令嬢の花選び③
『くそっ! カルラ嬢が相手ではまったく歯が立たんっ!』
『私を守れ! 後ろから援護する!』
『ほ、本当に成人したばかりの女の子だというのか!?』
甲高い金属音と衝撃音が響き渡り、焦げ臭い匂いが辺りに充満する。
迷路という仕組み状、道は基本的に一方しか歩けないものとなっているため、分かれ道以外は必ず逃げ場は一つしかない。
逃げようとすれば背中を狙われ、逃げなければ必然的に相対することになってしまう。
そうした一方通行の道で相対を選ぶしかなかった貴族の人間三人。
先程から悲鳴に似た声しか上げていなかった。
「……しっ!」
『ぐぁっ!』
カルラが凄まじい速さで懐まで潜り込み、一人の貴族の心臓を貫く。
引き抜きざまに前から浴びせられようとしていた土の塊を、砂となり消えてしまいそうだった貴族の体で防ぎ、転がる剣を足で蹴り上げ拾うと、そのまま魔法を放っていた貴族に向かって投擲。
更に現れたもう一人の貴族には華麗な剣捌きで応戦し、最後には首を綺麗に跳ね飛ばした。
「…………」
そんな光景を、ただただ後ろでボーっと見守るサク。
本当に、言葉が出てこなかった。
(お嬢、すんげぇ……)
あっという間に参加者三人を屠る力量。
相手は大人であり男であったにもかかわらず、まるで関係なしと沈めていく。
(これが、お嬢の才能……そりゃ、ソフィア様もほしがるわけだ)
素人目でも分かる―――カルラは、群を抜いているどころか卓越している。
そんな若き才能をほしがらないわけがない。ソフィアに限らず、どの貴族であってもカルラを手元に置きたがるだろう。
(っていうか俺……なんか情けない)
女の子ばかりに戦わせる男……確かに情けない。
「ふぃー、疲れた疲れた」
あっという間に三人の貴族を倒してしまったカルラが疲れたように汗を拭う動作を見せる。
ここが仮想空間だからか、汗は一つも浮かんでいなかったのだが。
「流石っすね、お嬢」
戦闘を終えたカルラに、サクは呆けることを止め拍手をしながら近寄った。
「ありがと、サクくんっ!」
労われたことが嬉しいのか、カルラは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
サク、心臓が急に高鳴る。
「これで十四本目……うん、順調だね!」
カルラは倒した敵の亡き場所に落ちている花を触る。
すると、カルラの胸に新たな胡蝶蘭が咲いた。
「それにしても、お嬢は本当に凄いっすね。敵なしじゃないっすか!」
「えっへん! もっと褒めてもいいんだよ? っていうか、褒めて褒めて甘やかして!」
「好きです、お嬢!」
「告白! しろとは! 言ってない!」
頬を真っ赤にしながら、ポカポカと胸を叩くカルラ。
流石は鉄の塊をなんなく振るうことができるカルラだからか、先程から聞こえてはいけないような音が聞えてくる。
しかし、それも照れ隠しなんだなと、サクはご満悦であった。
「まぁ、でも敵なしなのは間違いないんじゃないんすか? 正直、お嬢がここまで圧倒するなんて思わなかったっすよ」
「う、うん……褒めてくれるのは嬉しいんだけどね。でも、敵なしってわけじゃないよ?」
「まぁ、当主様には勝てないでしょうね」
「それもあるんだけど……私、ソフィア様には勝てないんだよねぇ」
少し悔しそうに、カルラは口にする。
「そりゃ、剣だけなら負ける気はしないけど、魔法もアリな戦闘だと負けちゃう。手数も増えるし剣だけじゃどうしても太刀打ちできない時だってあるんだもん。実際に、今まで何度か手合わせしたことがあるけど、一回も勝てたことがないからね」
「ふ~ん……」
カルラにそこまで言わしめる。
それは「流石は『才女』だ」と褒めるべきなのか? ソフィアの実力を実際に見たわけではないサクには分からなかった。
「ま、まぁ? 今は関係ないし! このままじゃんじゃん、敵を倒していこー! そうすれば、私は勝てる! 初めて、
カルラは誤魔化しともとれそうな態度で己を鼓舞し、切り替えて、先へ進もうと真っ直ぐ迷路を歩き始める。
しかし───
「あー、そうっすねー」
「む? なんだい、その反応は!?」
「いやー、なんでもないっすよー」
「その反応はなんとも思ってなさそうな顔じゃないんだよ!」
サクの態度に、少しだけ苛立ちを見せるカルラ。
頬を膨らませ、可愛らしくも不機嫌さをアピールする。
「もしかして、サクくんは私が参加者の人に負けるって思ってる?」
「いや、参加者であればお嬢は負けないでしょう」
「だったら、別にいいじゃん! このまま倒していけば勝てるんだからさぁ!」
「…………」
