チェカルディ子爵家
サクにとって、カルラは恩人であり家族であり───想い人である。
幼い頃、両親もおらず道端で一人意味もない人生に光を与えてくれ、温かみを恵んでくれたのことを、サクは今でも鮮明に思い出せる。
『さぁ、サクくん! 今日は何して遊ぼっか!』
『いや、俺は別に───』
『そう言わない、そう言わない! 子供のうちだけなんだよ? めいいっぱい遊べるの!』
『……子供が言う発言じゃねぇだろ』
素行も口調も悪く、一端の貴族であれば問答無用で罰せられたはずの自分。
そんなことは気にせず、毎日のように構ってきた。
でも、それがサクに温かみを与えてくれたのと同義。
チェカルディ家の皆もサクに対しては優しく、家族のように接してくれた。
何かを強制させるわけでもなく、カルラと同じ一人の子供としてすくすくと育つように。
カルラに振り回されることもあったが、徐々にサクはカルラに対しても心を開いていき、やがて───好きになってしまった。
故に、小さい頃から同じ環境で過ごし、常に傍にいた二人は幼なじみであり、家族。
そこから「恩を返したい」、「お嬢に好かれたい」と思うように、色々なことろへ頼み込んで他貴族の執事に弟子入りを果たした。
まぁ、それは過去の話。
これがサクが今を生きるまでの過程と、カルラに想いを寄せている理由である。
そして現在───
「当主様っ! 娘さんを私にください!!!」
一人の男に、サクは頭を下げていた。
「ふむ……サクも分かっているとは思うが、私達は成り上がりとはいえ貴族だ。当然娘にもその責務はあるし、もし結婚するというのであれば平民である君にも責務が発生する」
髭を生やし、座るだけで圧倒されてしまう程の体格。更に、高圧的にも思わせる低い声。
そんな男は、執務机の前で頭を下げるサクを見下ろす。
この男───ロイス・チェカルディこそカルラの父であり、チェカルディ子爵家の現当主である。
「重々承知しております」
「そうか……まぁ、サクの人となりは知っている。君にであれば、カルラを任せてもいいというのが本音だ」
「当主様!」
サクは感極まった顔でロイスを見やった。
「マリアにも了承を得る必要があるが……まぁ、サクであれば恐らく大丈夫だろう」
「私の方からも、しっかりと頭を下げる所存でございます!」
「……マリアも私も元は平民だった。国王様より武勲を与えられ、子爵という爵位を賜った。故に、貴族でありながらもしがらみなどほとんどなく、私もマリアとは愛し合って結婚したのだ」
懐かしむように、ロイスは語る。
「カルラには愛し合った者同士で結婚してほしいと思っている。政略結婚などより、その方が幸せになれると知っているからだ」
「…………」
「もし、私から条件を出すのであれば……カルラを、ちゃんと幸せにしてやってほしい。それだけで十分だ」
「……当主様」
娘に対する想い。
愛がしっかりと注がれている───それは、ロイスの言葉を聞き、表情を見て分かった。
だからこそ、サクは真剣にもう一度頭を下げる。
「絶対にお嬢を幸せにしてみせます!」
嘘偽りなく、そして本気であるのだと───ロイスにはサクの姿を見て十分に伝わった。
ロイスの顔に、柔らかい笑みが浮かぶ。
「……娘を、頼むぞ」
「お任せください!」
二人は近づき、固い握手を交わした。
それはさながら、結婚前にご挨拶であり、認められた瞬間。
これで、晴れて拒むことはなくサクとカルラは結ばれることに───
「ちょっと待ったなんだよ!!!」
バタァァァァァァン!!! っと。
ロイスとサクがいる執務室の扉が勢いよく開け放たれた。
そこから姿を現したのは、艶やかな金髪を靡かせるカルラであった。
小柄な体躯に愛嬌のある顔立ち、きめ細やかな白い肌と、琥珀色の双眸が天使を連想させる。
カルラはズカズカと中に入ると、そのままサクに詰め寄った。
「サクくん、これは一体どういうことかな!? 昨日「好きにさせてみせる!」みたいな話言ってなかった!?」
「言いましたね」
「それなのに、どうして本人の意思無視してお父さんに娘をもらう話をしたのか聞いても!?」
「まずは外堀から埋めていこうかと」
「狡猾!?」
頬を膨らませ、サクの胸をポカポカと殴るカルラ。
その姿は大変可愛らしいものではあるが「ドスン!」と時折鳴る音にサクは半泣きしそうであった。
「お父さんも、どうして話を進めようとしちゃうの!? 幸せになってほしいとか言っておきながら娘の意思の尊重は!?」
「いや、私としては時間の問題だと思ってな。故に「今でもいいんじゃね?」と思ったのだ」
「時間の問題って何!?」
「ん? いや、カルラはサクのことを───」
「言わなくてもいいよ!」
カルラが顔を真っ赤にして懐からナイフを取り出しロイスに投擲した。
なんて物騒な……と思ったが、ロイスは難なく指で受け止める。
(流石は生粋の騎士一家……親子のやり取りも猟奇的だ)
照れ隠しがナイフの投擲。それを驚く様子もなく受け止める親。
そんな環境にいても平然としている自分が少し不思議であった。
「サクくん、そこに座って!」
「かしこまりました」
主人であるカルラに命令され、近くのソファーに座るサク。
そして、その上にカルラは抵抗なくストンと腰を下ろした。
(お嬢の柔らかい感触と、仄かな甘い香りが……ッ!)
息子が元気にならないか心配になったサクである。
「サクくん、私は怒ってるんだよ」
「そうっすか」
「だからサクくんは私の髪を梳くのです! これは罰なんだよ!」
むしろご褒美なのですが? という言葉をグッと飲み込むサク。
そして、こういうこともあろうかと懐に入れて置いた櫛を手に取り、カルラのサラリとした金髪を優しく丁寧に梳いていく。
「どうっすか、お嬢?」
「気持ちいいねぇ……流石、執事として鍛えてきただけはあるよ〜」
「いや、これは昔からお嬢にしてあげてたから身についたスキルなんですけど」
サクの体に身を預け、気持ちよさそうに目を細めるカルラと、顔に笑みを浮かばせながらゆっくりと梳いていくサク。
その光景は仲睦まじいだけでなく、深い関係だからこその光景だと言っても過言ではなかった。
「このような光景を見せつけられては、時間の問題以外の何者でもないと思うのだがな」
ロイスは一人、娘達の姿を見て苦笑いを浮かべるのであった。
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