、と。サクは一つ咳払いをする。
「それで、肝心なロキ様の
「ふぇっ? どういうこと?」
「えーっとですね、それは―――」
サクがメモ書きに目を通しながら口を開こうとすると、二人の目の前に一人の人影が現れた。
ミスリルのような長い銀髪と反するようなスカーレット色の淡いドレス。
加えて、溢れ出るような気品とお淑やかな笑みが一瞬だけカルラとサクの目を奪った。
「ロキ様は今まで
「あ、ソフィア様。挨拶周りはいいんですか?」
「挨拶周りというか、挨拶されていただけですけどね。少し逃げてきました」
侯爵令嬢は多忙のようだ。
隅っこにいるだけで誰も話しかけてこないカルラとは大違い。
家督の強さと本人の人気度が差を見せつけている。
「そ、それでソフィア様……ロキ様が参加したことがないって―――」
「言葉通りの意味ですよ、カルラ。ロキ様はこれまで一度も
主催者として
ただ、それだと
カルラが今まで苦手な
そのような側面があるため、
今のご時世、どんな貴族でも参加しているというのに。
「だからめぼしいデータがないんですよねぇ。少しでも傾向とか分かればお嬢にとって楽だったんですけど」
「あれ? 私限定?」
「だって俺、知らなくても勝てますし」
「私も同じ意見です」
「これだから頭のいい人はマウントばっかり取ってくるッッッ!!!」
自信満々に言い放つ二人を見て、カルラは思わず頬を脹らませる。
その顔も可愛いなと思ったのは内緒である。
「というわけですので、カルラも気をつけてくださいね」
「ふぇ?」
「参加していないから強くない……そう思うのは偏見ですから」
周囲が嘯くように弱いのか、単に実力を隠しているのか。
それは実際に
油断は足元をすくわれる最もたる原因だ。
ましてや裏に決闘が隠れているのだから、一つの失敗が人生の命取りになりかねない。
「今回はカルラ側につきますが、だからといって油断するのはよろしくありません。あぁ、もちろん私は本気で挑みますよ? ここで勝てばサクにリベンジできますからね」
「……私の心配はしてくれないんだぁ」
「はて、心配……ですか?」
ソフィアは首を傾げる。
「心配する必要もないでしょう。何せ、ここには私もサクもいるのですから」
「まぁ、俺も自慢するわけじゃないっすけどあの才女を倒した男です―――二人揃って負けるなんてあまり想像ができないっす。もちろん、油断なんかしないですけど」
言われてカルラはハッとする。
確かに油断はいけない……が、今回は才女と呼ばれるソフィアも、そのソフィアに勝ったサクもいる。
これほど頼もしい味方はいないだろう。
今回の決闘ではこの三人のうち誰かでも勝てば問題ない───つまり、自分の心配などされる必要もないのだ。
「これで勝てばお嬢に更なるアピールが……くくっ、肉躍る!」
「ふふっ、またサクと戦えますね……血湧きます」
ただ、不気味な笑みを浮かべる二人に対して安心感を得られるかどうかは───
「あははは……」
これまた別の問題である。
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