二度目の決闘
「『決闘』……でしか? この俺に?」
放り投げられた手袋を見て、男が嘲笑う。
「正気でしか?」
「正気だよ。今の発言だけは絶対に許せないもん……私が勝ったら、今の言葉を取り消してこの人達に謝ってほしい」
「いいでしよ、別に。だが、この俺が勝った時はどうするでしか?」
「その時は私を煮るなり焼くなり好きにしていいよ」
そうカルラが口にした瞬間、男の嘲笑が下卑たものに変わる。
カルラの容姿は他の人間よりも群を抜いて整っている。
そんなカルラに「好きにしていい」と言われてしまえば、あらゆることを想像してしまうのは当たり前。
これがまだサクのようにカルラという個人を大切にしている人間や、節度を弁えている人間であれば、あからさまに態度には出さなかったのかもしれない。
しかし───
「いいでし、その『決闘』を受けるでし! 俺───ザラス・バレッドが勝ったら、お前は俺のものになるでし! 俺は、お前がほしいでし!」
ザラスには関係ない。
驕った態度からも見て分かるように、カルラを大切にしようなどとは考えない。
ただ己の欲求に従うまで───そこに、遠慮などはない。
男は放られた手袋を拾い上げる。
その瞬間、虚空に天秤が出現した。
その時───
「えっ、待って兄さん。僕がいない間になんでこんなことになってるの?」
この場に、新たな声が現れた。
声のする方を向けば、そこには質素でありながらも整えられた服装をしている一人の青年の姿があった。
髪色はこの場にいる小太りと同じ色をしており、その顔には戸惑いの色が浮かんでいる。
「お、ロキじゃないでしか! 遅いでしよ!」
「いやいやいや、勝手にどこか行ったのは兄さんの方なのにどうして僕が怒られるの? っていうかそれよりも───」
青年───ロキと呼ばれた男は虚空に出現した天秤を見ると、大きなため息を吐いた。
「……目を離した隙になんで『決闘』になってるのかなぁ」
サクはそんなロキを見て「苦労してるんだな」と思った。
「それに『決闘』を挑んだ相手はチェカルディ家のご令嬢とその執事、更にソフィア・カラー様ですか」
相手が悪すぎる、と愚痴を溢すロキ。
だが、サクは首を傾げた。
「あれ? お嬢だけじゃないの? っていうか、ソフィア様も───」
「そうですね、この場合は私も含まれるでしょう」
「うぉっ!? いつの間に!?」
サクはいきなり背後から現れたソフィアに驚く。
しかし、ソフィアはそんなサクを無視して説明を始めた。
「『決闘』とは、公平を保つために部外者には知られてはなりません。天秤に乗せられた要望に関係ある人間ならまだしも、私やサクには直接関係ありませんから、本来であれば知られてはいけません」
「ほうほう」
「もし聞かれてしまった場合───その場に居合わせた部外者は当事者として扱います。具体的には『決闘』に参加するという形で」
『決闘』によって賭けられたのはカルラ一個人とザラスの取り消し、謝罪だけ。
サクとソフィアには関係のない話で、知ってはいけない人間なのだが聞いてしまった以上無関係ではいられない。
ならば、せめてもの公平を保つために参加という形で当事者にさせなければならないのだ。
「……ソフィア様も聞いていたのですね」
「もちろん、初めから全て見ていましたよ?」
「だったら、ソフィア様が介入していれば穏便に済ませられたのでは? ほら、侯爵家の人間ですし」
「確かに、あの方の行動は目に余るものがありましたが……割って入ったのはカルラです。故に、それはもうカルラの話です───カルラの話に、私は介入する気はありませんから」
その言葉は冷たいと判断するべきなのか。
カルラを友人と言っていたのなら、カルラが身を賭けてしまうということを未然に防げれば防ぐべきなのでは? そう思う。
しかし───
(いや、それは俺も一緒か……)
防ごうと思えばサクも防ぐことができた。
具体的にはザラスを殴りつけて新たな一件を増やすことでこの件を有耶無耶にするなど。
けどそれはしなかった……それは一重に、主人の行動を尊重したからだ。
