ババ引き③
視界が白に覆われ、サクが目を開くと視界には見慣れたカルラの部屋が映っていた。
先程みたいに敷地面積関係なしの澄み切った青空が広がる草原ではなく、初めにいた場所。
つまり、こうして現実世界に戻ってくるのだとサクは理解した。
「なっ……」
目の前にはベッドに腰を下ろしたまま肩を震わせるカルラの姿。
そして───
「なんでゲームが終わってるのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!???」
カルラは戻ってくるなり頭を抱え、大きな声で叫んでしまった。
「ちょ、ご近所迷惑なんで叫ばないでくださいよ」
「この屋敷の! 周りには! 誰も住んでないよ!」
しかし、屋敷にいる人間はびっくりしてしまうだろう。
ご近所でなくても、迷惑なものは迷惑である。
「それより、どうして私が負けちゃったの!? まだサクくんに何もされてないじゃん!!!」
カルラはサクに詰め寄り、肩を掴んで顔を近づける。
愛くるしい端麗な顔立ちが眼前に迫り、思わずドキッとしてしまうサクであった。
「えーっと……お嬢、本気で言ってます?」
「本気だと思ってるから聞いたんだよ! ねぇ、分かる!?」
現実世界に戻された……つまり、カルラかサクのどちらかが勝利条件を満たし、ゲームが終了したということ。
だが、カルラには身に覚えがない。これから「さぁ、始めよっか!」というところで急に現実世界に戻されたのだ。
驚いてしまうのも無理はない。
しかし、未だ冷静でいるサクを見ればどちらが勝利条件を満たしたかは明白で───
「どうやって勝ったの!?」
眼前に想い人がいるということは幸せでしかない。
ずっと見ていたい、触っていたい、更にはそれ以上のことも───しかし、いかんせんそういう雰囲気ではないのはカルラのことで頭がお花畑になっているサクでも理解できる。
単純に己の欲求に従うのではなく、ちゃんと説明した方が懸命だと、サクは思った。
「説明する……ほどではないと思うんですけど、ちゃんと言いますからとりあえず離れましょ?」
「ふぇっ?」
「このままじゃ、初めてのキスをお嬢にしてしまうことに……」
「〜〜〜ッ!?」
サクに指摘され、初めて自分がどこまで近づいてしまったのか気づいてしまったカルラ。
勢いよくサクから離れると、ベッドの上でシーツを被り警戒態勢に入る。
その姿は、まるで小動物のようで可愛らしかった。
「い、いいいいいいいいいからちゃんと説明するんだよっ! 執事になったんだから、主人命令!」
「はいはい……」
可愛いなぁもう、と。顔を真っ赤にするカルラをサクは微笑ましそうに見た。
「単純な話っすね。このゲーム……俺が勝ったのはお嬢からジョーカーを引いたからです」
サクは警戒するカルラの傍により、ベッドの上に腰を下ろす。
「で、でもっ! あれはサクくんのトランプだったじゃん! 私の手札からは引いてないし、そもそもトランプが揃ってないじゃん!」
ババ抜きの逆───というのであれば、確かにカルラの主張は正しい。
相手の手札からトランプを引き、自分の手札のトランプを揃える必要がある。
今回、サクがやったのは自分の手札を相手に持たせ、引いただけ。揃うこともできない行為。勝利にはならない。
しかし、それはあくまで揃えることが勝利条件だった場合だ。
「揃える必要なんてないでしょ? お嬢、もう一回ルールを思い出してください」
「……ルール?」
カルラは首を傾げ、ベッドに置いてある
すると、消えてしまったはずの
「お嬢の勝利条件はババである『ジョーカーを引かれないこと』、逆に俺は『ジョーカーを引くこと』です───どこにも『ジョーカーを揃えろ』なんて書いてないでしょ?」
「……あ」
このゲームでは揃えるという単語は明記されていない。
双方に手札がある。ジョーカーを引く───そういうルールが記載されてあることから、ババ抜きの逆なのだと勝手に解釈しただけ。
実際には、ジョーカーを揃える必要などはどこにもないのだ。
「けどさっ、サクくんは私の手札からは引いてな───」
「それも書かれてないですよね? お嬢からジョーカーを引かなければならないが、手札から引けなんてルールはこのゲームにないんですよ」
ルールでも『参加者は一度だけ
つまり、手札が存在するだけであって引くのは誰のトランプであっても問題ないのだ───
「考えて見てくださいよ? もし手札から引かなきゃいけないんだったら、圧倒的にお嬢の方が有利でしょ? 質問一回でジョーカーの場所が分かるなんて、エスパーですよエスパー」
「ぬぐ……ッ!」
「お嬢の言う通り、
サクの言葉に、今度は何も言い出せなくなってしまうカルラ。
言われてみればその通り。
自分で言っていたことのはずなのに、気がつかなかったことに後悔してしまう。
「まぁ、もちろんあそこでお嬢がなんの警戒もなく俺のジョーカーを手にしてくれなかったら話は違いましたけどね? そしたら、俺は運任せのババ引きをしなきゃいけなかったですし」
これは相手がカルラだから。
その考えに至らず、経験と有利を過信して油断したカルラだったから勝てた方法である。
「さて、お嬢……異論は?」
「……ありません」
悔しそうに、シーツと一緒に丸まりながらカルラは項垂れる。
そんなカルラを見て、サクは下卑た笑みを浮かべる───何せ、このゲームはここで終わりではないのだから。
「ではお嬢、負けた方はなんでも一つ言うことを聞く……でしたよね?」
「ッ!?」
カルラは下卑た笑みを浮かべるサクから一気に距離を取った。
その素早さは、流石は剣の家系に生まれた少女だからだろうか? 瞬く間であった。
「い、いやらしいのはなしだからねっ! それと、結婚しようとかもダメなんだよ!」
顔を真っ赤にして、カルラはそう言った要求の想像を膨らませてしまう。
サクならば……普段、そう言ったことを口にし、自分のことが好きだと公言しているサクなら言いかねない。そう思ったカルラ。
「いや、そんなことしないっすよ。そういうのは相手の合意がないと相手が傷つきますし、そもそもお嬢には好きになってもらって付き合いたいんです」
「…………」
「これでも、お嬢のことは世界一大切にしてるつもりですから」
だが、サクはそんな要求はしなかった。
心外だな、と。面白くなさそうな顔を見せる。
意外と紳士的な考え。それに、自分のことを大切にしてくれている。そう口にされ、カルラは───
ボフッ、と。
一気に顔が真っ赤に染まってしまった。
(そ、そんなこと言われちゃったら……ッ!)
嬉しく思わないわけないじゃん、と。
カルラは内心で愚痴を溢した。
「それじゃ、また今度……どこか遊びに行きましょうよ。戻ってきたばかりですし、昔みたいにまた一緒に出かけたいっす」
「……うん」
ふざけているようで、その実とても優しくて大事にしてくれる。
ズルいんだよ。カルラは再び、内心で愚痴るのであった。
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ゲーム時間:10分02秒
勝者:参加者、サク
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