令嬢の花選び②

 ソフィア・カラーが主催する生誕パーティーに招待された者の一人、現ハビット伯爵家当主であるアレンは花園の迷路を歩いていた。


「ふむ……今回のゲームは『花の奪い合い』になるわけか」


 カツ、カツと。革靴を響かせながら歩く青年とも呼べそうなほど若く見えてしまうアレン。

 手には出現させた規定書スクロールと、玩具箱パンドラに入った時に持たされた一振の剣。


「花、というのはこの胡蝶蘭だろうな……」


 胸についている一輪の胡蝶蘭。

 アレンは、これこそがこのゲームの勝利条件なのだと理解する。

 今回のゲーム、勝利条件は『四十本目の花を消滅により手渡す』か、『令嬢が選んだ花を集めて花束』にするというもの。

 参加者は四十名だと明記されており、本数は無駄なくピッタリだ。

 つまり、これは参加者の花を奪わなくてはならないゲーム。集めるにしろ、自分が始めに持っていた以外の花を二回触って消滅させるにせよ、他人に接触する必要があった。


(にしても、ソフィア様にしては珍しい。これはゲームではあるが純粋な武力勝負になるぞ)


 この玩具箱パンドラが生み出した仮想空間の中ではいくら傷を負っても現実世界ではその傷は引き継がれない。

 故に、何も問題はないのだが───いかんせん、ルールを見る限りでは腕っ節が強い人間が勝てるような内容になっている。

 相手を倒し、花を奪う。触れるにしても簡単に触らしてはもらえないだろうから、結局は倒すしかなくなる。


(まぁ、関係ない……私としては願ったり叶ったりだ)


 魔法は頻繁に使えるものではない。

 周囲に被害が及んでしまう可能性があるため、おいそれと使うわけにはいかないからだ。

 だが、魔法や剣は護身用や戦争のために使われることが多いとはいえ……己の実力を誇示したい時、更にはストレス発散にはもってこい。


(せいぜい、楽しませてもらうとするか)


 迷路を歩く。

 すると、一人のドレスを着た婦人が歩いているのを発見した。

 アレンの走り出しは早かった……まるで、現役の騎士のよう。


「ッ! ハビット伯爵殿!」

「その花、もらい受けますよ」


 婦人は迫り来るハビット伯爵に気がつくと、そのまま手をかざし、詠唱を始める。


「凍てつく氷よ! 彼の者に裁きという名の弾丸を───氷弾アイスバレット!」


 婦人の手からいくつもの氷の弾が射出されるが、アレンは携えていた剣で氷の弾を弾いていく。

 時折足を掠めるが痛みはない。それが、仮想空間内での自分であり、ゲームを楽しめるようにするための玩具箱パンドラだからだ。

 そして、アレンは婦人の懐に潜り込むとそのまま斜めに剣を振るった。


「……ッ!?」


 婦人の顔が驚愕に歪む。

 しかし、婦人の体からは斬られたのにもかかわらず血が溢れることはなかった───その代わり、徐々に砂のように体全体が瓦解を始めていく。

 仮想空間の中では、参加者及び進行役ディーラーがゲームによって死亡した際は現実世界に強制的に戻される。

 体は砂となり、ゲームに復帰することなどできず敗北者として扱われるのだ。


「ふぅ……」


 アレンは剣を鞘に戻す。

 女性の体を傷つけた……そのことに、良心は痛まない。

 女性を傷つけないという紳士的な心構えは、現実世界だけの話であり、ゲームでは存在しないというのが秤位遊戯ノブレシラーの中では暗黙の了解だからだ。


「……さて、と。これでいいのだな」


 婦人が砂と化した場所に、一輪の胡蝶蘭が落ちている。

 アレンが胡蝶蘭に触れるとその胡蝶蘭は姿を消し、代わりにアレンの胸に新しい胡蝶蘭が咲いた。


(これが所有権の移動……こうして四十本集めることができれば花束となり、ソフィア様に持っていけば勝利となるのか)


 もちろん、花束を令嬢の住まう屋敷に持っていく必要がある。

 屋敷に行くにはこの迷路をクリアしないといけないというのは、この入り組んだ迷路で理解した。

 恐らく、屋敷というのは壁草を超えた先に聳える建物のことだろう。


(時間制限がある中、誰にも花束を奪われることなく屋敷に辿り着く、か)


 このゲームは、参加者全員が協力すればあっという間に終わる。

 何せ皆で合流し、花を一人に差し出せば花束など奪い合いをせずとも簡単に作れるからだ。

 しかし、それはないだろうとアレンは考える。


(娯楽に飢えており、このゲームを見ている人間がいる中……己の優秀さをアピールしたいと考えるのは当然だろうからな)


 勝つのは自分であり、他者に……ソフィアという侯爵家の令嬢にアピールしたい。

 それに、侯爵家から与えられる褒美というのも魅力的だ。

 そんな状況下の中で、誰が他人に勝利を譲るのか? アレンも含め、そのような考えを持つ者など存在しない。


(とりあえずは花を奪っていけばいいだろう……そして、四十本目の花が消滅しないかを警戒すればいいな)


 最悪、自分の手元に一本だけでもあれば誰かに勝利条件を満たされることはない。

 参加者に一本ずつしか渡されていないのだ───一本でも欠ければ、全てが揃わない。


 だが、と。


(この『令嬢が花園に現れるのはゲーム時間内三十分間であり、残り時間を屋敷の中で過ごすものとする』というルールがよく分からんな)


 参加者同士で花を奪い合っていくのに、どうして令嬢ディーラーが参加する必要があるのか? それが気になってしまうアレン。

 だが、すぐさま「気にすることではない」と結論付けると、その疑問を頭の片隅へと追いやった。


(参加者が四十本を集めるか、消滅させるか……そうすれば参加者側の勝利。勝者が現れなければ進行役ディーラーの勝利。なるほど……面白い)


 アレンは参加者を見つけるために歩き始める。

 その顔には、無邪気な子供のような笑みが浮かんでいた。


 そんな時だった───


「は〜い、一人目〜!」


 突如、背後からそんな声が聞こえてきた。

 アレンは急いで振り返る───が、


「んな……ッ!?」


 いつの間にか目の前に現れたのは、キラリと光る銀の剣先。

 それが、自分の顔に真っ直ぐ突き刺さった。


「ごめんなさい、これもゲームだから……その花、私がもらうよ?」


 夜空に反射し幻想的とも言えるほど美しく輝いた金髪が靡く。

 エメラルド色のドレスがふわりと舞い、一人の少女の笑みが辛うじて視界に入った。

 ───知っている、その少女の顔を。

 今日、自分の下に挨拶をするために訪れ……アレンが息子の婚約者に、と誘った女の子。

 どうして息子の婚約者に? それは容姿が優れており───


「ふふっ、とりあえず私のために……死んでくださいっ」


 ───剣の実力が、他者より群を抜いているからだ。


 アレンの意識が徐々に薄れ……消えていく。

 こうして、アレン・ハビット───開始早々、秤位遊戯ノブレシラーから退場するのであった。

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