サクには防がなかったという同じ立場にいる以上、ソフィアに文句を言える筋合いはない。
喉から出かかった言葉を飲み込む。
「まぁ、私はサクが思っているほど優しい人間ではないということです。幻滅しましたか?」
「いいえ、この程度で幻滅するような目は生憎と持っていませんので」
「それは私が決闘をすると分かっていたとしてもですか?」
「…………」
ソフィアがサクの顔を覗き込む。
「私、サクともう一度、
ソフィアはサクとは違い
『決闘』のことを説明してくれていた通り、この状況になればどういう方向に話が進むことなど理解できるはず。
『決闘』に巻き込まれる当事者になれば面倒事にはなるだろう───しかし、それを容認したということは『決闘』に参加したかったという裏返しでもある。
「もう一度聞きますが……私に、幻滅しましたか?」
ソフィアの澄んだ瞳が向けられる。
サクは───
「はぁ……別に、そういうのもいいと思いますよ? それに、俺だって下心がないわけではありませんから」
「ふふっ、そうですね。あなたはカルラに好かれるために
嬉しそうにソフィアは笑う。
何が嬉しいのか? いち執事幻滅されたところでどうにもならんだろうと、サクは苦笑いする。
「えーっと……どういった経緯で『決闘』になったかは分からないけど、とりあえず話は進めないといけないよね。流石に手袋まで拾っちゃったら「なかったことにして」なんて言えないし……うわぁ、父さん達なんて言おう」
「別になんとでも言えばいいでし。俺に間違いはないでしから!」
「……兄はこんな感じなので、申し訳ないですけどあとで詳しい話を聞かせてくれませんか?」
「えぇ、まぁ……それは構いません」
「ありがとうございます……それと、申し訳ございません」
ロキが頭を下げる。
本当に苦労しているような人であると、サクもソフィアも思ってしまった。
「『決闘』当事者は五名……なのはいいけど、そうなってくると主催者側はどっちにするか決めないとね」
主催者は
そうなれば、三対二で分かれている現状では片方が一人となってしまう。
一人になってしまえば人数的に不利───なのだが、主催者は自分で好きなルールを決めることができる。
どちらになろうが、片方が不利という状況にはならない。
「決闘って、挑んだ方が主催者になるんだと思ってました」
「あら? どうしてですか?」
「だって、ソフィア様が決闘を挑んだ時はそのままソフィア様が主催者になったじゃないですか」
「あれは二対一だっただからですよ。私が一人しか『決闘』の当事者がいなかったので、必然的に私が主催者になったのです」
なるほど、と。ソフィアの説明にサクは頷く。
「仕方ないでし! こんな娘にまともなパーティーなど開けないに決まっているでしから、この俺がパーティーを開いてやるでし」
「……だったら、私達が参加者ってことでいいの?」
「そっちがそれでいいなら、僕の方からは何も───ねぇ、兄さん?
「むっ、どうしてでしか?」
「どうせなら、僕がやりたいかな? 巻き込まれたんだし、いいでしょ?」
「まぁ、ロキは頭がいいでしからな! 俺は
「下手に負けたら僕も怒られるからね……カルラ嬢には申し訳ないけど、やるからには本気でやらせてもらうよ」
そして、ロキは二人の間に浮かんでいる天秤に手を伸ばす。
「『決闘』は僕───ロキが主催者として、参加者はカルラ・チェカルディ、サク、そしてソフィア・カラーとする」
そう口にした瞬間、天秤の受け皿には白と黒の石が乗せられた。
サクにとっては二度目の光景───これが正式な『決闘』の受理である。
「ふんっ、これでもう用はないでし! 行くでしよ、ロキ」
「はぁ……もう、本当に勝手なんだから」
ザラスがズカズカと歩き、カルラ達を一瞥することなく店の外へと出ていく。
そして、ロキは「あとで正式な謝罪にお伺いしますので」と言い残し、ザラスのあとを追っていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます