令嬢の花選び①

 サクが目を開けると、空には綺麗な星が浮かんでいた。

 花の香りが鼻腔を擽り、小さな風が草木のざわめきを運んでくる。

 そして、サクが立つこの場所は人二人分はありそうなほどの大きな壁が入り組んでいた。その壁はどうやら草木でできているようで、薔薇の花のグラデーションが色鮮やかであった。

 更に、壁草を越えた先───大きな一棟の屋敷がギリギリ視界に入る。


(ッ!? ど、どうして俺は花園に!?)


 先程まで絢爛なシャンデリアが照らす会場にいたはず。

 なのに、どうして一瞬にして目の前に広がる光景が変わったのか? 突然のことに動揺が隠し切れない。


(箱が光ったかと思えば、これだ……誘拐? いや、超常現象にでも巻き込まれたのか!? とりあえず、お嬢の安全確保が第一!)


 サクは急いで辺りを見渡す。

 といっても、辺りは壁草に覆われていて周囲が見渡せない。

 迷路にでも飛ばされたのか? 動揺を押さえつつ、冷静に判断しようと足を動かす。

 すると———


「よ、よかったぁ……とりあえず、サクくんと合流できた」


 不意に背後から声が聞える。

 振り返ってみると、そこには息を荒らしているエメラルド色のドレスを着たカルラが立っていた。

 その胸には、何故か一輪の胡蝶蘭がついており、腰にはパーティーが始まった時は持っていなかったはずの剣。そして、いつの間にかサクの胸にも同じようなピンクの胡蝶蘭がついていた。

 だが、そんなこと気にしている場合ではないサクであった。


「お嬢! 緊急事態です! 俺達、もしかしたら誘拐されたかもしれません!」

「落ち着いて、落ち着くんだよサクくん」

「なんとしてでもお嬢だけは必ず家に帰してみせます!」

「だから落ち着こ、ね?」

「くっ……なんてことだ、俺の懐にはあまり金がない!? 場所も分からないのに、果たして俺はお嬢を無事に屋敷まで連れ帰ることができるのか!?」

「だから落ち着こうよぉ!」


 一人あたふたするサクの襟首を掴んで揺さぶるカルラ。


「……ハッ!」


 そして、正気に戻ったサク。

 眼前に迫るカルラを見て、幸せという言葉で冷静さを取り戻していくのは古今東西サクにしか成し得ないことかもしれない。


「すみません、落ち着きました」

「うむ……なんか鼻の下が伸びてるけど、どったの?」

「男の度し難いさがにございます」


 決して興奮していたわけではない。


「……? まぁ、よく分かんないけどさ、ここは玩具箱パンドラの中。前に私とやった時に見せたじゃん」

「あー……そういえばそうっすね」


 ここはソフィア・カラーの主催する秤位遊戯ノブレシラーの仮想空間。

 前にサクとカルラが行ったババ引きでも見せたように、ここはゲームをするための舞台なのだ。

 それは景色が一変し、見慣れないはずの光景が広がっていることで容易に理解できるはず。

 何せ、直近で味わったばかり。

 だが許してあげてほしい。サクは秤位遊戯ノブレシラーに慣れないだけなのだ。


「じゃあ、今回のゲームは『花園』でやるんですね」

「そうみたいだね……壁草が迷路みたいになってるから、脱出ゲームみたいなものなのかな?」


 まだ規定書スクロールを確認していない二人はどんなゲームなのかを把握していない。

 カルラがあれやこれやと考察している中、とりあえずサクは一本の薔薇を摘み取ると、膝をついてそのままカルラに差し出した。

 ───サクには現状の考察よりもやらなければいけないことがある。


「お嬢……好きです、俺と結婚してください!」

「待って、サクくん! ここって一応パーティーにいる人も見られるようになってるからっ! そういうのは今は控えよ、ね!?」

「嫌です」

「まさかの即答拒否!?」


 周囲の目や状況など気にせず一途に突き進む……ある意味男らしいと言えば男らしいのかもしれない。

 カルラにとっては迷惑極まりないが。


「いやでも、薔薇っすよ? 愛の言葉を吐くにはピッタリじゃないっすか」

「……サクくんってさ、なんだかんだ言ってるけど順応能力高いよね」

「マイペースなんだと言ってほしいです」


 はぁ、と。カルラはため息を吐きながらサクが持っている薔薇を受け取った。


「ハッ! 受け取ったということはプロポーズの了承!?」

「んなわけ! ないんだよ! 真剣に! やってよもうっ!」


 顔を真っ赤にして否定するカルラ。

 だがサクは見逃さない……渡した時に若干口元が綻んでいたことを。

 ニマニマしてしまいそうになる顔を押さえ、サクは真剣(笑)な顔をする。


「分かってますって。っていうより、結局このゲームはどういったものになるんで?」

「あ、そういえば確認してなかった」


 カルラはサクから一歩離れ、そのまま腕を振るう。

 すると、虚空に一つの巻物が出現し、サクもカルラと同じように腕を振るう。

 二人は、そのまま規定書スクロールである巻物を開くと、それぞれ書かれている内容を確認した。

 そして───


「やったー! 今回は私の得意そうなゲームなんだよ!」


 ぴょんぴょんと、カルラが可愛らしくその場で飛び跳ねた。


「ふっふっふ……剣を使ってもいい奪い合いなら、私に負けは……ないっ!」


 更に「アーッハッハッハー!」という高笑いを響かせる。愉快であり不安が一気に拭えたのだという様子がありあり伝わってきた。

 しかし───


(ふむ……これ、?)


 サクは規定書スクロールを読んでそのようなことを思ってしまった。

 失礼な執事は「おっかしーなー」などと顎に手を当てていると、一気にテンションが上がったカルラがサクの首根っこを掴んで歩き出す。


「さぁ、行くよサクくん! 大丈夫……サクくんのことは私が守ってあげるから!」

「わー、女の子に言われたくないワード第一位をありがとー」


 進むのは、仮想空間の花園迷路。

 カルラ・チェカルディ及びサク、両名───


「お嬢、このルールの前に書いてあるってなんすか? 前にお嬢とババ引きやった時にはなかったっすよね?」

「ふぇっ? そういえば、今までのゲームにこんなのってなかったんだけど……まぁ、気にしない気にしない! 前置きみたいなやつだと思うしね!」

「あ、はい……お嬢がそう言うんだったら」


 ───令嬢の花選び、開始。

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