ロキ・バレッド

「はぁ……どうして僕まで怒られるんだよ」


 枕に顔を埋めながら、ロキは愚痴る。

 ザラスが『決闘』騒動を起こしてしまったその日、ロキとザラスはそのまま屋敷へと戻り、ことの顛末を当主である父親に報告した。

 案の定、ザラスは『決闘』の件で怒られることになった。


『決闘』というのは安易に起こしてはならない。

 というのも、いくら穏便に解決させるとはいえ負けた方に遺恨が残る可能性があるからだ。

 仮に爵位の低い家が相手であったとしても、普通は無意に関係を悪化させたくはない。


 にもかかわらず、たった一つの癇癪で『決闘』を起してしまったのだ。

 怒られないわけもなし。唯一予想外だったのが、監督不行き届きでロキも一緒に起こられてしまったことだろう。


「兄さんはまったく反省してなさそうだしさぁ」


 ロキはちらりと部屋の中央に置かれてあるテーブルの方を向く。

 そこには上機嫌でワインを煽るザラスの姿があった。

 肉という肉を詰め込んだ肥満な体型を全て預けるような形で椅子に腰を下ろす。

 自分の部屋の椅子が壊れてしまわないか心配であった。


「兄さん……反省してよ? っていうか、今度謝罪にちゃんと行くからね? 来てよ? ねぇ、ちゃんと来てよ?」

「むっ? どうしてこの俺が反省などしないといけないでしか? 悪いのはあの平民のでし! 謝罪に行く必要もないでし!」

「はぁ……」


 兄のザラスの態度にため息を吐いてしまうロキ。

 サクやソフィアが思ったように、ロキはかなりの苦労人みたいだ。


(これは、謝罪は僕一人で行かなきゃいけないだろうな)


 せめて、カルラという令嬢が負けたとしても酷い扱いは受けないように。

 それは自分の方でしっかりとしなければと、ロキは考える。


「それにしても、珍しいでしね」

「え? 何が珍しいって?」


 ワイングラスを置き、程よくとろんだ目でザラスがロキを見る。


「お前、あまり秤位遊戯ノブレシラーには参加してなかったでし」

「…………」

「いくら頭がいいって言っていても、お前は自分から秤位遊戯ノブレシラーに参加する人間とは思わなかったでしから、今回は少し意外でし」


 ロキはゆっくりと体を起こす。

 何を言っているのか、と。肩を竦めながら。


「いや、別に意外でもなんでもないと思うよ?」

「そうでしか?」

「うん、だって―――」


 そして、兄に向けて笑みを浮かべた。

 その笑みは、酷く獰猛であった。



「あの『才女』と『才女』を下した執事と戦えるんだよ? そりゃ、参加したくなっちゃうよね」



 ザラスの背中に冷や汗が伝う。

 先程まで程よく温まっていた体が急激に冷え、回っていた酔いが抜けていった。


「……そうでしね、お前はそういうやつでし」

「向こうには悪いけどね。せっかくの機会なんだ、僕は僕なりに楽しませてもらうよ」

「だったら、今までも楽しめばよかったでし。どうしてお前はいつも───」

「だって、じゃん」


 そう言い終わると、ロキは立ち上がり部屋の扉まで歩いて行く。

 先程の獰猛な笑みはすでに消え、爽やかな青年に相応しい笑みを浮かべている。


「それじゃ、僕は謝罪の準備とか秤位遊戯ノブレシラーのゲームでも考えてくるから……兄さんも、ちゃんとパーティーの準備だけはしておいてね」

「分かっているでし、口うるさく言わなくてもやるでし」


 その言葉を聞き、ロキは扉を閉めて部屋の外へ出て行った。

 室内に残されたのはザラス一人、使用人を呼べば話し相手にはなれるだろうが、ザラスにはそんな気分は起きなかった。


 ほろよい感覚はもうない。

 ザラスは抜けてしまった高揚感を取り戻すかのようにグラスにもう一度ワインを注ぐ。


「まぁ、あいつなら負けるわけもないでし」


 それは誰に言い聞かせる言葉か。

 ザラスはポツリと呟く。


「父上や母上は分かっていないかもしれないでしが、俺には分かるでし……あいつは間違いなく『天才』でし」


 驕った態度を見せるザラスが、珍しくもその顔を悔しさで滲ませる。



「あいつが社交界……秤位遊戯ノブレシラーに参加していたのであれば、きっと名は広がっていたでしね」



 ザラスはもう一度、ワインを煽った。

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