主役の二人と蚊帳の一人
「うへぇ……終わった終わったぁ」
三曲目が終わり、疲労感を滲ませた顔でカルラは中央から離れていく。
日頃鍛えているからか、身体的疲労はそれほどでもないのだが、慣れない人間、親しくない人間、下心がちらほらと見えてしまっている人間を相手にすれば精神的疲労は溜まってしまう。
だからこそ、ようやくダンスが終わったことにカルラは解放感を覚えてしまったのだ。
「みーんな、スケスケなんだよ……」
婚約したいとか結婚したいとか。そういった感情が自然と滲み出ている。
隠していると思っていても、相手をしている自分には嫌というほど伝わってしまう。
それでも楽しそうに笑顔を振り撒かなくてはならないのだから、辛いことこの上ない。
(サクくんみたいな感じだったら嫌じゃないんだけどなぁ)
そんなことを思いながら、カルラはサクと別れた場所へと戻っていく。
四曲目、五曲目は誘いは断ってしまった。三曲も踊れば「疲れてしまいました」という言い訳をするには十分だったからだ。
道中、飲み物をウエイトレスからもらい、少し早足になる。
早く離れたいからか、それともサクに会いたいからか、それは分からないが———
「あれ、サクくんがいない」
戻って来ても、そこにサクの姿がなかった。
サクのことだ、自分が戻ってくるまでは絶対に待機しているはずなのに。
そんなことを思いながら、カルラは会場を見渡した。
しかし、会場を見渡しても燕尾服を着たサクの姿はない。
(それに、ソフィア様の姿もいつの間にか見えないし……)
どうしたんだろ? と。カルラは不思議に思いながら歩き始める。
すると———
『ふふっ、案外お上手ではありませんか』
『それはマウントですか? ついて行くのに精一杯だっていうのが俺のお顔を見ても分かりませんかねぇ?』
『そんなことは。悲しいことに、私の目は疲れているみたいですので』
『こいつ……ッ!』
パーティー会場の喧噪が聞える中、不意にバルコニーからそんな声が聞えた。
気になって、そーっと顔だけ出して様子を窺うカルラ。
そして、そこには燕尾服を着た少年と深い黒のドレスを身に纏った少女の姿が見えた。
「あ、サクくんっ!」
サクを見つけたことにより、一気に顔が晴れやかになる。
声をかけようと窺うのではなく、その場に駆け寄ろうとカルラはその場から体を出した。
しかし、不意にその足が止まり……またしても、様子を窺うように物陰へと身を潜めてしまう。
(あれ、どうして私は隠れちゃったんだろ……?)
自分の取った行動に疑問に思うカルラ。
だが、体はその場から動こうともせず、様子を窺うだけ。
『あのー……もう、曲が聞こえてきませんけど? 踊る必要が見当たらないのですが、そこのところは———」
『サク、楽しくはありませんか?』
『いや、楽しくないわけじゃないっすけどね? こんな貴重な体験、そうそう味わえるとは思いませんし』
『あら、サクはあまりダンスを踊る機会がないのですね』
『作ろうと思えば作れるかもしれませんが……そうじゃなくて、ソフィア様みたいな綺麗な人と踊れる機会なんてそうそうありませんよ』
『ッ!? そ、そうですか……随分と、嬉しいことを言ってくれるではありませんか』
『ちょ、それは早すぎる……ッ!?』
振り回されながらも、どこか楽しそうに踊っているサク。
そして、あまり見たことのない……年相応の可愛らしい笑顔を浮かべるソフィア。
どうして、二人がここで踊っているのか? そんな疑問は、確かに湧いた。
だけど―――
「むすぅー……」
自然と、カルラは頬を膨らませてしまう。
それは自分が疲れるだけのダンスを踊っているのに、二人が楽しそうにしていたからなどではない。
単純に、サクという男の子が自分以外の女の子と楽しそうに踊っていることに苛立ちめいたものを覚えてしまったのだ。
「サクくんは私だけのものなのに……」
それが独占欲だということに、果たしてカルラは気がついているのだろうか?
カルラは出るに出られず、ただただ楽しそうにする二人を眺めるだけ。
『サクは筋がいいですね。もしよろしければ、私がしっかりと教えて差し上げましょうか?』
『生憎と、そんなに踊る機会がないものでして。楽しいですが、学ぼうとまでは思いませんね』
『ですが、カルラと結婚するのであれば、いずれ覚える必要があるのでは?』
『……盲点ですね。確かに、だとすればいずれ覚える必要が———』
『そういうわけですので、今度私の屋敷に招待しますね』
『わぁ、女の子の家に誘われたー……けど、何故? 嬉しくない』
『そう言われると、悲しくなってしまいます……』
『身分が違いすぎて委縮するって意味だよ、気づけ』
カルラが胸の内から苛立ちが湧いている間も、二人は曲が流れていないにもかかわらず踊り続ける。
談笑を交えながら、楽しそうに。その顔に笑みを浮かばせながら。
(あんな楽しそうなソフィア様、初めて見た……)
確かに楽しそうにしている姿は何度か見たことがある。
しかし、相手が家族でもない男———というのは、初めて見るのだ。
(サクくんと気が合うのかな? いや、そういうわけじゃなさそう……)
楽しそうにしている顔に含まれる、熱の篭った瞳。
それは、友人に向ける瞳というよりも―――
(もしかして、ソフィア様……サクくんのことを?)
そう考えた瞬間、カルラの胸が一気に締め付けられた。
痛いわけでもない、ただただ苦しい。
怪我をしているわけでもないのに、病気を患っているわけでもないはずなのに……どうしようもないぐらい、胸が苦しくなってしまう。
どうして? カルラは、その場で蹲ってしまった。
「嫌だ、なぁ……」
そう自然と零れてしまった言葉は、会場にいる貴族にも、バルコニーで踊っている二人にも届かない。
更には、カルラ自身にも届かなかった。
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