鍛錬

 ガン、ガン、という音が屋敷の庭に響き渡る。

 そして、それからまた同じような音が何度も何度も響き渡り、荒い息遣いも同時に耳を揺さぶった。


「どうした、カルラ! 手に力が篭ってないぞ!」

「はいっ!」


 半袖短パン。手には半身ほどの木刀が握られており、カルラの額に汗が滲んでいる。

 対面しているのはロイスだ。カルラに向かって、力強い剣戟を容赦なく木刀を振るっていく。


(にしても、相変わらずハイレベルな打ち合いだよなぁ)


 そんな様子を庭の端のベンチで腰かけて見守るサク。

 手には筆。その前には大きなキャンパスが置かれてあり、黙々と手を動かしていく。


 チェカルディは騎士の家系。

 というわけではないが、カルラは毎日決まった時間になると、父から剣の指導を受けている。

 ロイスは武勲を賜るほどの戦果を挙げた騎士だ。その教えを毎日受けるとなると、カルラが同棲代よりも剣の腕が抜きん出ている理由も分かる。

 まぁ、それも才能があっての話なのだが。


(お嬢は前よりも腕が上がった……? 二年も見てないと、ちょっとしっくりこないんだよなぁ)


 剣の腕を上達させるには騎士学校に通うか、師に教えを乞うしかない。

 同様に魔法もしっかりとした環境がなければ学こともできず、魔法を扱うことができないのだが、カルラはしっかりとした師がいるために上達を見せている。

 なお、魔法に関しては学校に通っているものの上達が見えないらしい。


(っていうより、男より女の方が強いってなんという悲しさ……)


 サクもこの屋敷に拾われてから剣を学ぶ機会はあった。

 しかし、その才能はなく挫折してしまったのは苦い思い出だ。

 カルラは魔法を苦手とするが、剣の腕は一流。対してサクは剣の才能もなければ魔法を学ぶ機会もなかったので使うことができない。


(あらいやだ、涙が……)


 男としての尊厳が今一度失われた気分であった。


「ここまでにするか、カルラ」

「はいっ、ありがとうございました!」


 ガラスの尊厳にヒビが入っていると、どうやら本日の指導が終わったらしくカルラとロイスがサクの下へと近づいてくる。

 それを見かけると、すぐさまサクは干したてのタオルを持ってカルラに差し出した。


「お疲れ様です、お嬢」

「わぁー、ありがとうサクくん!」

「サク、私の分は?」

「恐らく、まだ庭に干しっぱなしかと」


 娘との扱いの差に泣けてくるロイスであった。


「っていうより、サクくん? さっきから何を描いてたの?」


 カルラが目の前にあるキャンパスを見て首を傾げる。


「あぁ、お嬢の女神と見紛う綺麗なお姿を肖像画に残しておこうと思ったので」

「何しちゃってるの!?」

「いえ、だから肖像画として―――」

「そんなの! 分かってるんだよ!」


 カルラが顔を真っ赤にして地団駄を踏む。

 その姿に「おかしなことでもあっただろうか?」という気持ちになるサク。

 本人の了承もなしに―――肖像権というものがあれば、サクは間違いなく有罪だろう。


「ふむ……綺麗に描けているではないか。サクは絵の才能があるのだな」

「ありがとうございます! この肖像画が完成した暁には、屋敷の玄関に堂々と飾ろうかと」

「ならば立派な額縁も用意しないとな!」

「はいっ! それと、領民にも見てもらえるように展示会を行うのも―――」

「とりゃ!」


 サクとロイスが盛り上がっていると、カルラが木刀をキャンパスに向かって一振り。

 キャンパス、真っ二つに折られる。


「お嬢の肖像画がァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」

「ふんっ! こんなの消えてなくなればいいんだよ!」


 亡きキャンパスの前で膝をつき、目から大量の涙を流すサク。

 カルラはそんな姿のサクに追い打ちをかけるかのように、ペシペシと叩いて不機嫌アピールを見せていた。


「そういえば、カルラよ。ドレスの準備はできたのか?」

「あ、忘れてたんだよ」

「一週間後だろう? 仕立てもあるし、早めのうちに見てもらいなさい」

「はーい」


 カルラはロイスにそう言われると、泣き崩れるサクの首根っこを掴んで屋敷まで引き摺って行く。

 とりあえず、仕立てであろうが必ずサクも一緒にいさせたいようだ。

 さも自然な流れで連れていく。


(ふむ、余程サクと離れていた期間が寂しかったのだな……)


 そんなことを、遠巻きに眺めるロイスであった。

 一方で───


「ひぐっ……お嬢、一週間後に何かあるんですか?」

「あー……そういえば言ってなかったね。一週間後、ソフィア様の生誕パーティーがあるんだよ」


 聞かされてない、と。サクは愚痴を溢す。

 専属執事になった者としては主人のスケジュールは把握しておかなければならない。

 しかし、サクはようやくチェカルディ家に戻って来たのだ。ここ一週間の情報ならまだしも、それ以前のスケジュールなど本人が言ってくれないと分からない。


 何せ「使用人は不要!」と言い切ってしまったチェカルディ家にはサク以外の使用人が数人しかいないのだから。

 まぁ、カルラ本人にうつつを抜かして直接聞かなかったサクが悪いのだが。

 カルラも、そんなサクに怒ることはしない。

 執事と言うよりも家族としての印象が未だに強いからだ。


「ソフィア様といえば、カラー侯爵家のご息女ですよね? それと、お嬢の友人」

「友人って言ってもいいのかなぁ? 確かに、仲良くはさせてもらってるけど、爵位はソフィア様の方が圧倒的に上だからね」

「まぁ、そういうもんっすよね」


 最近、貴族社会のことをしっかり学べたサクはカルラの話に納得する。

 そしてカルラに引き摺られながら、サクはふと思い出したことがあった。


「……今思い出したんですけど、ソフィア・カラーって『才女』って呼ばれてませんでしたっけ?」

「うん、皆からはそう言われてるね。学力優秀、剣の腕前も、魔法技術も群を抜いてる。流石に剣では負けないけど、それ以外では足元にも及ばないよ」

「何言ってるんですか!? お嬢の方が可愛いですよ!!!」

「んにゃ!?」

「お嬢の可愛さは世界一です!!!」

「〜〜〜ッ!?」


 唐突なお褒めに、カルラは思わず顔を真っ赤にしてしまった。

 そして、サクを首根っこを持ち上げると照れを隠すかのようにガクガクと揺さぶった。


「また! そうやって! サクくんは! 急に! そんなことを……ッ!」

「お嬢、お嬢。首がもげる」


 木刀だけでなく剣すらも余裕で振り回せるカルラの腕力は凄まじい。

 照れ隠しで首があらぬ方向に曲がってしまわないか心配になるサクであった。

 そんな時───


「お嬢様」


 ふと、屋敷から一人の使用人がカルラの下にやって来た。


「ふにゃ、どうしたの?」

「尋ねる前に俺の首根っこから手を離してー」


 というサクの要望は聞いてもらえず、使用人は口を開いた。


「お嬢様にお客様がお見えになっております」

「ふぇ? 誰なの?」

「カラー家ご息女、ソフィア様でございます」




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