カルラの変化

 生誕パーティーが開かれてから二週間が過ぎた。

『決闘』の一件でカルラが騎士団に加入してしまうという危機に陥ったが、無事に領地に留まることができ、かつチェカルディ領からカラー領を行き来する際の通行税が減額された。

 それによって徐々に商人が行き交うようになり、まだ結果こそ出ていないが赤字も黒字に変わっていくだろうという見込みが取れた。


 賭博───というわけではないが、賭けに勝った分のリターンは喜ばしい結果を生むだろう。

 チェカルディ家にとっては嬉しいことこの上ない。

 そのはずなのだが───現在、サクは深刻な顔を浮かべていた。


「最近、お嬢の様子がおかしいんです」


 当主であるロイスの執務室。

 そこでは、ロイスがソファーに腰を下ろしてサクが注いでくれた紅茶を飲み、息子同然の存在の相談を受けていた。


「ふむ……私は特にそう思わないが」

「いや、マジでお嬢の様子が変なんですよ! あのパーティーが終わってから!」


 身を乗り出し、本当に深刻な問題なのだと主張するサク。

 だが、ロイスは首を傾げるばかりだ。


「具体的にはどうおかしいと?」

「そうですね、具体的には今日の朝のことですか───」


 〜〜


『お嬢、起きてください。朝っすよ』

『んむぅ……? って、サ、サクくんっ!?』

『何をそんなに驚いてるんですか? いつも起こしに来てるじゃないですか』

『だって私、寝間着だし……!』

『いや、そりゃ寝てたんですから寝間着でしょうに。変なこと言ってないで……ほら、当主様達も待ってるんで早くしないと───』

『で、出て行って!!!』

『ぶべらっ!?』


 〜〜


「───なるほど、だから朝からサクの顔にそんな痣があったのだな」

「違います、気にしてほしいところはそこじゃありません」


 サクの目が腫れ、青く痛々しい痣が残る顔をしている原因が分かったロイス。

 どうやら、朝からカルラに殴られたことが原因なのだと理解する。

 しかし、サクが気にしているのはそこじゃない。


「他にはですね───」


 〜〜


『お嬢、鍛錬お疲れ様です』

『う、うん……ありがとう、サクくん。でも、ちょっと近づかないでほしいかな。タオルはそこに置いて───』

『ん? どうしてです?』

『だ、だって……汗かいちゃってるし───』

『そんな汗なんて気にしませんよ。いつもそんなことお嬢も気にしてないじゃないです───』

『近づかないでっ!』

『ばべごぶちゃぇ!?』


 〜〜


「……ほう? だからサクの燕尾服がボロボロなのか」

「着替えるのがめんどくさかったですしね。まさか、燕尾服がここまでボロボロになるまで吹っ飛ばされるとは思いませんでした」

「サクもそろそろ鍛えた方がいいだろうな」

「いや、女の子なのにあそこまで力がある方が異常だという方に目を向けてください」


 どうりでサクの燕尾服がボロボロなのかまたしても理解してしまったロイス。

 多少の土埃は取っているが、それでも汚れていたり破れていたりと……痣が目立つ顔も合わさることで、妙に痛々しかった。


「俺は初め……ついにお嬢に嫌われたのかと思っていました」

「それはないだろう? カルラがサクを嫌うことなど、傍目から見ている我々でもあり得ないと断言できるぞ」

「えぇ、お嬢に嫌われている様子はありませんでした。そう気がついたのは、先程のことです───」


 〜〜


『ね、ねぇ……サクくん? 少しだけ、あっち向いててほしいんだよ』

『……? いいですけど、どうしたんで───』

『……えいっ』

『ッ!? お、お嬢……いきなり抱き着いてどうしたんですか!?』

『な、何も言わないで……ちょっとだけでいいから、このままがいい……』

『〜〜〜ッ!?』


 〜〜


「つまり、未だにサクの鼻の下が伸びているのは───」

「父親に向かって言うセリフじゃないですけど、大変素晴らしく柔らかかったです」

「……そうか」


 唐突な惚気に、ロイスは苦笑いを浮かべてしまう。

 最近、大人に近づいて来てしまったからか娘からのスキンシップが昔に比べて減ってしまったロイスは、同時にサクが羨ましいとも感じてしまった。


「というわけで、最近のお嬢の様子が変なんです」

「まぁ、話を聞く限りはよく分からないな。カルラがお前に対して甘えてくるのは昔からだが、恥ずかしがるというのはもはやなくなっていたと思うのだがな」

「それに、最近は甘え方が尋常じゃありません。膝枕とか肩を寄せてきたりとか膝の上に乗ってくることならいくらでもありましたけど、抱き着くなんて過去一度もありませんでしたよ」

「だが、それはサクにとっては喜ばしいことじゃないのか?」

「無論、めちゃくちゃ嬉しいです」


 鼻の下が未だに伸びているのがその証拠だろう。


「お嬢にそれとなく聞いても「な、なななななんともないしっ! どうもしてないしっ!」って言うばかりで教えてくれないんですよね」

「うむ……そうか、本人に聞くのがベストではあるが、カルラが言わなければ確かに分からんな」

「当主様でもですか? 父親なのに?」

「恥ずかしい話、私は昔から剣一筋でな。娘と言えど女の気持ちなど分からん」

「うーん……困りましたね」


 腕を組み、頭を悩ます二人。

 その二人は、世間では「鈍感」と言われる部類に属する人間だ。

 当然、一人の女の子の心情変化など読み取れるわけでもなく───


「よし、ならば夕食の時にでも私から聞いてみよう」

「流石です、当主様。お礼に、最近仕入れた夫婦円満薬精力剤をプレゼントします」

「おう……任せたまえ、我が息子よ」


 ガシッ、と。二人は固い握手を交わす。

 こうして、サクの相談が終わったその日の夕食───ロイスは、全員が揃う中でカルラにと尋ねた。

 しかし、全員がいる場……そんなことを聞かれたら、女の子がどういう反応をするかは言わずもがな。

 次の日、ロイスの顔には酷い痣が残っていたらしい。

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