令嬢の花選び、閉園
「ね、ねぇサクくん?」
「どうしました、お嬢?」
「色々と、カルラちゃんは理解できないままでいるんだけど、ご説明はしてもらえないのでしょーか?」
灼熱という光に照らされ、鼻につく焦げ臭さとじんわりと熱さを帯びる風を浴びながら、サクとカルラは屋敷に向かって歩いていた。
そこかしらから参加者の驚きの声が上がる。いきなり火があがったのだ、当然と言えば当然の声ではある。
壁草が燃え上がる火の手によって瓦解し、迷路という機能が徐々に崩壊していく。
「といっても、説明することなんてないでしょうに。俺の手元には花束がある、勝利条件を満たしている。これで万事解決じゃない?」
「だーかーらー! どうやって手に入れたって言うのさ! カルラちゃんはそこが知りたいんですぅー!」
頬を膨らませて不機嫌さをアピールするカルラ。
サクは「そのほっぺ、突っついてみたい」という衝動に駆られるが、寸前のところで踏みとどまった。
「……お嬢が言うのは「胡蝶蘭じゃなくてどうして薔薇で花束が作れたか?」ってところですか?」
「いぐざくとりー!」
「……そんな「分からない」に胸を張られても」
それはそれで可愛いんだけども、と。サクは苦笑いを浮かべた。
「だってさ、これってルールとは違うじゃん。花束は初めに渡された花でしか作られないんじゃないの?」
「逆に言いますけど、どうしてお嬢は胡蝶蘭でしか花束は作れないなんて思ったんですか?」
「それは……」
消滅、所有権の移動もできた胡蝶蘭。
ルールに触れている花だからこそ、花束にできるのは胡蝶蘭でありそれが勝利条件。
そう、カルラは思っていた。思っていたからこそ、他の参加者もカルラも必死に胡蝶蘭の奪い合いを始めたのだ。
だが―――
「どこにも胡蝶蘭って明記されてないでしょうに」
「……あ」
カルラの口からふとそんな言葉が漏れる。
「ルールでは『花を四十本集めることによって花束となる』となっていますよ。胡蝶蘭なんて、皆が勝手に思っていたことですよ。ババ引きの時と同じです」
そう、ルール上ではどこにも『胡蝶蘭』を四十本集めることによって花束が作れる―――なんて記載はどこにもない。
つまり、胡蝶蘭以外の選択肢があるということだ。
もし仮に胡蝶蘭によってでしか花束ができないというのであれば、確実に明記されるはずなのだから。
「で、でも……よく気がついたね、サクくん。私、全然考えもしなかったよ」
「人は誰にも身近な変化を意識してしまうものですからね。壁草に薔薇が生えていたとしても、大きな変化より身近な変化を重要視して考えてしまう……そりゃ、誰だっていきなり胸に胡蝶蘭がついていれば、それがキーだと思うでしょうよ」
「そ、そっか……」
カルラはサクの言葉に頷くことしかできなかった。
初めて本当の
「それに、違和感なんていくらでもあったんですよ?」
「ふぇっ? 違和感?」
「例えば、どうして勝利条件は『令嬢が選んだ花で作られた花束を渡す』っていう書き方をしているのか、とか。どうしてルールにいつもならないはずのプロローグなんてものがあったのか、とか」
熱風が肌を撫でる。
時折舞い上がる灰が、視界を奪いながらも着実に一歩を踏みしめていく。
「もし、このゲームが普段はないはずのプロローグによって作られているのなら、勝利条件は『令嬢が王子に渡すための花』を渡してあげることです。令嬢はプロローグで『愛』を伝えたいんでしょう? 確かに、胡蝶蘭でもよかったかもしれませんが……その役目を果たすのなら、薔薇でもいい」
「……だからサクくんは薔薇でも花束が作れると思ったんだね」
「その通りっす―――令嬢は花を王子に渡したい。その花はなんでもいい……この花園にある花なら、令嬢が愛を伝えられるならなんでも。もちろん、胡蝶蘭でも勝利条件に成り得たはずです。他の花もこの花園にあれば、それも勝利条件になったでしょう。故に、失礼ながらその選択肢は潰させてもらいました」
そこで、カルラは納得する。
どうしてサクがいきなり胡蝶蘭を燃やすという選択をしたのか? それは単純に勝利条件を薔薇に絞りたかったからだ。
「まず、胡蝶蘭を燃やせば消滅による勝利条件は消える。この花園を燃やせば他に咲いているかもしれない花を消すことができるし、他の参加者が薔薇の花を集めることを防げます……どうです、これで納得していただけました?」
「……ただ燃やしちゃいたい衝動に駆られちゃったのかと思ってた」
「単純に酷い」
どこかで自分の認識を改めさせなければと思うサクであった。
「今思ったんだけど、ソフィアちゃんはどうして花束を作らなかったのかな? ほら、勝利条件は令嬢にも該当するんだったらゲームが始まってからすぐにでも集めれば―――」
「自分が花束を作れたところで、手渡せないですからね。何せ、もらうのは自分なんですから」
「そっか……ソフィアちゃんは、勝利条件がどうしても満たせなかったんですね」
「そうそう。結局、令嬢は消滅によってでしか勝利条件は満たせないってことです」
「もしかしなくても、初めから全部分かってたの?」
「もちろん———何せ、俺はお嬢を惚れさせる男ですからね」
そう言って子供らしい笑顔を浮かべると、サクは先を歩く。
その後ろ姿を見て、カルラは少し固まってしまった。
(……凄い)
初めての環境、戸惑いも緊張もあったはず。
それなのにもかかわらず、サクは冷静に物事を見て、流されることなく勝利条件を満たした。
カルラの知っているサクはいつもおちゃらけて、最近は自分に告白してばかりの男の子。
昔も今も、サクのこんな一面があるとは思わなかった―――こんな一面は、初めて見た。
腕がいいわけじゃない、腕っぷしが強くて強くて頼もしいわけじゃない。
何もできない、普通の一般人で平民。そのはずだが———
ドクン、と。
サクの背中を見て胸が高鳴った。
(う、ううんっ! 今のはなし! なしったらなしなんだよ!)
