令嬢の花選び⑤
「まさか、燃やされるとは思っていませんでした……」
剣を鞘に収めながら、ソフィアは小さくため息を吐いた。
「すみません、これが俺のやり方なもんで」
「……随分と、火遊びがお好きな殿方ですね」
ソフィアはサクに背を向けて歩き出す。
向かう先には、大きく聳え立つ屋敷が見えた。
「……俺を倒さなくてもいいんですか?」
離れていくソフィアの背中に向けて、サクは声をかけた。
すると、ソフィアが小さく苦笑する。
その顔は、サクには見えない。
「意地悪を言わないでください、サク。私は手出しができない……それを、どうせあなたは知っているのでしょう?」
「…………」
「沈黙は肯定と取りますよ」
そして、動けずにいるカルラの横を通り過ぎる。
その際、小さく……ほんの小さくではあるが、ポツリと呟いた。
「随分と、優秀な執事さんですね」
「……ふぇ?」
何を言っているのか分からなかった。
もう一度聞こうとしても、ソフィアはカルラを追い越して先を歩いてしまったので聞くこともできない。
一人だけ状況が飲み込めずにいるカルラの下に、今度はサクがやって来た。
「いやぁ〜、無事っすかお嬢?」
「この状況を見て、無事だと思えるんならサクくんは人生楽しく過ごせるね」
盛大な皮肉を受けて「冗談なのに」と、サクは若干涙目になる。
「しかし、なんだ……その、こうして身動きが取れないお嬢を見ると───イタズラしたい衝動に」
「駆られちゃダメだよ!?」
うずうずと、指を合わせるサクに身の危険を感じたカルラであった。
「冗談ですよ。前にも言いましたが、そういうのは互いに合意の上でやるべきですから……それで、いつ合意してくれます?」
「一生合意しないから! サクくんは、しばらく私にスキンシップ禁止!」
「でも、お嬢もたまにしてくるじゃないっすか!」
「私はいいの!」
身勝手なお嬢様だと、しょげた様子を見せたままカルラが落とした剣を拾うと、サクはカルラを縛っている土くれそ削っていく。
そして、なんとか上手いこと削っていくと、カルラの両手両足が解放された。
「ふぅ……色々と聞きたいことがあるけど、とりあえずありがと」
「どういたしまして」
「さて、サクくん……私に言わなきゃいけないことがない?」
「好きです、お嬢!」
「そうじゃ! ないんだよ!」
地団駄を踏み、顔を真っ赤にするカルラ。
もはや、このやり取りも見慣れたものである。
「まぁ、落ち着いてくださいよお嬢。今はゲームに専念しましょう」
「……帰ったら絶対にお仕置してやるんだから」
とりあえずカルラについた土埃を払うサク。
専念したくても茶化してくるのはサクくんなのに、と。カルラは可愛らしく頬を膨らませた。
「結局、何がどうなったの? ソフィアちゃんも、いきなりどこか行っちゃったし」
「それはそうでしょう。お嬢も分かってるかもしれませんが、もはやソフィア様は勝利条件を失ったからですよ」
「……サクくんが燃やしちゃったからだよね」
「その通り」
四十本しかない花は、現在三十九本。
燃やしてしまった花は消滅には当て嵌らず、現実世界でやってしまった時と同じく存在そのものがなくなってしまった。
つまり、このゲーム内では勝利条件を満たすことが不可能。全ての花を消滅させたところで、三十九本にしか届かないのだから。
「でもそれって私達も同じだよね? もしかして……サクくん、引き分け狙いとかしてるの?」
「まさか、俺は勝つことしか考えてないっすよ」
「でも、サクくんのせいでもうお花はないじゃん。サクくんのせいで」
「めっちゃ責めるじゃないっすか」
「もちろん」
アフターケアが大変になりそうだと、サクは苦笑いを浮かべた。
「俺だって馬鹿じゃない。胡蝶蘭を燃やしてしまえば、消滅による勝利条件が満たせないっていうのは分かってます」
「だったら───」
「俺は言いましたよね? 勝利条件はほぼ一つだって」
だから、消滅しか勝利条件がないんでしょ? と、カルラはサクに言い返す。
しかし、そんなカルラの言葉を無視して、サクは近くの壁草まで近寄った。
そして、何故か壁草に生えている薔薇の花を棘が刺さらないよう慎重に摘み取っていく。
「お嬢、胡蝶蘭の花言葉って知ってますか?」
「……純粋な愛、だったっけ?」
「そうです、いい花言葉ですよね」
突然振られた話に首を傾げるカルラ。
花言葉がゲームとなんの関係があるのか? 先程からサクの言葉に疑問ばかりだ。
「この花園は好きですよ、そこかしらに「愛」が溢れてる。この花園が本当に令嬢の所有するものなら、俺は彼女に尊敬を禁じ得ない」
言葉だけではなく、行動で。行動だけではなくもので。
愛しているという言葉を行動や言葉でしか伝えてこなかったサクにとっては、愛している人がいる者同士尊敬してしまう。
こんなにも一途で純粋で、愛が大きいのか、と。
「そして、この薔薇も……「愛」が花言葉です」
一本、また一本と。サクは薔薇を摘み取っていく。
赤、ピンク 、緋色、黒色……色鮮やかな薔薇が、サクの腕に抱えられる。
そして、それが何本目かになった瞬間───
「……え?」
カルラの口から、驚くような言葉が漏れた。
摘み取っていたサクを見ていただけなのに、自然に……それは、カルラにとって驚いてしまうようなことが目に映ったからだ。
「お嬢って、火を出す魔法って使えます?」
「う、うん……一応使えるけど。そ、それより、サクくん……その薔薇───」
「じゃあ、この花園全部を燃やしてくれませんか?」
「はぁっ!?」
目の前で起こったこともそうだが、カルラはサクの言葉に再び驚く。
「ほら、俺が持っているマッチだけだとここ一帯を燃やしきれませんから」
サクはマッチを擦ると、そのまま摘み終わった場所に火をつける。
ゆっくりではあるが、その火は徐々に燃え広がっていった。
「さて、お嬢……ここら辺を燃やしたら行きましょうか」
どこに? そんな疑問は、もはや口にできなかった。
それは、サクの姿を見れば一目瞭然なのだから───
「お嬢以外の女の子に
そう言ったサクの手には、綺麗な包装がされた薔薇の花束が抱えられていた。
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