褒美
サクが目を開けると、絢爛なシャンデリアが眼前を灯していた。
赤い絨毯が全体に敷かれ、クロスを被せたテーブル、並べられる料理、ざわついている数多の貴族達が視界に入る。
フッ、と。力の抜けるような感覚を覚えたサク。
慣れない場所に長時間いたからか? それとも無事にゲームが終わり、ソフィアとの『決闘』に勝てたからかは分からない。
「も、戻ってきたぁ……」
サクの横から安堵を滲ませる声が聞えた。
声のする方を向くと、エメラルド色のドレスを着たカルラが立っている。
どうやら、自分達は初めにいた場所———会場の隅へと戻ってきたようだ。
「ね、ねぇサクくん? 私達、ちゃんと勝ったんだよね?」
「そうだと思いますけどね。っていうよりお嬢、なんか足が震えてません?」
「なんか気が抜けちゃって……わ、私っ、なんだかんだ
一応、花束を手渡したのはサクであり、勝者はカルラではない。
しかし、サクにとってはカルラという存在がいたからこそ勝てたのだと思っており、そもそもカルラにいいところを見せたいだけで勝者にこだわってはいないため、指摘することはなかった。
代わりに、足が震えているカルラに手を差し出して支えることにした。
しかし、カルラは差し出した手を取ることはせず、代わりに両手でサクの背後に回って肩に手を乗せる。
結局、手を差し出すどころか両肩を貸してしまうことになったサクであった。
(にしても、さっきから視線が凄いな……)
震えるカルラを支えサクに浴びせられる視線。
当事者である参加者は誰が勝ったのか把握はしていないだろうが……それにしても数が多い。
(『才女』のソフィア様に勝ったからか? それとも、俺がどこの馬の骨とも分からないからか……)
いずれにせよ、肩身が狭いことに変わりがない。
面倒くさいなと、サクは嘆息つくのであった。
「サク、ソフィア!」
すると、会場の真ん中からサクとカルラに向かって一人の男がやって来た。
はちきれんばかりのスーツが、逞しい体をこれでもかと主張している。
「当主様」
「サク! お前……お前は、もう最高だな!!!」
サクの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫で回すロイス。
勝ったことが嬉しいのは分かるが、サクにとってはせっかく整えていた髪が崩れるのは切にやめてほしかった。
「カルラもよく頑張ったな! まさかソフィア様に勝つなんてな!」
「お、お父さん……私、初めて勝ったよぉ……!」
「そうだな、お前はよく頑張った!」
たかだか余興、たかだか
それでも、その裏に人生がかかっていたのだから二人の反応は当たり前のものなのかもしれない。
『皆様、お疲れ様でございました』
二人が喜んでいると、会場にそんな声が響き渡った。
会場にいる貴族全員が、その声のする方に視線を向ける。
『さて、私が用意させていただきました余興はいかがでしたでしょうか? これはあくまでも
壇上には一人の少女。
深い黒を主張するドレスを着たソフィアが壇上へと立っていた。
『ご覧になっていた方はご存じだと思いますが———この度の
会場にざわめきが起こる。
それは観戦していた貴族からではない―――
『非常に悔しく、同時に面白いと……そう思えたゲームでした。叶うことなら、このまま語りたいところではありますが———その前に、私は
会場が、ソフィアの次の言葉を待つ。
好奇心と疑問と戸惑い―――それぞれの表情を浮かべながら。
『
そして、ソフィアは会場の隅にいるサクへと視線を向けた。
続くように、会場にいる貴族達からの視線もサクへと集められる。
(え、何この公開処刑?)
注目を浴びることに慣れていない。更には、会場にいる全てがサクにとってはお天道様の貴族達だ。
先程受けていた視線以上の視線。それに苦笑いを浮かべることしかできなかった。
『さぁ、サク……こちらへ』
ソフィアがサクを壇上へと促す。
そのため、後ろにいるカルラの方を見る。
すると、乗せられていた手を離され、小さく背中を押された。
つまりは「行け」ということなのだろう。
(……行きたくはないが、これもお嬢に好かれるためだ)
カルラは「
となれば、今日がダメだった以上また
勝つのであれば、またしてもこのような注目を浴びることになるだろう―――ならば、慣れておく方がいい。
サクはそう覚悟し、カルラに「行ってきます」と笑顔を見せると、ソフィアのいる壇上へと足を進めた。
『あいつは誰だ? 家名がないということは平民だろうが……』
『まさか平民がソフィア様に勝ったというのか!?』
『どこの従者ですの? 私、興味が湧いてきましたわ』
会場を横断する際、周囲の貴族からの声が聞えてきた。
碌な教養も受けられず魔法も剣も満足に使えないような平民が勝てば、周囲の反応も当然だと言える。
(興味関心はお嬢だけが向けてくれればいいのに……)
そんなことを思いながら、サクは壇上へと上がる。
そして、ソフィアの前へと立つと膝をつき、
「頭を上げてください、サク」
ソフィアの言葉で、サクは頭を上げる。
だが、立つことはしない―――それが、貴族と平民の差である。
いつもであれば違っただろうが、この場はあくまでも公の場だ。平民のサクは弁える必要がある。
「サク……この度はおめでとうございます。自分で口にするのも変ですが、まさか負けるとは思ってもいませんでした」
「……勿体なきお言葉です。しかしながら、この度は運がよかっただけのことにございます」
「ふふっ、そうですか。ですが、謙遜されてしまうと私は少し傷ついてしまいます。こう見ても、かなり自信があったのですよ?」
どうすりゃいいねん、と。
サクは内心愚痴を溢してしまう。
「早速ですが―――サク、あなたに褒美を与えましょう。といっても、まさかサクが勝ってしまうなどと思いませんでしたので、相応のものを用意していません」
この場に集まるのは貴族が大半だ。
平民でも同伴者であれば参加することはできるが、魔法も剣も碌に扱えない人間で
貴族と平民。同じ褒美でも、与えるものは変わってくる。
貴族であれば侯爵家の度量を見せ、かつ貴族間のバランスを崩さない程度のものを。
平民であれば、小さく成り上がりの足場を作れるものを。
「…………」
サクにとって、この世でほしいものはカルラの想いただ一つだ。
成り上がりたいとも思ってなく、金銀財宝がほしいわけでもない。
だが、この場で「いらない」と言うのは、正当な理由がなければ不敬———更に、
「では、こうしましょう」
一拍空けて、ソフィアはその褒美を思いつく。
そして———
「サク……あなたには、私の専属執事になることを許します」
「……は?」
サクの口から、そんな呆けた声が漏れた。
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