決闘前
「おぉおぉ、ここにいたでしか!」
口調が独特、体型独特の男が声を上げながらカルラ達の下へやって来た。
その隣には弟にして疲れ切った表情を浮かべる男の姿もある。
決闘を申し込んだ時以来の顔合わせだ。
そのため、印象に残っているのは子供を殴ろうとしている時のもので───
「サクくん、私の視界にゴミが入ったんだよ」
「それはとても大きなゴミですねー」
あからさまに嫌そうな顔をするカルラに、サクは適当に返事をした。
態度が露骨で大丈夫だろうか? という不安を抱きながら。
「中々見つからないからてっきり逃げたのかと思ったでし!」
「あァ?」
「どうどう、お嬢」
武に関しては一際才能があるカルラの額に青筋が浮かぶ。
殴り合いになればどちらに軍配が上がるなど分かりきってはいるが、せっかくのドレスが汚れそう。
サクはカルラの肩を揉みながら気を紛らわそうと試みた。
「今日はよろしくお願いします、ソフィア様」
「ふふっ、こちらこそ本日はよろしくお願いします」
不遜な男に火花を容赦なく散らす少女をよそに、ロキとソフィアは礼儀正しく挨拶を交わす。
切実にあちら側に入りたいと思ったサクであった。
「逃げるわけないんだよ」
「ということは、余程俺の女になりたかったってことでしね!」
「サクくん、ボトル持ってきて」
「用途をお聞かせ願えたら持ってきましょう」
用途が目の前の豚を殴ることであれば命に背く覚悟である。
「絶対に今日、あの子達に謝ってもらうんだから!」
「ふむ……この俺が謝るでしか? 天地がひっくり返ってもあり得ないでしね」
「……まさか、決闘を放棄する気?」
「いや、そういうわけではないでしよ? ただ、ロキが負けるなんて思ってないでし」
「ちょ、ちょっと兄さん」
蚊帳の外で何やら不穏な方向に持ち上げられたロキは慌てて割って入る。
だが、それを無視してザラスはカルラに言葉を続けた。
「今まで
「た、確かに私は馬鹿だし弱いけど……今回はサクくんもソフィア様だっているんだから!」
「それを踏まえてもでしよ。ロキが負けるわけないでし」
その言葉を受けてカルラ……ではない。
サクとソフィアの眉がピクりと動く。
「兄さん何言ってるの!?」
「むっ? 弟に対しての全面的信頼をアピールしているだけでし」
「それは嬉しいけ……ん? 嬉しいかな、これ?」
特に兄からの全面的信頼は必要なかったみたいだ。
「いや、そんなことよりもここにはソフィア様もいるのになんてことを!? いくら兄さんでも流石に失礼───」
「へぇ、それはとても面白そうですね」
冷ややかな声が場の空気を凍らせる。
ギギギ、と。ロキがソフィアの方を向くと、そこには笑みを浮かべたソフィアが何故か自分の方を向いていた。
「ふふっ、楽しみになってきました」
「ちょ、兄さん!? 僕何もしてないのにガッツリ飛び火してない!? 今回の件だって単に巻き込まれ事故なのに!」
「いいではないでしか、勝てば問題ないでし」
「馬鹿じゃないの!?」
貴族として大丈夫だろうか? もしロキ以外の親族がザラスの態度を見たら騒然とするだろう。
仮にも相手は侯爵家のご令嬢。家督を継いでいない両者を並べばどちらを敬うかなど分かりきっているのに。
加えて───
「お嬢、あんな下劣な男にお嬢を渡すわけにはいきません。兄弟諸共恥をかかせてやりますよ!」
「期待してるぞサクくんっ!」
「君も僕まで一括りにしないで!」
ただ一緒にいるだけでどんどん自分の評価まで下がっていくロキは大きなため息を吐いた。
これからの社交界で肩身が狭くならないかな、と。少し遠い目を浮かべて。
しかし───
「はぁ……まぁ、いいや。どっちにしろ勝つ気でいないと僕も怒られるし」
ロキは頬を一度叩くとカルラに向かって頭を下げた。
「カルラ様、本日はどうぞよろしくお願いします。うちの愚兄が無礼を働きましたが、待遇は僕が必ず保証しますので」
それは弟なりの配慮だろう。
身内の行いによって天秤にカルラが乗ってしまったのだ。
負けたとしても、カルラの身だけは最大限配慮すると、そういう意味合いと敬意を込めて。
だが同時に───
「……それは私達が負けるってことですか?」
「そういうわけでは。ただ、僕も負けるわけにはいきませんので初めから『負ける前提』でいるのはおかしな話かと」
ロキは「何をするでしか?」と言うザラスの背中を押して、その場から離れようとする。
その去り際、小さくこう漏らした。
「今回のゲームのルールは至ってシンプルです。どうかお楽しみに」
ロキ達の背中が遠のいていく。
姿が見えなくなった頃にはようやく周囲の喧騒が耳に戻り、この場にはほんの少しだけ重い空気が残ってしまった。
だからか分からないが、三人はそれぞれ表情に気合いが入る。
「負けるわけにはいきませんね。リベンジをかねてあの鼻っ柱を折って差し上げましょう」
「お嬢を豚に献上させてたまるかってんだ。絶対に勝ちますよ、お嬢」
「もちろんだよっ! 弟くんはいい人そうだけど、絶対に負けてたまるか!」
しかし、その裏には負けられない戦いというのも存在する。
今ここに、そんな戦いが幕を開ける。
『お集まりの皆様、本日は足を運んでいただきありがとうございました』
その火蓋は───
『お時間もちょうどいい頃合い。早速ですが、皆様にお楽しみしていただくための余興を始めようと思います』
主催者のアナウンスによって切られることになった。
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