令嬢の花選び④

 どうして


『令嬢が花園に現れるのはゲーム時間内三十分間であり、残り時間を屋敷の中で過ごすものとする』


 というルールが存在するのか?

 参加者同士の花の奪い合いを行うのであれば、令嬢が花園に現れる必要はない。

 では、一体何故? その理由は至って単純で―――


(ソフィア様も花の争奪戦に参加するから……ッ!)


 令嬢———進行役ディーラーであるソフィアが勝つ条件は、何も『誰も勝利条件を満たさないこと』だけではない。

 勝利条件に参加者のみという記載がない以上、ソフィアも例外なく勝利条件が当て嵌まる。

 四十本目の花を消滅させることも、所有権の移動による花束の作成も全て。


 なるほど、と。カルラはようやく理解する。

 ゲーム内で最も強いプレイヤー……己の体験談から、それは間違いなくソフィアだ。

 缶蹴りという例え方も理解できる。最も強いプレイヤーに相対したところで敗北する可能性は高い。

 そうなれば、花を奪われてしまう―――鬼に、全てを。


(まずは逃げなきゃ!)


 サクの言っていたことを理解したカルラはソフィアから背を向けた。

 相対するよりも、逃げることを選択したからだ。


(そういえば、サクくんを置いてきちゃ―――)


 しかし、ソフィアはそれを許さない。


土壁クリエイトアース


 一瞬にしてカルラの進行方向、そこに聳え立つ土の壁が出現した。

 飛び越えられるような高さじゃない。

 迷路という特性上、一方の進路が塞がれてしまえば相対するしかなくなってしまう。


(あぁ、もう……ッ!)


 カルラは舌打ちしながら、足を止めて再び走り出す。

 逃げるのではなく、相対するため。今一度剣を握り直し、今度はソフィアに肉薄を始める。


「ふふっ、それでこそカルラです」


 ソフィアは迫るカルラを見て笑うと、手に持っていた剣を一度地面へと小突いた。

 すると、鋭利な土の槍が何本も地面から出現する。


「無詠唱だなんて、本当にやめてほしいなぁ!」


 魔法を扱う者の弱点は詠唱にある。

 詠唱を行う間は魔法士は無防備な状態になり、その間だけは動きやすい時間を相手に与えるからだ。

 しかし、ソフィアが放つ魔法は無詠唱———発動までのロスがなく、迫る時間すら与えてくれない。


 カルラは地面の起伏が始まるタイミングを見極め、的確に出現する槍を避けていく。

 何本、何十本。一本道という狭い空間で、絶え間なく訪れる槍を躱していくカルラは流石と言える。

 だが―――


「体がお留守ですよ、カルラ」


 避けるために体を横にズラしたカルラの下に、ソフィアの影が現れる。

 出現した槍を物陰のように扱い、避けることに集中していたカルラの不意を突く。


「まずッ!?」


 無理な体勢ではあるが、振り下ろされる剣を辛うじて弾く。

 その続けざまにカルラは蹴りを放つが、ソフィアは身を反転しカルラの懐に潜り込んだ。

 近接戦闘は騎士の基本だ。剣という獲物しか持ち合わせていない騎士にとって、懐までを含めた間合い全てがテリトリーとなる。


 故に、懐に入られた程度で臆するカルラではない。


(どうして、お嬢が真っ先に逃げようとしたのか?)


 そんな光景を、サクは離れた場所で見守る。


(一度も勝てたことがないから? それもあるけど……お嬢はちゃんと理解してる)


