買い物
まったりとしたティータイムが終わったそのあと。
当初「ピクニックに行こう!」とサク達であったが、現在はチェカルディ領の隣───片道馬車で二時間ほどかかるバレッド領の繁華街へとやって来ていた。
というのも、カルラが「新しいお洋服とか買いたいなぁ」と言い出したことがきっかけだ。
どちらかというと庶民派に属するカルラは、常に仕立て屋によって服を仕立ててもらうのではなく基本的には直接足を運んで服を選び、試着して購入していた。
一方でソフィアは貴族らしく、普段着であろうと仕立て屋によって仕立ててもらっている。
しかし「たまにはそういうのもいいかもしれませんね」と、ソフィアも買い物をすることに同意を見せた。
サクは「お嬢のコーディネートはお任せください」と、ノリノリであるためもちろん賛同である。
「今更ながらに思いますけど、ソフィア様は護衛とかつけなくてもいいんですか?」
繁華街───行き交う人々の活気と、チェカルディ領にはあまりないレンガの街並みを眺めながら、サクが尋ねる。
ソフィアは侯爵家という爵位が高い貴族の人間だ。
当然、貴族として身を守るために護衛はつけなければならない。
カルラに至っては子爵家というのがあるのだが「私、強いしいらないし! 護衛なんてうちにしないし!」ということでつけてはいない。
しかし、侯爵家となれば話は別。
だが、ここに至るまでソフィアが護衛を連れている様子も一緒に歩いている姿もなかった。
だからこそ、サクは疑問に思う。
「ついていますよ? 恐らく、こっそり物陰から見守ってくれていると思います」
「へぇ〜、全然気づかなかったや。いつの間についてきたんですか?」
「私にも分かりません。何せ、本当に隠れるのが上手ですから」
カルラが辺りを見渡す。
練り歩く民の姿こそ見えるが、護衛らしい服を着た人物はどこにもいない。
私服を着てるのかな? と、カルラは不思議に思った。
「それに、並の相手であれば私は負けません」
「いや、そりゃそうなんですけどね……」
「あら? 心配してくださっているのですか?」
「そりゃ、普通しますよ。お嬢やソフィア様が腕が立つのは知ってますが、それでも女の子ですし、いつどこで危険な目に合うか分かりませんから」
「あっ! サクくん、あのお店に行ってみたい!」
「お嬢にも言ってるんですからね?」
通り過ぎようとした店に突貫しようとしているカルラ。
そんな主人を見て、サクは大きなため息をついた。
「ふふっ、ご心配ありがとうございます。では、もしも何かあればサクに助けてもらうことにしましょう」
「まぁ、ソフィア様に比べたら俺は非力な平民ですが……命を賭けて守りますよ」
相手は貴族だ。
なら、一介の執事としては主人でなかろうが助けなければならない。
それに、ソフィアはカルラの友人だ。何かあればカルラが悲しむだろう。
故に、サクとしてはソフィアの身に何かあった時は体を張らなければならないだろうと思っている。
「……そう、ですか」
真っ直ぐに「助ける」と言われ、ソフィアの頬に赤みがさす。
自分で口にしておいての話ではあるが、ソフィアは嬉しいのと同時に照れてしまう。
いきなり顔を逸らしたソフィアを見て、首を傾げるサク。
こういうところは、案外鈍感なサクである。
そして、今度は横から袖を引っ張られた。
「……サクくん」
「ん? どうしたんですかお嬢?」
「私は? 私の時も……ちゃんと守ってくれる?」
上目遣いで、恐る恐るカルラに尋ねられる。
お嬢の方が強いだろうに、なんてことは口にしない。
というよりも、サクにとっては自分よりも腕が立とうが関係なかった。
カルラは主人であり恩人であり想い人。そして───誰よりも大切な人間だから。
口にする答えなど、前から決まっている。
「もちろん、何も起きないことに越したことはありませんが……全身全霊をもって、お嬢を助けますよ」
「そ、そっか……」
サクの言葉に、カルラは顔を赤くして俯いてしまう。
引っ張ろうとした袖はそのまま握られ、突貫しようとしていた足がサクの横で止まる。
どうして大人しくなってしまったのか? ソフィアと同じ時のように首を傾げるが、すぐにサクはいたずらめいた表情を浮かべた。
「あれ、お嬢? もしかして照れてま───」
「そ、そういえば、ソフィア様は今日どこかに宿でもとっているんですか!?」
踏み込まれたくないからか、答えたくないからか? カルラは慌てて話を逸らす。
サクはそんなカルラを見てニマニマが止まらない。
「とってはいませんね……今日はチェカルディ家にお世話になる予定です。聞いていませんか?」
「聞いてないです」
「おかしいですね……ここに来る前、サクに聞かれたのでお話したのですが」
「そうなの、サクくん?」
「そりゃ、ここに来るんだったら聞くでしょうよ。うちならまだしもカラー領は遠いですし、買い物して帰るんだったら完全に日が暮れてしまいますから」
カルラの専属執事ではあるが、客人に対しての対応はしなくてはならない。
泊まりがけになるのであれば、宿泊する場所の用意も夕食の手配も必要なため、サクは聞いておかなければならなかった。
当然、当主であるロイスにはすでに了承はもらっている。
「だったら……どうして私に教えてくれなかったのかな?」
「お嬢の驚く顔が見たかったからですかね」
「意地悪さんだね!?」
「違いますよ……これはお嬢に対してだけなんです」
「タチが悪い!」
悪びれもしないサクに「もう、怒ったんだからねー!」と頬を膨らませて胸を叩くカルラ。
今日は痛くないなと、サクは可愛らしく怒るカルラを見てご満悦な顔を見せた。
「まぁ、カルラ。そんなに怒らないであげてください」
「で、でもっ! サクくん一応執事ですよ!? なのに、私にばっかり意地悪してくるんです!」
「私はカルラの可愛い反応が見られたので満足です♪」
「ソフィア様まで!?」
誰も味方がいなかったことにカルラはショックを受ける。
だからか、「もう二人共知らないんだよっ!」と言い残し、一人で入ろうとしていたお店へと向かっていく。
そんな姿を見て、サクとソフィアは互いに顔を見合わせ笑みを浮かべると、その後ろを追っていくのであった。
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