閑話・騎士団長の戸惑い

 「少しティナに稽古をつけて貰えないかな?」




 「はい?」




 国王陛下の執務室に呼び出されて、開口一番に言われた言葉に理解が追いつかず間抜けな返事をしてしまった。




 これは何かの謎かけなのだろうか?高度な情報戦?それとも間者対策?普段使わない頭脳を酷使して必死に考えを巡らせるが、一向に答えは見つけられない。




 「君が何を考えてるか何となく分かるけど、違うからね騎士団長。いや、ハインリヒ」




 陛下が苦笑いを浮かべつつ言った言葉を聞いて、少し落ち着きを取り戻すことができた。




 「それは、どういったことですか国王陛下」




 「そんなに畏まらないでくれ。そのために人払いも済ませた。今は友人として、そして一人の親として君と接してるんだよハインリヒ」




 俺の名前はハインリヒ・シュタルツ。俺のことを家名ではなく名前で呼ぶのは、妻以外だと極限られた数人だけだ。そして今目の前に居るこの男も、その数少ないうちの一人だ。彼とは子供の頃から馬が合ったようで、幸か不幸か立場が変わった今でも気の置けない関係を続けている。




 「分かったよグレンツ。それで王女殿下に稽古をつけるというのは、どういう事だい?」




 「うーん。まあ、話せば長くなるんだけどね。ティナがお忍びで城下町へ行きたいと言い出したから、最低限の護身術を覚えさせようと思ってね。でも、普通の騎士に任せて何かあったら、彼らの将来に関わるじゃない。その点、君になら何かあった場合に責任を負わせやすいと思ってね」




 「いや、まてまてまて。騎士の将来を気にかけてくれた事や、俺への扱いが酷いのは置いとくとしよう。なんで王女殿下がお忍びで城下町へ行きたいからって、護身術を教えることになるんだ?そもそも何故、行くのを許可した?」




 「いやあ、それについては明確な理由があるわけじゃ無いんだけど、何となくそうした方が良いと思ったから」




 「何となく、かあ・・・はあ、分かったよ」




 昔からグレンツの”何となく”には助けられてきた。本人も何故かは分からないようだけど、彼の”何となく”に従うと不思議と全てが上手くいったんだ。




 「どのくらい教えるかは任せるけど、護衛の邪魔にならないくらいにはして欲しいな」




 「相変わらず無茶な注文をつけてくれる。努力はしてみるが、やり過ぎて王女殿下に恨まれても知らないからな」




 「その場合に一番恨まれるのは君だから問題ないよ」




 そう言いニヤリと笑う陛下こいつの顔を見ていたら無性に腹が立ってきた。




 「その言葉、後悔するなよ?いや、絶対に後悔させてやるからな!!」




 「期待して楽しみにしてるよ。とにかくよろしくね」




 その余裕の表情を絶望に染めてやる。王女殿下には悪いが、少し本気で相手をしてもらおうかな。

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