騒動と決闘
ショーガラス越しには、色んな種類の服が飾られているのが見えた。
そのどれもが女性用のものであり、カルラが入っていったこのお店は女性向けの洋服店なのだと分かる。
コーディネートには自信を持つサク。いくら女性向けのお店であろうが場違いだと委縮することはない。
逆に挙動不審な態度を見せれば、店員も委縮させてしまうような不審な目を向けてくることを、サクは理解していた。
この場にいることは恥ずかしくない、自分は選ぶ客。故にサクはソフィアと共に堂々と、店内に入っていく。
さぁ、どんな風な服を着させようか。脳内フォルダにどれだけお嬢のバリエーションが増えるのか、と。
そして———
「何してるの! 今、暴力を振るおうとしなかった!?」
「き、貴様は誰でしっ!?」
店内から聞こえてきた声に、楽しみ気分がげっそりしてしまったサクであった。
「……ソフィア様、この声ってどう思います?」
「そうですね、回りくどい言い方での現実と直球な言い方での現実……どちらがいいですか?」
「……せっかくなので、回りくどい言い方で」
「カルラの正義感はしっかりしているな、と」
「…………」
何一つ状況が分かる情報はなかったが、それで読み取れてしまうのだから恐ろしい。
サクは大きなため息を吐くと、声のする店の奥へと歩いて行った。
店内の奥では、おろおろしながら少し離れた場所で見ている店員と、子供の頭を押さえつけて深々と頭を下げる女性。近くには何やら飲みかけのドリンクの容器が転がっており、床を濡らしていた。
そして、小太りな男が忌々しそうに子供と女性を睨みつけていた。眩しいと思ってしまうほどの贅沢な装飾を散りばめた服を身に纏っているが、何故かその高価な服には不似合いな染みが一つついていた。
なんとなくは想像していたが、光景を見てしまえばこれ以上ないぐらいに理解してしまった。
更に頭をサクが抱える。それは、その腕を掴み親子の前に立ち、身を挟んで守ろうとしているカルラの姿だった。
「どんなことがあっても暴力だけは絶対にダメ! なんで分からないの!」
「こ、このバレッド伯爵家の人間である俺に説教でしか!? いい度胸でし、貴様もこの俺にたてついたことを後悔させてやるでし!」
一方の空いている手でカルラを殴ろうとする男。
その動きはまるで素人だ。振り下ろす速さも、隙だらけな胴体も鍛錬を積んでいる者の動きではない。
日頃剣の鍛錬を積んでいるカルラであれば問題なく対処できるだろう。
しかし、分かっていても主人が暴力を振るわれそうな瞬間に傍観できるわけがない。
「すみません、誰の主人に手を出そうとしているんですか?」
サクがカルラと男の間に入り込むように立ち、振り下ろされようとしていた拳を受け止めた。
素人相手であれば、鍛錬を積んでいないサクですら受け止められる。
そのことに、男は驚いた顔を見せた。
「き、貴様はっ!?」
「カルラ・チェカルディの執事———サクと申します。どうか、まずは状況をご説明していただけないでしょうか?」
「離すでしっ! 執事程度の人間が触っていいような手ではないのでし!」
男がサクの手を払い除ける。
「お嬢も、無闇に突っ込まないでくださいよ……」
「だってこの人、こんな小さな子供を殴ろうとしてたんだよ! 謝っているのに!」
「…………」
サクやカルラが間に入っている間も頭を下げ続ける女性。
子供の方はまだ状況が理解できていないのか、押さえられつけられたまま不思議そうな顔をしていた。
「このガキが、俺の服に飲み物を零しやがったでし! 許されることではないんでし!」
この状況で理解できる通り、男の発言は正しいものなのだろう。
子供が持っていた飲み物が何らかの拍子で男の服にかかり、親が謝っているが男は聞き入れようとしない。
そして、カルラが理不尽に暴力を振るわれそうになった瞬間を目撃してしまい、状況を理解してなお間に入った。
(こんなところで飲み物なんて持って歩くなよ……でもまぁ、普通こんな貴族なんか来るとは思わねぇよな)
親子が今この瞬間この場にいるように、ここは平民が足を運ぶであろう店だ。
カルラは普段こういった場所で服を買っているので例外として抜くが、ソフィアを含めた貴族がわざわざ足を運んで買いに来るとは普通思えない。
だからこそ、女性は安心しきっていたのだろう……少し目を離しても大丈夫だと。
「ちゃんと謝ってるじゃん! この人達の姿を見たら悪気なんてなかったのは分かるよね!? 貴族だったら、守らなきゃいけない民を傷つけるような真似はしちゃいけないと思う!」
「黙るでしっ! 貴様……何様のつもりで私に口答えしているでしか!? 俺はバレッド伯爵家の人間でしよ!?」
「生まれとか関係ないもん! どんな立場の人間でも、正義もなしに暴力を振るうのは絶対ダメなんだから!」
それはカルラが剣を持ち戦う人間だからか。
武器という力を扱うからこそ、その振るい方には理由がなければ振るってはいけない。
騎士として、力の使い方だけには頑固たる矜恃があるみたいだ。
「黙れ! 所詮は平民、貴族とは立場が違うでし。高貴な貴族に無礼を働けば罰するのは当然───その罰でゴミをどう扱おうが俺の勝手でし!」
ピクリ、と。カルラの顔が固まる。
拳が徐々に震えていき、表情が暗くなっていく。
男は掴まれたカルラの手を振りほどき、腹立たしそうカルラを見た。
「……消して」
「なんでしか?」
「取り消して───平民であっても、民は私達と同じ人間なんだから」
しかし、カルラは臆さない。
それどころか、明確な怒気を孕ませて男を睨みつけた。
相手は伯爵家の人間。家督を継いでいるか分からないが、爵位を継いでいないカルラにとってはどうであろうとも明確な上の立場にいる。
でも、カルラは睨む。
許されないと、間違っていることを怒りで表して。
「取り消すわけないでし! ゴミをゴミと言って何が悪いのでしか!」
男も臆することはない。
自分の言葉は当たり前なのだと思い込んでいるのだから。
それはカルラにも、黙って見ているサクも同様に分かる。
だからか、カルラは男を睨みつけたまま懐から何かを取り出した。
その瞬間、サクは一歩身を引く。
これからどんな面倒事になるのか分かっていても、主人であるカルラを止めはしない。
そして、カルラは取り出した手袋を床に放った。
「……拾って」
「あ?」
「拾って───私は、あなたに『決闘』を申し込む! この人達を、ゴミだって言ったことを取り消してもらうんだから!」
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