 絶対に勝てない───その言葉は、決して実力差があるからという話ではない。


 カルラが懐に入ったソフィアの首目掛けて剣を振るう。

 しかし───寸前で、刃が止まる。


(令嬢を殺してしまえば、勝利条件が


 花束を渡すか、消滅させるか。

 その全ては、令嬢がいなければそもそもが満たせない。

 何せ、仮に花束を作ったとしても令嬢がいなければ渡せない。

 更に、消滅させたとしても令嬢自体がいなくなれば所有権の移動がなされないため、四十本目だろうが勝利条件には該当されない。


 つまり、どの勝利条件にも必ず令嬢という存在は必要で、勝利を目指す参加者は───殺せない。


「そうですね、カルラはそうするしかありませんよねっ!」


 動きが一瞬止まった隙を見て、ソフィアはカルラの胴体めがけて力強い掌底を叩き込む。


「ぐふっ!」

「まずは


 カルラの体が吹き飛ばされる。

 地面を何度も転がり、やがて一つの槍に背中を叩きつけられた。

 更に―――


土縛アースバインド


 叩きつけられた土の槍に、カルラの体が沈みはじめる。

 まるで泥沼にはまったかのよう。すぐさま脱出を試みるが、すでに手足が土くれに沈んでしまった。


「ふふっ、私の魔法スピードは速いでしょう? 逃げる隙など、与えるつもりはありませんよ?」


 カツ、カツ、と。ヒールを鳴らし、ソフィアは顔に笑みを浮かばせながらカルラに近づく。

 必死に手足を抜こうとするカルラ。だが、抜け出すよりも先に―――ソフィアが目の前に立つ。


「さて、この花は私がもらっていきますね」

「だ、だめっ!」


 一本、二本……そして、残っていた十一本全て。

 カルラの拒絶の言葉を無視して、ソフィアの胸に収まった。


「あ、あ……ぁ」


 せっかく集めた花が。一瞬にして消えていく。

 カルラの勝利という言葉が……遥か先に消えてしまったような気がした。


「悪く思わないでくださいね、これもルールに則った行動ですから。カルラとの勝負もありますが、私は『才女』と呼ばれる者として、負けるわけにはいかないのです」


 全てを奪い取ったソフィアはゆっくりと背を向ける。

 そして、今度は蚊帳の外にいた―――サクへと視線が向けられた。


「さぁ、サク。あなたが持っているその花も、私がもらってもよろしいでしょうか?」

「に、逃げてサクくんっ!」


 自分の花がなくなったとしても、サクが花を持っていればまだ四十本目の消滅という勝利条件は残る。

 参加者からまた花を奪い取る……それもできるだろう。だが、目下残っているのはサクの花しかない。

 カルラは必死にサクに訴える。例え、初めに自分がやられたように土の壁によって退路が塞がれるだろうということが分かっていたとしても。


 だが―――


「いやぁ、素晴らしい。お嬢がこうもあっさり負けるだなんて、流石は『才女』と呼ばれるお方なだけはあります」


 サクは逃げない。

 ただ、拍手をしてこの場の勝者であるソフィアを称える。


「ふふっ、ありがとうございます。では、私から逃げられないということは理解してくれていますよね?」

「それはもちろん。何せ、俺は平民ですから。お嬢みたいに剣の才能があるわけでもないですし、魔法すら使えない一般人です」

「では、花を―――抵抗さえしなければ、殺しはしません。私、ゲームの中とはいえあまり殺傷が好きではありませんから」


 ゆっくりと、ソフィアはサクに近づく。

 着々と、鬼の手がカルラ達の勝利を壊しに参る。

 だけど―――


(あ、れ……?)


 ふと、カルラは違和感を覚えた。

 こんな状況なのに、追い詰められているはずなのに───いつものサクとは違う。


(どう、して……? サクくんは、そんなに?)


 サクの顔には笑みが浮かんでいる。

 ゲーム内最強のプレイヤーを前にして諦めているからか?

 いや、それも違う……サクを一番理解しているカルラには、今のサクが諦めているようには見えなかった。

 どちからというと───


「安心しろよ、お嬢……俺がちゃんとから」


 ───自信、それだけ。

 その口調は執事が……主人に対するものではない。

 でも、カルラには懐かしく感じた。まるで、出会った頃のサクのような、そんな感じ。

 不遜だとも、不敬だとも思わない。何故か───頼もしい、そう思った。


「なるほど……サク、あなたは魔法もろくに使えず、剣も振れないというのに、私に勝てると思っているのですか?」

「無理に決まってますよ……ですが、これは腕っ節勝負の争奪戦じゃなくて単純な遊戯ゲームですから」


 笑うサクに、ソフィアは眉を顰める。

 侮辱されたからではない、ただ何かあるのではないかという警戒。

 ソフィアの警戒を一身に受ける中……サクは、胸にある胡蝶蘭を手に取った。


「俺、実はお嬢とどんな状況になったとしても生きていけるように、持ち運べるぐらいのサバイバル道具は常に持つようにしてるんですよね」


 唐突に、サクが語り出す。

 この状況で一体何を言っているのか? ソフィアとカルラは疑問に思う。


「例えば……、とか」


 更にマッチがどうしたのか? カルラは変わらず疑問に思う。

 だけど、ソフィアは違った。


「ッ!?」


 すぐさま地を駆ける。

 顔に焦りを浮かばせ、倒さんとばかりに剣を握り締めて。

 だが、サクの動き出しの方が早い。


「四十本しかない胡蝶蘭。所有権を奪うか消滅によってでしか使えない花ですが───」


 サクは懐からマッチを取り出し、火を付けた。

 そしてソフィアは眼前まで迫り、容赦なく手元目掛けて剣を振う。

 サクは避けない。その代わりに───


、どうなりますかね?」


 ボゥ、と。

 サクの手に持っていた花が燃えた。

 消滅でも所有権の移動によってではなく───自分の手で、物理的に。


「サ、サクくん……?」


 何しちゃってるの、と。

 カルラはサクの行動が理解できなかった。

 しかし、ソフィアがサクの手元に刃が食い込む寸前───手が止まった。


「……あなた、は」


 燃やしてしまえば四十本目の消滅ができない。

 花束さえ、作ることができない。

 何せ、四十本しかない花の一本がルールに則ることなく消えてしまったのだから。

 それでも、サクは───


「さぁさぁ、ソフィア・カラー殿───」


 獰猛に、笑った。


「俺と、

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