閑話・騎士団長の戸惑い2

 稽古は陛下に王女殿下の事を頼まれた次の日から始めることになった。場所は騎士団の訓練場の一画で、他の騎士団員には稽古相手が王女殿下だというのは伏せてある。


 稽古相手の名前を伏せた一番の理由は、この稽古が無くなった場合に王女殿下へのダメージが少ないと考えたからだ。というよりも、俺自身が一番無くなって欲しいと考えていた。そんな微かな希望は訓練場に着いた途端に打ち砕かれてしまったがな。


 約束の場所に到着すると小柄な者が、なにやら見慣れぬ動きをしていた。立ったまま手を膝において屈んだり、腕を横に伸ばして回したりしていた。あれは何をしているんだろう?その者は俺が近づいているのに気が付くと、動きを止めて俺の到着を待った。


 「えっと、王女殿下でありますか?」


 不敬とは思いつつも、他の騎士に聞かれないように王女殿下と思われる者に顔を近づけて小声で質問をした。


 「ええ、そうです。よろしくお願いしますね」


 「ところで、そのお姿はどうされたのですか?」


 俺が王女殿下だと確信が持てなかった一番の理由が服装だ。普通、王女殿下いやご令嬢がズボンを穿いて男装しているなんて思うものかよ。そして髪の毛は後ろで一つに纏められていた。まあドレス姿で来られても困るのだが、なんだか釈然としない気持ちだ。


 「動きやすい服装をと思って、作ってもらったのです。おかしいですか?」


 「い、いえ、大変よくお似合いです!!」


 「そう。それは良かったです」


 俺の返答にはにかむように笑う王女殿下に、一瞬『ドッキ』としてしまったのは内緒だ。


 それにしても王女殿下は10歳になったばかりだったはずだが、そんな年齢で瞬時に相手の行動の意味を理解して適切に対応できるものだろうか?少なくとも陛下あいつは出来てなかったはずだ。


 「・・・ところで、お名前はどのようにお呼びすればよろしいでしょうか?」


 「そうですねえ・・・では、ミラージュと呼んでください。あと丁寧に接せられると不自然だと思いますので、他の騎士の方と同じように接してください」


 「ミラージュ様、ですね。承知しました。接し方は努力しま・・・しよう」

 




 そんな感じに始まった稽古だが、やればやるほど目の前の人物が王女殿下では無く影武者なんじゃないかという考えが浮かんできた。


 最初は体力と持久力を見るためという名目で、訓練場の周囲を走らせてみたら汗一つかかずにクリアした。同じ事を新兵訓練でも最初に行うが、クリアできる者など一割もいないのだがな。


 次に素振りをやらせてみても、涼しい顔でこなしてみせた。持たせた剣は刃が潰してあるとはいえ、一般騎士が持っているのと同等の剣なので重量もそこそこあると思うのだが・・・。


 極めつけは今やっている俺との打ち合いだ。俺も騎士団長という役職に就いている以上、自分の強さには自信があった。それがなんで、俺も本気ではないとはいえ、目の前の王女殿下あいてに負けそうになってるんだ。


 「っ!しまっ・・・」


 ”バキッ”


 打ち合いの途中、王女殿下が俺の剣を受けた衝撃で俺の剣が折れて剣先が王女殿下の方へ飛んでいった。木製の剣とはいえ当たれば怪我では済まないかも知れない。とっさに自分を盾にして守ろうとするが間に合わず、王女殿下に当たると思った瞬間、その手前で何かにぶつかる音がして剣先が弾かれた。


 「ミ、ミラージュ様っ。大丈夫ですか?!」


 「え?ええ。平気ですわ」


 王女殿下にケガの有無を確認するが、特に問題は無いようだった。それにしてもさっきのは何だったんだ?何か見えない壁に弾かれたようだったが・・・。


 「それにしても先程のものはいったい・・・」


 「さ、さあ?突然の事でわたしもよく分かりませんわ。オホホホホ」


 その王女殿下の仕草から何かを隠しているとは思ったが、まあ今は詮索しないでおこうと思う。


 「まあ、何にせよ無事で良かったです」


 ホッと胸をなで下ろす。あやうく俺の首が物理的に飛ぶところだった。


 「あ、あの・・・わたしは大丈夫ですので、そろそろ離れてくださいませんか?」


 そう言われて、いま自分が王女殿下を抱きしめてる事に気が付いた。


 「し、失礼いたしましたっ!」


 慌てて王女殿下から飛び退いて周囲を見ると、修練場にいた騎士達から好奇の視線が向けられていた。どうやら俺の首(物理)の危機は過ぎ去っていないようだ。


 この件が陛下あいつの耳に入りグチグチと小言を言われたのは言うまでも無いだろう。


 その日はそれ以上稽古をする雰囲気では無くなったので終了となった。これに懲りてもうこんな稽古は無くなれば良いと思ったんだが、そんな俺の希望はまたも叶わず次の日からも王女殿下は修練場に現れて稽古をしていった。


 王女殿下は日に日に動きがスムーズになっていき、最後の方は俺と互角以上に打ち合えるようになっていた。


 俺も騎士団長としての体面があるので、最後まで余裕のある態度でなんとか最終日まで稽古をしていたが内心はヒヤヒヤものだったのは内緒だ。

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