熱を帯びた顔を振って気持ちを掻き消そうとするカルラ。
自分はこんなにも単純な女の子じゃない。確かに「頭のいい人」がタイプではあるが、一回だけの姿に惚れてしまうほど安い女になったつもりはない。サクのことは嫌いではなく、むしろ誰よりも仲がよくて、誰よりも信頼しているが、異性として見ているわけではないのだ。
カルラは慌ててサクの隣に並び直し、一瞬だけ湧き上がってしまった自分の気持ちと早まった鼓動を誤魔化すようにサクに笑顔を向けた。
「ソ、ソフィアちゃんも知らなかっただろうね! こんな抜け道みたいな勝ち方があるなんてさ!」
「いや、普通に知ってたでしょ? だからこそ、俺が燃やそうとした時に斬りかかってきたんですから」
「え? でも殺さなかったじゃん……サクくんなんて、いつでも殺されちゃうぐらい弱いのに」
「普通に酷い」
事実ではあるが、想い人に言われると堪えるものがあった。
「……単純に、令嬢は俺を殺せなかったんですよ。だから斬りかかってきた時も首じゃなくて手を狙ってましたから」
「……んにゃ?」
「あのー……今のはグッときたんで、もう一回言ってくれません?」
「嫌だよ!?」
意図して言ったわけではないのだが、何故かサクには好評だった。
もう一度言え……というのは、カルラにとっては何故か気恥しいものである。
「うぐっ……仕方ない。まぁ、話を戻しましょう」
「逸らしたのはサクくんね」
「……このゲームがプロローグの元によって作られている───というのであれば、ソフィア様は想いを告げたい令嬢という立ち位置になる」
「さっきの話の流れからしてそうだよね。だから花束作れたんだし」
「ちなみに、その令嬢は虫をも殺せないほど優しい女の子みたいですよ……そんな女の子が、人なんて殺せるわけがない」
「なるほど」
カルラは再び納得する。自分が殺されるわけがないと分かりきっていたからサクはあの場面……余裕そうな顔をしていたのか、と。
「一通り疑問は解消できましたかね、お嬢?」
「うんっ! 解決できた!」
「だったら、これでもうお嬢は俺のことを好きに───」
「な、なってないよっ!」
「そ、そんな……ッ!?」
まるでこの世の終わりみたいな顔を浮かべるサク。
一方で「す、好きになってないんだから……」と、長い髪の先をいじりながら染めた頬を逸らし呟くカルラ。
どこかすれ違っているような気がしないでもなかった。
「いいですよ今回は……これからまた
「う、うん……ソウダネ」
「なので、とりあえず───」
ガシャリ、と。瓦解した壁草を踏みしめる。
そして、ようやく長い迷路を抜け、視界が開けた。
目の前には大きな屋敷、夜空に照らされ輝く噴水と芝が広がっている庭───
「このゲームの勝者となっておきましょうか」
───一人の令嬢が、立っていた。
「……来られましたね、カルラ」
「といっても、私はほとんど何もやってないんだけどね……」
「えぇ、承知しておりますよ。あなただけなら、間違いなくこのゲームは私の勝ちでしたから」
ゆっくり、ゆっくりと。
銀髪を靡かせたソフィアがサクに向かって歩いていく。
「よくも私に土をつけてくれましたね」
「おっと、怒らせるつもりはなったのですが」
「ふふっ、怒ってはいませんよ……ただ、悔しいですね。それと、それ以上に───」
目の前までやって来たソフィアは、グイッっとサクに顔を近づける。
「あなた、何者ですか?」
「何者と言われましても……しがない一介の執事ですよ」
「……そうですか。まぁ、いいでしょう」
顔を離し、ソフィアは笑みを浮かべ───両手を広げた。
「さぁ、サク……このゲームの最後です。この私に土をつけるのですから、それ相応の言葉を用意しておりますよね?」
「……お嬢以外の女の子にあまり言いたくはないんだけどなぁ」
そんなソフィアにサクは嘆息つきながらも、膝をつき、包装された色鮮やかな薔薇の花束を差し出した。
「あなたは、この薔薇よりも美しい。ですが、それでもどうか……私の気持ち、受け取ってはいただけませんか?」
それはさながら、
ロマンチックな言葉と、相応の花束を添えることによって溢れる「愛」を届ける場面であった。
もしこれが、真っ赤に燃え盛る花園でなければ、ゲームでなければ、横に想い人がいなければ……きっと、違う見方もあっただろう。
それでも、このセリフこの行動全ては───
「ふふっ……サク、ありがとうございます」
令嬢を、満足させることができた。
宝石よりも、金銀よりも魅力的な……年相応の可愛らしい笑顔を見せて、令嬢は花束を受け取った。
「ふぅ……それにしても、お嬢以外だと
───その瞬間、サクの視界が真っ白に染まる。
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ゲーム時間:36分54秒
勝者:参加者、サク
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