溶け込んでいるソフィア

「平和だねー」

「そうですねー」


 心地よいそよ風が肌を撫で、木々のざわめきが耳に優しく響く。

 とある晴れた日のお昼すぎ。小さいながらも色とりどりの花が咲いている庭園にて、サクとカルラはまったりとした時間を過ごしていた。

 丸型のテーブルを置き、その上にはお菓子とティーカップが並び、サクが作った紅茶を啜る。

 カルラは対面に座ることなく、何故かサクの隣にまで椅子を持って来て紅茶を嗜んでいたが、サクがそれを指摘することはない。


 のどか、平和。

 何事も起きることのない至福の時間を、二人はこれでもかというぐらいに堪能していた。


「最近はお嬢の様子がおかしくてちょっと心配でしたけど、無事に治ってよかったです……ズズッ」

「一時の気の迷いでって分かったからねぇ。カルラちゃんはできる女の子だから、少し時間をくれれば心の問題なんて余裕で解決できるもんなんだよ……ズズッ」

「そう言いますけど、俺的にはかなり時間がかかっ———」

「気にしない気にしない」


 それもそうですね、と。サクは再び紅茶を啜る。

 顔面に何回も痣ができたというのに「それで」流せるのということは「流石」としか言いようがない。


「お空は快晴、ぽかぽか陽気、こんな日はどこかおでかけしてもよかったねぇ~」

「そういえば、この前の罰ゲームを履行してもらってませんでしたね」

「どこ行く? 今日行く? 鍛錬もお勉強も終わったカルラちゃんは無敵だよ?」

「ふむ……久しぶりに、湖畔にでも行ってみますか?」

「いいね~」

「そして、そこで泳いでもらえると―――」

「脱がないから~」


 サクが思い切り口を尖らせる。

 隣に下心を隠そうとしていない執事がいるのにもかかわらず、カルラはサクの頭を小突くだけで、離れようとはしなかった。


「でも、行くならもう少しゆっくりしてからだね~」

「ですね~」

「「ズズッ」」


 小鳥の囀りが聞えてくる。

 チェカルディ領は他領地に比べれば田舎だ。畑が広がり、街並みが栄えているとは言えないが、その分自然に溢れている。

 喧騒も聞こえず、こんなにも静かな一時を過ごせるのは、間違いなくチェカルディ領だからと言えるだろう。


「あら、お出かけするのですか? であれば私も行きたいです」

「それじゃあ、ピクニックでもしよっか〜」

「そうですね、お嬢とデートしたかったですけど、友人と楽しそうにするお嬢も見たいので、賛同しますよ」


 シートを持っていき、程よく腹に入るサンドイッチを持参すれば十分。あとはのんびりと陽に反射し輝く湖を見ながら談笑、カルラは恐らく途中で昼寝を始めてしまうだろうから、ブランケットも用意しておこう。

 サクは頭の中で出掛ける様子を想像が捗った。


「明日も晴れるかなぁ~?」

「晴れるんじゃないですかね? こんな陽気で雨が降る想像なんか全然できません」

「明日も色々と遊んでみたいので、是非とも晴れていただきたいですね―――あ、サク。紅茶のおかわりをいただけますか?」


 そうだね~、と。カルラは賛同し、サクはおかわりを注ぐ。


「ねぇ、お嬢?」

「ん……分かってる、分かってるんだよ」


 紅茶を啜り、サクとカルラはふと視線を合わせる。

 そして———


「……いつの間に、ソフィア様がここにいるんで?」

「……すっごい溶け込んでたから気づかなかった」


 対面で優雅に紅茶を啜っているソフィアに、今更ながらに驚いてしまった。

 艶やかな銀髪を靡かせ、上品に座る女の子。その姿は、先日パーティーで会ったばかりの少女である。

 先程までは二人だけのはずだったのに、いつの間に? そんな疑問が浮かび上がる。


「いつ頃になると気づいてくれるかなと、少しワクワクでした」

「あのお嬢が気配を感知できなかったとは……ッ!」

「ここが戦場だったら、一瞬で私達の首はちょんぱだよ! ソフィア様は知力と剣と魔法だけじゃなくて暗殺術の才能もあっただなんて!」

「いえ、単純にお二人が凄く気を抜いていたからだと思いますが? かなり堂々と来ましたが、本当にまったりとしていました」


 そう言われてしまえば、確かに心の底からまったりしていたな、と。サクは身に覚えがあり、思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「というより、どうしてソフィア様がここにいるんですか? も、もしかして……また私の勧誘!?」

「それも魅力的ですね。ですが『決闘』にも負けてしまいましたし、しばらくカルラを勧誘することは控えようと思います」

「……ホッ」


 胸を撫で下ろすカルラ。

 ソフィアが現れると、前の一件もあったからかどうしても騎士団の加入が脳裏を過ってしまう。


「今日は単純にカルラ達に会いに来たのです。友人と遊ぶ……私の年齢だと、当たり前のことですから」

「まぁ、ソフィア様もお嬢と同じぐらいの歳っすからね」

「ふふっ、サクもではありませんか。それと、今日も美味しいですよ」

「今日もって言いますが、まだ二回しか飲んだことないでしょう?」

「なら、これから毎日私に作ってはくれませんか?」

「……それは告白プロポーズに聞こえなくもないですからやめません?」

「どんな受け取り方をしていただいても、私は一向に構いませんよ?」

「んにゃっ!?」


 ソフィアの言葉に、カルラは顔を赤くしてしまう。

 そして、サクとソフィアの間に割り込むように身を乗り出した。


「お嬢、前が見えないっす」

「サ、サクくんは私に永久就職だからっ!」

「聞いて」


 どうしてそこまで焦っているのか? 自分がカルラに永久就職など当たり前だろうにと、サクは首を傾げる。

 ソフィアは、そんな二人の様子を見て―――


「ふふっ、まだまだ難しいですかね」


 口元に微笑を浮かばせた。



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