「その目は止めるんだよ。カルラちゃんの心がゴリゴリ削られちゃうから」
唐突に呆れたような目を向けられるカルラ。
古今東西、主人こんな呆れた目を露骨に向けるのはサクぐらいなものだろう。
「まぁ、真面目な話をしましょう―――お嬢は、このまま参加者を倒して胡蝶蘭を触っていけば勝てると思いますか?」
「う、うん……そりゃ、勝てるよね? だって、お花も奪えるし消滅だってできるんだもん」
参加者を倒せば花が手に入るか、消滅させることができる。
勝利条件が『花束を作り差し出す』ことと『四十本目の花を消滅させる』ことだという以上、それ以外に勝つ方法などあり得ない。
だけど、サクの顔には「違います」とでも言わんばかりの否定が見て取れた。
「言っておきますけど、このゲームはほぼ勝利条件が一つなんですよ。それは分かりますよね?」
「二つじゃないの?」
「…………」
「ごめんなさい、分からないです。だからそんな目で私を見ないで」
二度目の呆れた目を向けられ、カルラの心のHPがごっそりと減っていった。
「考えてみてくださいよ、お嬢。俺達は順調に胡蝶蘭を手に入れてますが、触った胡蝶蘭が消滅することになるんですよ?」
「そりゃそうだよね。消滅するんだもん」
「それで、消滅した胡蝶蘭は令嬢———ソフィア様の手元に渡る。だとすればおかしいですね……四十本しかない胡蝶蘭を使って、一体お嬢はどうやって花束を作ろうとするのでしょう?」
「……あ」
花束を作るには花を四十本集めなくてはならない。
だが、消滅してしまえば令嬢であるソフィアの手元に渡る。そうなってしまえば、いくら参加者を倒して花を奪ったところで一本でも消滅してしまえば、花束には届かない。何せ、花はちょうど四十本しかないのだから。
時間が経てば経つほど、誰かと誰かが接触する機会は増えてくる。カルラが敵を倒しても、奪った花は倒した相手が奪ったものである可能性が増えてくる。一回でも消滅と……いうことになってしまえば、必然的に花束という勝利条件は満たせない。
「勝利条件が一つしかないって言うのは、分かったよ……でもね、問題なくない? だって、私が参加者を全員倒していけば最終的には四十本目の勝利条件を満たせるよね!? そこのところ、サクくんはいかがお考えでしょーか!?」
確かに、カルラの言う通り参加者全員を倒していけば四十本目には届く。
消滅させるのはサクというペアがいれば二回触れさせて意図的に消し、全ての花を消滅させることができるからだ。
だけど―――
「残念だけど、お嬢……それじゃ勝てないっすよ」
「どうして!? サクくんって、私が負けると思ってるの!?」
自分の考えを否定されたか、それとも自分では勝てないと思われたからか。
カルラの言葉に怒気が含まれ始める。拾われてからあまり怒られたことのなかったはずなのに、今回久しぶりに明らかな怒りを見せた。
しかし、サクは狼狽えることも機嫌を取ることもしない。
「いや、勝てないっていうのは方法とか考え方が間違ってるからで───いや、こっちはいいや。どうやらお客さんが来たみたいですし」
「……え?」
サクがそう口にした瞬間。
カツン、と。どこからともなくヒールの音が聞こえてきたのは。
「一応、さっきのお嬢の言葉ですが……俺はお嬢が参加者には負けるとは思ってません。でも、参加者以外なら? 例えば───お嬢自身が勝てないって言っていた相手、とか」
「そ、それって……ッ!」
「相手は参加者だけじゃないですよ? 勝利条件は、参加者にだけ該当する……なんて文言はなかったんですから」
カルラは勢いよく振り返る。
すると、そこには夜空のように深く、薄っすらと輝きを見せるドレスを着た―――銀髪の少女が立っていた。
その胸には、いくつもの胡蝶蘭が咲いている。
「このゲームって缶蹴りみたいなものですよね。鬼に見つからず、いかに缶を蹴るか。いかに三十分の間に現れる鬼に内緒で四十本目を消すか、花束を作るか……そんな感じに」
「ッ!?」
カルラの顔に驚愕が浮かび上がる。
握っていた剣の切っ先を、そのまま令嬢に向けて。
さぁお嬢、と。
「相手を倒し、四十本目を目指そうとしてるのはお嬢だけではなく
サクは愉快そうに笑った。
同時に、銀髪を靡かせる少女も笑った。
「カルラ……その花、いただきに参りましたよ?」
そして———
「俺としては、ソフィア様が勝つと思いますけどね? なにせ、俺の大好きなお嬢にそこまで言わせたんですから」
カルラが焦燥を滲ませた表情を浮かべ、ソフィアに背を向けて走り出した。
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