閑話・国王のひとりごと

 わしはグレンツ・ウィンシュテル。このウィンシュテル王国の国王だ。


 この国の王位を継いでから十年ちょっと経つ。その間には色々なことがあったが、ここ一月あまりの出来事に比べれば大したことないと思えた。


 その大変な出来事が全てクリスティーナむすめに関してなのは、なんともいえない気持ちになる。ヴァイゼおとうとなどは『娘を持つ親の苦しみ』なんて言うが、絶対にそんな軽い言葉では片付かないぞ。


 事の始まりはティナが流行病に罹った事だ。その病は毎年寒い季節に流行るもので、それほど珍しいものではなかった。問題なのは、その病に罹った者の約半数は死に至る事だ。わしは公務の合間を見つけては教会へ祈りに向かった。だが、ティナの容態は悪くなる一方だった。


 ティナの容態を診ていた神官から命はそう長くないと告げられてから数日後、とても慌てた・・・いや取り乱した様子のメイドが執務室へ飛び込んできた。その様子からとうとうその日が来たのかと覚悟を決めたが、メイドの口から出た言葉は予想とは全く違っていた。


 ティナが目覚めたと聞いたわしは、周囲の制止も聞かずにティナの部屋へ全速力で向かった。ノックもせずに部屋に入ったわしはティナに窘められてしまったが、その元気そうな様子に安堵した。


 だが、安堵したと同時に違和感も感じていた。ティナは生まれつき魔力の大きい子ではあったのだが、この時のティナの魔力は以前よりも遥かに大きくなっていた。別人だと言われても納得できるような変化だが、目の前に居る娘は間違いなくティナだった。


 次に変化があったのは、病気回復の感謝の祈りをしに教会へ行ったときだった。祈りを行った後は、ティナから感じられる魔力量が大幅に減っていたのだ。これならばわしのように魔力量が見える者に会っても、大きな騒動にはならなくて済むだろう。それに万が一にもティナの魔力が暴走するというリスクも無くなったとみていいだろう。


 何故この変化が起きたのか知りたいと思ったが、いまそれをティナに聞いたら何かが壊れそうで怖くて聞くことができなかった。


 それからティナの回復を祝うパーティーでされた”お願い”にも驚かされた。軽い気持ちで何でも良いとは言ったが、まさかお忍びで城下町へ行きたいと言われるとは思ってもみなかった。さすがにこれは認めたくは無かったが、妻の口添えがあったので許可するしかなかった。


 それでも達成不可能ごしんじゅつをみにつけるな条件を付けることはできた。ティナもまだ十歳だしこの条件なら諦めると思ったが、結果はまたも予想外のものだった。


 第一の誤算はティナが嬉々として護身術を学びだしたことだ。それから第二の誤算はティナがドレスからズボンおとこものの練習着へ着替えるのに抵抗しなかったことだ。これは本格的な淑女教育が行われる前だからかも知れないが、特に恥ずかしいとは思ってないようだった。


 そして最大の誤算はティナが騎士団長と互角に打ち合える程に強くなってしまったことだ。練習の成果を確認しようと最終日に見学に行ったが、そこで騎士団長と平気な顔で打ち合ってる姿を見たときは現実逃避したくなったぞ。


 この件を問い詰めようと次の日に騎士団長を呼び出したら、真っ先にやつから『王女殿下は何なんですかね』と逆にわしの方が問い詰められてしまった。どうもやつも練習中は違和感を感じていたようで、練習相手はティナの影武者の可能性まで考えていたそうだ。しかし最終日にわしが見たのは間違いなく娘のティナだ。その事を伝えたときのやつの絶望した顔は忘れられんわ。


 

 ティナはそろそろ城下町に到着して用意が終わった頃だろうか。色々あったが今日は楽しんで欲しいものだ。そのために信頼できる者を護衛に付けた事だし大丈夫だろう。

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